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【特集:スポーツとサイエンス】
座談会:アスリートとともに考えるサイエンスのちから

2024/07/05

  • 中澤 公孝(なかざわ きみたか)

    東京大学大学院総合文化研究科教授

    1991年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。国立障害者リハビリテーションセンター研究所部長を経て2021年より現職。専門はリハビリテーション科学。著書に『パラリンピック・ブレイン』。

  • 谷本 歩実(たにもと あゆみ)

    柔道家、日本オリンピック委員会理事

    筑波大学卒業。柔道選手としてアテネ(2004年)、北京(2008年)五輪で2大会連続オール一本勝ちで金メダル。10年に引退後、弘前大学大学院にて医学博士。18年国際柔道連盟柔道殿堂入り。

  • 水鳥 寿思(みずとり ひさし)

    慶應義塾大学総合政策学部准教授、体操男子日本代表監督

    日本体育大学大学院博士課程修了。博士(体育科学)。体操選手としてアテネ五輪男子団体金メダル。12年に引退後、史上最年少で体操男子日本代表監督となり16年リオ五輪で団体金メダル。日本オリンピック委員会理事。慶應義塾体育会副理事。

  • 稲見 崇孝(いなみ たかゆき)

    慶應義塾大学体育研究所/大学院健康マネジメント研究科准教授

    中京大学大学院体育学研究科修了(早期修了者)。博士(体育学)。Edith Cowan University (Australia)、早稲田大学スポーツ科学学術院を経て現職。専門は運動生理学等。陸上の山縣亮太選手や塾高野球部等をサポート。

  • 加藤 貴昭(司会)(かとう たかあき)

    慶應義塾大学環境情報学部教授
    塾員(1997環、2000政メ修、03政メ博)。博士(学術)。慶應義塾大学時代は体育会野球部主将。1998-99年、シカゴ・カブス所属選手。専門はスポーツ心理学、人間工学。23年より体育会野球部長。

サイエンスが浸透するスポーツ

加藤 いよいよパリオリンピック・パラリンピックが近づいてきました。現在のスポーツを語る上で、サイエンスやテクノロジーは外せないテーマになっているかと思います。今日はスポーツについて、特にサイエンスとテクノロジーという視点を踏まえて、現在とこれからについて語っていただければと思っています。

最初に、まずは簡単な自己紹介をお願いします。

水鳥 僕は現在、パリオリンピックの体操男子の日本代表監督として活動させていただいています。僕自身、ちょうど20年前、選手としてアテネオリンピックで体操男子団体の金メダルを獲得しました。そういった経験等を踏まえて現在、指導を行っていますが、谷本さんと一緒にJOCでもアスリート支援に取り組んでいます。

競技の指導だけではなく、アスリートのキャリアあるいはパフォーマンス、そして最近だとウェルビーイングとかインテグリティといったものをアスリートにどう提供するのがよいのかという支援に取り組んでいます。

また、加藤さんと一緒にSFCの体育スタッフとしても活動しているので、学生からアスリートまで指導しているという感じです。

谷本 私は筑波大学を卒業後、オリンピックの柔道競技で2度金メダルを獲得することができました。引退後、指導者となり服部栄養専門学校で栄養士の資格を取得し、同時にスポーツ医学の研究を長年行っている弘前大学大学院でスポーツ医学を学びました。

私の師匠は、バルセロナオリンピックで金メダルを獲得した古賀稔彦先生なんですが、常に神がかった指導をしてくださったものですから、はじめは理解するのにものすごく苦労しました(笑)。そういった意味でもサイエンスの領域について話をするのが大好きで、今日を楽しみにしていました。

中澤 私はここ5、6年、東京オリンピック前にパラアスリートの脳を調べる機会があり、障害をもったアスリートの脳はものすごく変化するということがわかりまして、今そちらの研究ばかりやっているところです。もともとはリハビリテーションの研究をやっていたものですから、これがものすごくいいモデルだと思って、非常に興味を持って研究しています。

一方で、加藤さんとのつながりもあって、野球の科学的な研究も結構やっています。

稲見 私は医科大学のリハビリテーション施設でケガをしたスポーツ選手や高齢者の方、妊婦さんなどのトレーニングに関する仕事に従事したことをきっかけとして、運動やトレーニングを科学するスポーツ科学の分野を深めてきました。

専門領域が「筋肉」なので、何か1つの決まった競技のみの科学サポートをするということではなく、陸上や野球、水泳、ゴルフなど色々な競技のアスリートをサポートさせていただいています。

体操の採点へのAI支援の導入

加藤 それでは、最初のトピックですが、サイエンスもしくはテクノロジーといったものがもたらしたスポーツ界の変化について、皆さんが感じられているところからいかがでしょうか。

水鳥 僕は体操競技にずっとかかわってきていますが、どちらかというとスポーツバイオメカニクス、スポーツ科学の対極に体操競技はありました。いわゆる科学的な側面より、自分の内面、自分の感覚に目を向けることが長らく大切にされ、なかなか科学を受け入れられない競技だったのです。

そのような中、体操は、採点の公平性やルールがどんどん複雑になってきています。ジャッジの種類がどんどん増え、また公平性を担保するために、今、4人のジャッジを切り捨てて得点を出すルールになっている。すると、1種目につき8~9人審判がいないと成り立たないので簡単には競技会を開催できない状況です。

そのような公平性と競技の持続可能性という2つの課題の解決策として、AI採点支援を導入してはどうかという議論があり、実際に東京オリンピックでは一部種目でリファレンスジャッジとしてAI採点支援が取り入れられました。そしてパリオリンピックでは男女の全ての種目においてリファレンスジャッジとしてAI採点支援が導入される動きになっています。

体操競技もルールの変遷があり、30年前に、熟練性、独創性というのは定義が曖昧だから、2秒止まっているか、基準となる関節角度が45度を逸脱していないかというような定量的な評価に採点が変わってきました。そのような土壌がすでにあったので、コンピュータが角度の判定や正確な2秒静止を測ったらいいのではないかという発想になったんですね。

ただ、ルール上では2秒静止、45度と決めているのですが、一番上級のライセンスを持っている審判の採点も実は実際の2秒とは違っていることがあるのです。すると、実際の2秒を前提とした採点をすべきなのか、あるいは人間が1.8秒を2秒と認識しているのだから、ルールを変えていくべきではないかという課題が出てくると考えられます。

また、45度という角度はどことどこの点を結んだ角度なのかという定義が明確にされていないので、AIの支援が導入されることで、きちんと定義しましょう、といったこともやっていかなければいけないような状況です。

いずれにしても、徐々に審判の確保やその費用など、体操競技の持続性と公平性、そしてわかりやすさというエンターテイメント性に鑑みて進んでいくと思いますが、感情論は置いたところで、われわれにとって何がいいのか。フラットに議論できるかどうかが大事なポイントだと思います。

加藤 実際、テニスのウインブルドンではイン/アウトの判定が機械でジャッジされたり、サッカーはVAR(ビデオアシスタントレフェリー)があったり、野球でも少しずつ機械導入の話が出てきています。

私の研究分野では、サッカーのオフサイドの判断の時によくフラッシュラグ効果という錯覚が起きることがあり、どうしても人間はオフサイド判定をしやすくなってしまうということがわかっています。人間の認知、判断がどうしても拭えないみたいなことがある。それはまさに中澤さんがやられている脳の仕組みなんだと思います。

そこにどうやって機械を使うかは真剣な議論が必要だと思いますが、やはり人間のほうが大事だよねという気持ちとの擦り合わせが、これからより出てくるということでしょうか。

水鳥 そうですね。あとはやはり体操だとアーティスティックな側面があり、本当に機械に芸術性を評価できるのかみたいなところは最後まで課題となる部分だとは思います。ただ、最近のOpen AIのSoraという動画生成ソフトを見ても、AIだってすぐにできますよ、みたいな時代になるのではないかとも感じています。

「クセ」にフォーカスした分析

谷本 柔道も一本や技ありの判定についに角度が導入されました。定義の見直しがされたのですが、その結果、そもそも柔道の本質は何だろうということも問われるようになりました。

少し話を変えると、柔道の場合、日本は金メダルを取らなければいけないという暗黙の重圧のなか、いかに金メダルを取るかというところに絞り込んだ視点を持つのです。野球やサッカーなどは、相手の弱点を研究し戦略を立てると思うのですが、柔道の場合、弱点ではなく、相手の「クセ」にフォーカスして分析をします。

クセというのは習慣づいたものなので、科学研究部の方々が一大会何百という試合を全部分析して、選手だけでなく審判のクセまで見抜いていきます。この審判は必ずこの時間帯に指導を取るとか、角度はどちらから見るかなど、選手のクセは、最初に何の技をかけるか、焦った時に、どこの襟の位置を持つかとか、全部出してもらうんですね。そうすると、だんだん勝ち方が見えてくる。柔道界もそこが大きく変わったと思います。

ただ、最終的に、オリンピックではやはり実力者が勝ち上がっていくんです。私は自分が優勝したのはたまたまだと思っていますが、研究でもオリンピックはその時にやはり一番強い人が勝つという結果が出たそうです。

一方でビデオ映像を見ると、先入観によって一瞬の躊躇が生まれるから絶対見てはいけないと禁じられた選手もいました。私もその1人ですが引退して動画を見ると、 簡単に勝ち方がわかるんです。でも、選手の時は一切見せてもらえませんでしたね。直感というか、一瞬の反応を迷わせないためにということでした。

加藤 面白いですね。よくピークパフォーマンスと言ったりしますが、その場で一番調子がいい人になるために何をするかということもあるのですか。

谷本 ありますね。私の場合、「幸せホルモン」をコントロールしていくというのが、おそらく言葉にできるところかなと思います。ゾーンに入るというのも結局、そういうことだと思います。とにかく平常心で戦うことを最大限に意識しましたね。

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