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【特集:防災とコミュニケーション】
座談会:自然災害に備える"ことば"のちから

2024/12/04

横浜初等部での防災教育

大木 齋藤さん、横浜初等部は、もちろん小学校としての一般的な避難訓練は今までもされてきていて、校舎も最新の耐震基準で安全性もバッチリですが、ソフト面での防災教育を今年から始められましたね。首都直下地震を見据え、小学校とは言え、ほとんどの子が電車で通っているので、公立学校とは違う難しさもあります。

防災教育をやらなければと至ったのはどうしてでしょうか。

齋藤 横浜初等部は東日本大震災の2年後の2013年4月に開校しています。そういう意味で、しばらく震災の余韻がありましたので、校舎の建築などのハードウェアは十分な防災対策を施し、ソフト面でも防災意識が非常に高い状態でスタートしたと思っています。

確かに3・11が学校管理下での地震であったことはすごく大きかったと思います。私は開校した時に1期生、それから2年後に3期生の担任をしてきましたが、その頃の生徒たちは東日本大震災を幼いながらも経験していたので、授業で話してもその恐ろしさが伝わりました。

しかし、ここ数年の生徒は、もちろん震災時には生まれていませんので、私が切実にしゃべっても、それが上手く伝わらない。場合によっては、ふざけたように解釈してしまう。そのギャップはわずか12年にしてすごく大きいと思います。その、なかなか伝わらないなという実感がある一方、今まで避難訓練を形式的にやり続けてきたという課題もありました。

それが去年、大木さんのお話に出会い、今までの避難訓練を見直してみると、リアルな地震の時に自分たちがどういう対処をしたらいいか、が見えてくるのではないかとヒントをいただきました。教科書で地震や防災と言っていてもなかなか伝わらないので、避難訓練の中で子どもたちがある意味怖さも体験しながら、自分たちでどう対処していくかを経験していくことが大事だと思いました。

この訓練は教員の意識も変えるものです。決まった時間内でどれだけ早く生徒たちを並ばせるかではなく、突発的な事態が起きた時にも対処できるように、教員たちが訓練の中で学んでいくため、9月に大木さんに教員向けの研修会をやっていただきました。そこで教員自身が新しい形の避難訓練を体験した上で、2週間後に生徒に向けて避難訓練を実施した次第です。

大木 今までは机の下に入った後は、皆でグラウンドに行っていたのですね。それを余震の発生が複数回あることを想定し、教室内で待機して、けが人がいるかいないかを把握することに変えていましたね。

齋藤 これまでやってきた一般的な避難訓練では、各教員が生徒を連れて校庭に避難し、グラウンドで全員を集めて人数確認の上、安全が確認できたら教室に戻って終了という形でした。ですので、避難訓練は雨だと中止でしたが、実際の地震はもちろんどんな天候でも起こり得るわけで、その時に本当に外に避難するのかと、疑問に感じてはいました。

今回は余震が続く中で「外へ避難しない」という判断をする訓練にしました。生徒にとっては、連続して地震警報が鳴るのは初めての経験でしたが、ふざけず怖がらずに、しっかり対処してくれたかなと思っています。

大木 こんなに余震が起きるなら、教室の中にいて机の下に潜るほうがいいということを、子どもたちが体感して理解していたように感じています。

印象に残っているのは、本当にけが人が出ているわけではないので先生方も手持ち無沙汰になる間、「先生が◯歳の時に東日本大震災があって」と、それぞれ臨機応変に地震に関するお話をされていたことです。

子どもたちがそういう話を聞くのに絶好の空気ができている中で体験したことを聞くのはやはり重みが違います。訓練がそういう時間になることも大事だなと学ばせていただきました。

頻発化する風水害

大木 さて、ここまで地震の話でしたが、風水害のお話を宮本さんに伺います。風水害が非常に頻発化していて「温暖化の影響がここまで早く出るとは思っていなかった」とおっしゃる気象学の方もいます。

宮本さんの感覚としてはどうでしょうか。また昔は線状降水帯という言葉はなかったと思いますが、そのあたりを教えていただければと思います。

宮本 大木さんがおっしゃった感覚は、気象を専門にしているほとんどの人が持っているのではないかと思います。私は特に台風を研究対象にしてきたのですが、近年はほとんど毎年どこかにかなりの被害が出てしまうレベルのものが上陸している印象です。

台風が来るたびに専門家の間でブリーフィングをします。すると、大体「今回もちょっとまずいかも」という話になり、未来予測でワーストケースを考えると、結構冷や汗が出てくることが多いです。

もう1つ、線状降水帯についてですが、おっしゃったように近年、言葉としてようやく定義された現象です。前からあるにはあったのですが、あまり認知されていませんでした。しかし、近年の調査によって、台風以外で顕著な大雨になったうちの3分の2は線状降水帯が原因とされています。

線状降水帯がなぜ増えてきているのかはこれからの研究ですが、日本の方々は皆、集中豪雨が増えているという肌感覚は持っているのではないでしょうか。学術的には、その原因の1つが線状降水帯で、大雨の回数が増えていることは統計的にも示されています。

では、どうすればいいのかを研究者は揃って考えていますが、豪雨が起きる前、起きた後にどう行動すべきかということもすごく大切で、その行動に対して最適な情報を提供できることが重要になります。

簡単ではありませんが、気象は予測ができます。やはりそこはメリットとして、なるべく正確な予測情報を皆さんにお届けできればと取り組んでいます。ただ、線状降水帯のように短時間で局地的に発生するものは予測が非常に難しく、気象庁の予測精度もあまりよくないのが現状です。

大木 台風については小さなものを含めて、たくさん生まれるようになったというより、1つ1つが大きくなっているという理解でいいですか。

宮本 傾向としては、毎年発生する台風の個数は実はそれほど変わっていなくて、むしろ減っていくのではないかという予測もされています。一方で強い台風の割合は増えると考えられています。つまり、発生したら大体強くなり、かつ長生きすると考えられています。

大木 もう1つ、経路に変化はありますか。例えば、以前は宮崎とか土佐清水などによく上陸していたと思うのですが、最近は東京に直接来るような予報も出ています。それも温暖化の影響などがあるのでしょうか。

宮本 温暖化の影響が経路に影響を与える可能性はかなりあります。たとえで言うと、台風自体は川に浮かんでいる木の葉みたいな感じで流れています。台風自身の意思ではなく、川が流れる方向に流されていくので、自分は流れながらクルクル回っているという感じです。

温暖化すると川の流れの方向が変わる可能性があるので、台風の行く先も、伝統的なコースからは外れる可能性があります。

「災害報道」から「防災報道」へ

大木 さて報道の現場にいる矢島さん、地震・津波から台風や水害まで伝えなければならないお立場ですが、報道でどのように防災や避難を呼び掛けているのでしょうか。

矢島 私はアナウンサーと報道局員を兼務し、防災報道を担当しています。入社が1995年の4月なので、入社の3カ月前に阪神・淡路大震災が起きました。連日放送される阪神・淡路の震災報道をテレビで見て「こんなに厳しい現実を伝える世界に私も足を踏み入れるのか」と責任の重さを痛感しました。

しかし実は、日本テレビの「防災報道」の歴史は浅く、始まってから13年しか経っていません。つまり、2011年3月11日までは「防災報道」ではなく、被害が出たことを伝える「災害報道」だったのです。例えば、「何人の方が亡くなった、何人がけがをした、何軒の家が流された」という被害の大きさを伝えることが弊社の災害時の報道内容でした。

私は東日本大震災発生直後の初動を担当しましたが、当時は「震度情報と大津波警報のどちらを重視して伝えるか」という方針さえ決まっていませんでした。震度は過去の情報である一方、大津波警報は未来への警鐘です。今思えば大津波警報の方が大事だとわかりますが、当時は震度7の地名を繰り返したり、大津波警報が出ている東北沿岸向けの呼びかけではなく、お台場の火事を大きく伝えたりしていました。

弊社では3・11を契機に「命を守る報道」を災害時の大方針に定め、被害が起きないように呼びかけていく放送内容に大きく転換しました。今でこそ災害発生時には、アナウンサーが避難を呼び掛けていますが、すべては3・11の反省に基づいたものなのです。

そして現在、日本テレビの防災報道では「◯◯する前に逃げましょう」というテーマで呼びかけています。例えば「もう一度揺れる前に逃げましょう」「津波が来る前に逃げましょう」「川が氾濫する前に逃げましょう」「ダムが緊急放流する前に逃げましょう」という形です。被害が出てからでは間に合わないので、今のうちに逃げましょうというスタンスです。

また弊社には「火事だ、逃げろ理論」という防災報道の考え方があります。人は「火事だ、逃げろ」と言われると逃げるそうです。「火事だ」というのは、起きている現象を表す言葉なので「理科」の情報です。一方「逃げろ」は人の行動を促す言葉なので「社会」の情報です。この「火事だ」と「逃げろ」つまり、「理科」と「社会」がセットになると人は逃げるのです。

一方、「火事だ」と言われただけでは逃げません。なぜなら火事が起きていることはわかっても、自分には無関係の火事だと思ってしまうからです。同じく「逃げろ」とだけ言われても、やはり逃げません。なぜかというと、逃げなければならない理由がわからないからです。

この「火事だ、逃げろ理論」を、防災報道の呼びかけでは実践しています。例えば津波の時も、単に「高台に逃げてください」と社会の呼びかけをするのではなく「予想到達時刻まで10分を切っています」とか「隣の県では既に第一波を観測しました」という、理科の情報も伝えながら、逃げなければならない理由を示しています。

また水害の時も「避難指示が出ているから逃げましょう」ではなく、気象庁のキキクルや国土交通省の「川の防災情報」を画面に表示して「土砂災害や洪水の危険度が悪化しています」と、理科の情報を使いながら社会の情報に結び付ける報道を心がけています。

そんな中、テレビ局の武器には、ヘリや情報カメラの映像があります。そうした映像を映して「川が溢れる寸前です。氾濫してからでは逃げられなくなります」という危機感を表現し、自治体が出している避難指示の重みを強調しています。自治体も闇雲に避難情報を出しているわけではありません。そこで、避難指示が出ている理由を、テレビの映像を使って説明できれば、住民の避難につながると思います。

大木 災害報道と防災報道では確かに違いがあるのですね。情報を受け取った人が行動を起こせるように、不特定多数の人に向けて伝える際、どの言葉を選ぶか、その言葉が出てくるまでに、たくさんの考えがあるのだと感じました。

矢島 また、災害発災直後は「何軒が断水」とか「何軒が停電」という被害の情報を伝えます。しかし、事態がフェーズ2に進むと、放送内容も「ここで給水を受けられます」とか「ここで携帯を充電できます」というように、「被害の情報」から「復旧・復興の情報」にテーマを切り替えて伝えることを意識しています。

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