【特集:スポーツとサイエンス】
座談会:アスリートとともに考えるサイエンスのちから
2024/07/05
スポーツ教育と大学
加藤 最後に、今後どんな形でスポーツが発展していくのかというところを、サイエンスやテクノロジーも含めて皆さんのご意見をお聞きできればと思います。大学に期待されていることなどもお話しいただければと思います。
中澤 すでにサイエンスはものすごくスポーツに入ってきていて、野球などは今の科学の最先端ですね。データアナリシスにしても動画解析にしても、軍事技術が転用されて、ボールの軌道などはロケットの弾道解析が入ってきています。嫌でも変わらざるをえなくなっている。
一方、水鳥さんの体操の話はすごく興味深くて、実際の体の動きのほうが科学よりやはり進んでいるんだろうと思うんです。そういうところもまだたくさんあるのだけれど、今の速さでテクノロジーが浸透していくと弊害も出てくるのではないかと思うのです。
例えば、オリンピックのトップアスリートの活躍を見てすごく感動するという今までスポーツが持っていたよさみたいなものが、あまりにサイエンスが入り過ぎることで、少し白けてしまうこともあるかもしれません。エンターテイメント性から言うと、今までより面白くなくなってしまう可能性もあるのかなと思い、弊害の部分にも少し目を向けたいとは思います。
稲見 ちょっと違う視点になりますが、子どもの数が減ってきて、ある地域では特定の競技をやる子どもが減ったことで大会そのものを開催できなくなってきています。だから、海外のように1人で2つ以上の競技をやる子も増えてくるのではないかと思います。
一方でスポーツが苦手な子もいると思うので二極化はさらに進む恐れがある。でも、得意でない子の中にも、例えば先ほどの話にもあったアナライザーとして活躍できる可能性がある子とか、他にもマネージャーやトレーナーに必要なコミュニケーション能力に長けた子がいると思うので、個人的には大学には大学院も含めてそういう潜在性を引き出したり、将来的に他分野へも裾野を広げていける人材の育成を期待したいです。
そうしていかないと、スポーツに携わる人そのものが減り、アスリートを支える人やスポーツを見る人が少なくなってしまうのではないかなと思います。
全てを大学が担うのは難しいですが、適材適所を見つけられるような環境を大学がつくることも必要だと思います。慶應は一貫教育校の強みもあると思うので連携を強めていきたいです。
谷本 私が大学に期待するところは、専門領域を学べるところです。引退後、私は表現力を学びたいと思ったんですね。金メダルを取った後の講演で皆に伝わらないというもどかしさを感じ、知識をもとにした数字や語学などの能力が万人に伝えるための表現力として大事だなと。
オリンピックの金メダルの体験を伝えていく人間になる。プラスアルファの人間になっていくためには、そういった表現力を学ばなければならないと思って大学で学び直しました。学生の方には専門的な知識を伝えていくための、表現力もぜひ大学で学んでもらいたいと思います。
科学への期待と行き過ぎへの懸念
水鳥 科学の知見やテクノロジーが入ってくることで、スポーツによって、進化する部分と、逆に退化してしまう部分がもしかしたらあるのかとも思います。
退化という話では、例えば体操でいうと、最近なくなってきているものに鉄棒の片手車輪という技があります。池谷幸雄さんの時代には結構やっていたんですが、最近はほとんどやらない。片手で回ることによって肩の障害の発生率が高まるとか、科学的に身体的負荷が大きいということがわかってきたからです。
また、現在、社会的にも熱中症にならないようにとか、どんどん社会の目が厳しくなってきて、科学的な判断で、これはよくないからやめましょうということが様々に起きているような気がします。
もちろん、安全のための科学的視点の導入は不可欠なことですが、結果的に常識を逸脱して生き残るとんでもない選手や記録が出にくくなるかもしれない、ということもあるかもしれません。
記録やトップアスリートにフォーカスするのか、安全性や普及の側面からスポーツを捉えるのかによっても変わると思いますが、科学に期待するところと、行き過ぎへの懸念みたいなところは両方あるかなと思いました。
中澤 科学が入り過ぎて退化する面も確かにあるとは思います。例えば夏の甲子園なんて正論を言えば、もうやめましょうですよね。でも、高校球児はあれを目指していてやめられない。
加藤 皆さんのお話を聞いて、いろいろな変化が起きること自体、すごく面白いなと思いました。これからもどんどん新しいことが起きると思います。その中で国際的な視野で日本人のよさがどういうところにあるのかをあらためて考えると、実は8月に野球部でアフリカに野球をしに行くプロジェクトがあるんですが、そこで重要視されているのは、礼儀正しさとか挨拶ができるといったことなんですね。
そこはやはり、日本人らしさとして持っていなければいけないところかなとあらためて思います。変わるところと変わらないところという中で、さらに新しい科学がどんどん入ってきた時に、今後どのようになっていくのか、いろいろな意味で期待したいと思います。
本日は大変有り難うございました。
(2024年5月21日、三田キャンパス内にて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年7月号
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