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【特集:スポーツとサイエンス】
廣澤 聖士:テクノロジーがもたらすフィギュアスケートの発展

2024/07/05

  • 廣澤 聖士(ひろさわ せいじ)

    桐蔭横浜大学スポーツ科学部特任講師、慶應義塾大学体育研究所兼任研究員、一般社団法人日本スポーツアナリスト協会理事・塾員

採点競技の判定におけるテクノロジー活用

フィギュアスケートは、指定された時間内で音楽に合わせて演技を行い、審判員の採点で順位が決まる。このような競技は採点競技(評定競技)と呼ばれる。皆さんもこの分類には馴染みがあるだろう。採点競技におけるテクノロジー活用となると、しばしば話題を呼ぶのが自動採点システムの導入である。競技スポーツである以上、審判員の主観的な判断による判定のばらつきをなるべく少なくするのが望ましいと考える人も多い。

採点競技における自動採点といえば、真っ先に思い浮かぶのが体操競技の事例ではないだろうか。国際体操連盟主導のもと、正確かつ公平な判定に加え、審判員の負担軽減のために自動採点化を目指し、AI採点システムが導入されている。2017年から開発に着手し、2019年より世界選手権をはじめとする国際大会の一部種目で活用され、2023年ベルギーのアントワープで開催された「第52回世界体操競技選手権大会」で、全種目への適用を開始した。このシステムを導入するにあたり、国際体操連盟は開発会社とともに、「まっすぐ」「わずかにまがる」のような数値化されていない採点規則を、「膝の角度が170度より大きいこと」など機械的な判定ができるように基準を定めていった。今後は関節の角度や手足の位置など数値を用いて、より具体的に技を判断するガイドラインを順次公開していくほか、専門的な解説や映像を世界中の視聴者に提供していくという。

このような体操競技の取り組みを受けて、同じ採点競技であるフィギュアスケートでも「自動採点システムを導入するべきではないか」という声が強くなってきているように感じる。一方で、「フィギュアスケートは芸術性を競っているのだから人間が評価するべきだ」という意見もまた耳にする。フィギュアスケートの判定において、テクノロジーはどのように活用されるべきなのだろうか。

芸術表現が求められるアーティスティックスポーツの在り方

1つのヒントとなるのが、國學院大學の町田樹准教授が提唱する「アーティスティックスポーツ」という新たなスポーツジャンルの考え方である*1。ソチオリンピック日本代表のフィギュアスケーターでもあった町田氏は、採点競技の中でも、「競技規則が主観的な解釈を要する芸術的な身体表現を求めている競技」を新たにアーティスティックスポーツとして細分化することを提唱した。フィギュアスケートや新体操の競技規則では、音楽とともに展開される表現行為や独創性が求められている。一方、男子器械体操で求められるのは「技の難度と質」であり、競技規則の定める理想形との比較によって採点されるため、競技者の独創性は求められていない。

このように、主観的な解釈を必要とする芸術性が問われるアーティスティックスポーツと、競技規則の定める理想形を求めるフォーマリスティックスポーツは、同じ採点スポーツでありながら異なる特徴を持っているといえる。

そのため、芸術性を要するアーティスティックスポーツの採点規則は、技術面を評価する「技術点」と芸術面を評価する「芸術点」を分けなければならない。技術評価については解釈の余地を残さず客観的な評価を下す必要がある。一方、芸術評価については競技者と評価者の両方に解釈の余地を持たせるべきだとされている。

つまり、フィギュアスケートの場合、ジャンプ・スピン・ステップの技術要素の難度認定や出来栄え評価については、客観的な評価のためのテクノロジー導入の余地があるだろう。しかし、音楽表現などの芸術評価にテクノロジーを導入して客観的な評価を行おうとすると、アーティスティックスポーツ独自の競技特性を損なう可能性がある。

メディアコンテンツとしてのテクノロジー活用の現在地

最近では様々なスポーツの競技会でトラッキングシステムが導入され、選手に実験的な介入をせずに選手のデータを取得することができるようになっている。

見るスポーツとして人気が高いフィギュアスケートでは、器械体操のような自動採点システムは導入されていないものの、視聴者の観戦体験を高める目的でトラッキングシステムが導入されている。放映権を持つ株式会社フジテレビジョンと画像処理を専門とする株式会社Qonceptは、これまでに2つのシステムを開発した。1つはジャンプを可視化するためのアイスコープ*2、もう1つが演技中の選手の滑走の軌跡を可視化するアイスタッツである。このシステムの導入により、これまで定量的な理解が難しかったフィギュアスケート選手の競技中のパフォーマンスを可視化することが可能になった(図1)。

図1  フィギュアスケートに導入されているトラッキングシステムアイスコープ。図面情報をもとに ピクセル単位の実寸を計測する(Qoncept提供)

私が着目したのはアイスコープだ。現在のフィギュアスケートの採点規則では、ジャンプの比重が非常に高くなっている。競技会で勝つためには質の高い高難度ジャンプを成功させることが重要であり、選手は単に転倒しないだけではなく、審判員から出来栄えが高いとされるジャンプを実施するために試行錯誤している。アイスコープは2台の4Kカメラでリンク全体を撮影し、ジャンプの高さ、飛距離、着氷後の滑走速度を算出する。ジャンプの踏切点と着氷点は運用担当者が定義する。スケートリンクの図面の情報から、撮影している画面の1つのピクセルが実際に何センチかを計算できるため、値が計測できるという仕組みだ。中継においては、ジャンプの放物線の軌跡付きの映像を別に用意して、計測結果を表示している。計測と軌跡映像の作成はおよそ1分半で完了し、視聴者に届けられる。競技会終了後には、飛距離ランキングや高さランキングが公開され、競技会の採点とはまた違った楽しみ方を提供している。このようなジャンプの数値のみを競うフォーマリスティックな競技会があっても面白いかもしれない。

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