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【特集:スポーツとサイエンス】
廣澤 聖士:テクノロジーがもたらすフィギュアスケートの発展

2024/07/05

アイスコープデータから紐解くジャンプの出来栄え評価の定量化

私自身は2010年に環境情報学部に入学するとともに、義塾体育会スケート部フィギュア部門に入部し、フィギュアスケート競技を始めた。競技をする中で「より良いジャンプを跳ぶにはどのようなことが必要なのか」という問題について研究したいと思ったが、実験環境でフィギュアスケートのデータを取得することは様々な面で難しかった。そのような中、競技会中の“リアルワールド”なジャンプの計測データは私にとって非常に魅力的だった。データをメディアコンテンツとしての活用だけで終わらせるのではなく、「競技力向上支援のための研究に活かすことができないか」と考え、慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程の指導教授である青木義満教授への相談のもと、システムの開発を手掛ける株式会社Qonceptとの共同研究契約を結び、研究に着手した。対象としたのは、客観的な評価が求められる技術点の中でも「ジャンプの出来栄え評価」だ。フィギュアスケートのジャンプの得点は、種類や回転数などの難度で定められている「基礎点」と、実施された技術の完成度を表す「出来栄え点」の合計によって決まる。出来栄え点は器械体操のEスコアとは異なり、満点からの減点ではなく、加点評価があるのがフィギュアスケートの特徴だ。審判員はジャンプを見て即座に0を含む-5〜+5の11段階で評価する。ジャンプの回転不足や踏切時のエッジの踏み分けなど基礎点に関する評価は複数の審判(技術役員)の意見を統合した上で減点の有無が判断される。一方で、出来栄え点は9人の審判の最高点と最低点を除外した上で平均するトリム平均が採用されている。このため、審判員によってある程度のばらつきがあることが許容されているのだ。判定基準も解釈の余地があるといえる。表1は加点面の評価基準である。例えば高さと距離については「非常に良い」と書かれており、「値が大きい」などとは書かれていない。

表1  プラス面の出来栄え点のガイドライン: +4、+5には最初の3つの項目が満たされていなければならない。

今回は「どのような特徴を有するジャンプが審判員から高い出来栄え評価を得られているのか」について検討するために、2019年世界選手権(さいたま)と2023年世界選手権(さいたま)で得られたジャンプのデータを分析した。図2は両競技会で実施された女子選手の2回転アクセルジャンプのうち、9人全ての審査員から出来栄え評価0以上と判定されたジャンプ計66件のデータである。各グラフの横軸はアイスコープから得られた値、縦軸はトリム平均後の出来栄え評価(5点満点)を示す。灰色の点と一点鎖線が2019年、黒色の点と一点鎖線が2023年のデータ、黒色の直線が全体的な傾向である。これを見ると、ジャンプの高さは出来栄え点の評価にほとんど関係がないことがわかる。一方で、飛距離については値が大きいほど出来栄え点が高くなる傾向(正の相関関係)にありそうだ。19年大会、23年大会共に同じような傾向を示しており、飛距離と出来栄え点の関係は試合によって傾向が大きく変わらないのも特徴だ。着氷後の滑走速度についても、飛距離ほど大きくはないものの19年・23年の両方で正の相関が見られる。つまり、ジャンプの出来栄え評価の基準には、「高さおよび距離が非常に良い」という項目があるが、審判員は飛距離が大きく着氷後にスムーズに流れるようなジャンプ、すなわち水平成分が大きいジャンプに高い出来栄え点をつける傾向があるといえる。

図2 アイスコープから得られるデータと審判員が付与した出来栄え点の関係性

このように競技会中のデータ取得が可能になったことで、審判員の主観的な判定の傾向を定量的に理解することができる兆しが見えてきた。しかし、システムが導入される競技会は少なく、ジャンプの種類や回転数によってはサンプルサイズが少ないため、定量的な評価が難しい。また、踏み切り方が異なるため、違う種類のジャンプの場合同一の傾向が見られるかはわからない。このようなシステムを継続的に導入し分析を続ければ、今後体操競技のように判定基準のデジタル対応を行う際に「競技として最良のジャンプはどのようなものか」を定量的に決めるための1つの目安となるだろう。様々な利害関係者が関わりながら開催されるスポーツ競技会でシステムを導入するには、計測精度などの技術面以外にも多くの課題を乗り越えなければならないが、競技の発展のためにも、より多くの試合で継続的にデータ取得が行われることが強く望まれる。

なお、トラッキングデータを用いたこれまでの関連の成果については、公開済みの論文を参考にされたい*3

データを活用したコーチングができる人材の必要性

採点に関するもの以外にも、欧米を中心にコーチング面でのテクノロジー活用について簡単に紹介する。1つは腰に巻くタイプのウェアラブルデバイスの導入だ。多くのスケーターは練習中に何回ジャンプを跳んだのかを把握していない。より高難度なジャンプが求められる現代のフィギュアスケートでは、ジャンプの着氷時に選手にかかる衝撃も大きく、選手が練習をしすぎることで疲労骨折の症例が増えていることが報告されている。米国フィギュアスケート連盟ではデバイスを用いて、練習量の管理やジャンプの定量的なデータに基づく指導を行っているという。これにより、怪我の予防やパフォーマンス向上に寄与することが期待されている。

もう1つはアナリストの登場だ。昨今、様々な競技で情報分析を専門とするスタッフの配置が進んでいる。一般社団法人日本スポーツアナリスト協会では、「選手及びチームを目標達成に導くために,情報戦略面で高いレベルでの専門性を持ってサポートするスペシャリスト」をアナリストと定義している。フィギュアスケートにおいては、フランスのArnaud Muccini氏が代表的な存在だ。彼はスポーツアナリストが分析に用いる専用ソフト、ダートフィッシュの画像処理技術を用いて、映像からジャンプのデータを数値化し、コーチングに役立てている。2022年北京オリンピックに向けては、中国代表チームのアナリストを務め、ペア競技で選手を金メダルへと導いた。そのスキルはダートフィッシュ社からも高く評価され、certified expertを授与されているなど、競技の枠を超えた、世界を代表するアナリストの1人である。

テクノロジーの発展は選手の健康を守り、パフォーマンスの向上にも寄与できる。日本国内でも、上記のような最新のテクノロジーを駆使して指導を行える人材の育成と環境の整備が求められるだろう。

フィギュアスケートは芸術性と技術の両方が重要視される競技であり、導入するポイントを見定めた上でテクノロジーを活用することで、その魅力をさらに引き出すことができるだろう。今後もテクノロジーの進化と共に、フィギュアスケートがどのように発展していくのか、その動向に注目するとともに、私も研究者として少しでも競技の発展に寄与できるように活動していきたい。

〈参考文献〉
*1 町田樹(2020)『アーティスティックスポーツ研究序説──フィギュアスケートを基軸とした創造と享受の文化論』(白水社)
*2 『フィギュアスケートLife Extra Professionals フィギュアスケートを支える人々』(2020、扶桑社ムック)
*3 Hirosawa, S., Watanabe, M., & Aoki, Y. (2022). Determinant analysis and developing evaluation indicators of grade of execution score of double axel jump in figure skating. Journal of sports sciences, 40(4), 470-481.

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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