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【特集:スポーツとサイエンス】
座談会:アスリートとともに考えるサイエンスのちから

2024/07/05

脳への刺激というアプローチ

中澤 今、脳のある部分にバチバチバチと電気的な刺激を与え、感情の部分の活動性を変えてしまうことで、良いパフォーマンスに持っていくこともやれそうなところまで来ているのです。可能性は十分あるのですが、未知の世界なので、これからアプローチしていく段階です。

加藤 今、すでにうつ病とかの治療としてやられていますね。

中澤 経頭蓋磁気刺激法(TMS)といって、脳のある部分にバチバチバチと刺激を与える。うつ病では今、普通の治療になってきていて、薬のように副作用がなく、脳に孔が開くわけでもない。

これをスポーツ選手がモチベーションを上げるためにも使えるわけです。

加藤 もう直接脳を操作してモチベーションを上げてしまう。

谷本 試合前にバチバチと。でも、その時代も近いですよね。

加藤 もう技術的にはできるんです。TMSは生理学の分野では当たり前のようにやっていますね。

私も経験したことがあるんですが、びっくりするのは、痛みは感じないんですが、運動野にバチバチとやると意識とは関係なく手が動くんです。あれは本当に不思議というか、ちょっと怖いですよね。

水鳥 SFCの牛山潤一先生もやっていますよね。僕も被験者になったんですけど、体操選手は退化した神経回路が活性化されるトレーニングを行っているので普通とは違う反応もあるようです。

中澤 義足の幅跳び選手で、義足を動かす筋肉は同側の脳刺激で動く人がいることがわかっています。そこから私はパラリンピック選手の脳の研究を始めたのです。

直感を生かすということ

水鳥 試合に強い人というのが絶対いるので、その仕組みが解明できたら本当にすごいことです。

加藤 心の部分までどう切り込めていけるのかですね。例えば、メンタルトレーニングとか応用心理学というのはデータになりにくいので、なかなか科学になりづらい。でも、やはりメンタルトレーニングをやっている現場の人たちが変化していくのは面白いんです。

まさに直感とかゾーンに入るみたいな話はそうです。以前、将棋の羽生善治さんにお話を聞いた時、棋士の皆さんはいろいろなことを考えて将棋を指しているのだと最初は思っていたんですが、実はできるだけ考えないようにして直感を働かせたいと言うのです。その場で1、2秒で判断することがすごく大事で、その直感が大体7割は合っているそうなんですね。

それはスポーツとかなり近い話で、できるだけ余計なことを考えずにパッと瞬間で直感で反応すれば体を良く動かすことができるのかなと。そのあたりは実はメンタルの持ち方としても大事なことになるかなと思います。

水鳥 そこで1つ伺いたいのですが、谷本さんから「クセを見ます」という話があったじゃないですか。クセを見るということは、「よしそろそろ来るぞ」と、「その動き」が来たみたいな感じで自分が動くわけじゃないですか。すると、準備の大切さみたいな話と、直感とはどういう関係なのでしょうか。分析してこういう選手はこういうクセがあるということは絶対に頭に残しておく、という理解でいいでしょうか。

谷本 基本、私は直感型です。なので練習の段階でどんな状況でも、まず体が反応できるよう準備をしています。

加藤 谷本さんはおそらくいろいろな引き出しを持っていたのかなと思います。相手のクセは、ずっと意識しているのではなくて、いざという時にすぐ使えるようにしておく。そういうことを、ロングタームワーキングメモリといって、ワーキングメモリの中でも長期記憶にあって一時的に使えるものと心理学では言われているんですが、要は引き出しをいっぱい用意してあるということです。

余計なことを考えずに、引き出しを開けておきつつも常にすぐ準備できるのが、直感みたいなところになってくるのかもしれません。そのあたりがたぶん経験としてあるのだと思います。

水鳥 もう自然と身に付いている引き出しがあるからこそ、相手の動きを見た時に反応できるということですね。

加藤 実際、実験で1秒ぐらいクリップを見せて、「次、何をしますか」と答えてもらうと、やはりたくさん経験した人のほうがすごく選択肢が多く、かつ速いんですね。

「ゾーン」とは何か?

加藤 「ゾーンに入る」という話ですが、心理学でも実はゾーンという言葉は使うのですが、明確にこれがゾーンだとは言えないんですね。というのも、誰もがそこに入ることはできないし、どうやって入るのかは本人も説明ができない。そうすると客観的には評価できないんです。

もしかしたらお2人は経験されているかもしれないのですが、何か不思議な感覚というか、体が勝手に動いてしまっているとか、結果的に意識としては遠のいて、みたいなことを語る方は多いので、たぶん実際にあるんだと思うんですよね。いかがでしょうか。

谷本 私もゾーンが気になっています。私はゾーンの扉と表現するんですけれど、たまにノックすると開くんですね。オリンピックで3連覇した柔道の野村忠宏さんにどうなのかと聞いたら、「僕はノックすれば基本的に開けてくれる」と言うんです。

それから気になって同じく3連覇したレスリングの吉田沙保里さんに聞いたら、ゾーンの扉自体は見えない、と言ったんです。でも、リオのオリンピックの4連覇がかかった決勝戦で負けた時だけはゾーンの扉が閉まっているのが見えたと。

加藤 本当にトップのトップにいる人の感覚なのでしょうね。たぶん究極の状態にどうなれるかというのは皆が経験できないので、そこは難しいところかなと思います。皆それができたらすごいことですよね。

谷本 解明を期待しています。脳のこの部分を刺激したら入れるとなったら、すごいですよね(笑)。

水鳥 僕も何がゾーンなのかはわかりませんが、内村航平君と話していたんですが、跳馬でたまにスタートラインに立った時に、「あ、絶対できる」みたいな感覚になることがあるのです。内村君はもう自分の演技の軌跡が立った時に見えるので、それを自分が追いかけているだけだと話していました。僕はそこまで鮮明に自分の演技は見えませんが、できるかどうかがわかる感覚はあります。

それは試合全体でもあって、この試合は絶対失敗しないというのが自分で見えているから、早く演技をさせてくれみたいな感覚になる時がたまにあるんです。そういう感覚がゾーンに入っている感じなのかなと思います。

谷本 わかります。やはり何かそういうものがありますよね。

中澤 ゾーンと言われる状態というのはもう自動化されて、集中していることすら忘れて、体だけ動いたみたいなことなのかなと思っているんですが。

水鳥 僕も人から聞くゾーンの話はそういう感じです。夢中になるということですよね。

加藤 ゾーンではないかもしれませんが、あの時こうなっていたんだと、後から振り返って意識化するという話はよくあります。まさに脳の話でポストディクションという言い方がありますが、脳で判断していることは、わかってから感情が生まれ、行動するのではなくて、最初に体が反応した後で、「あの時こうだったんだ」と後から意識に残るというものがある。ゾーンというのは、もしかしたらそれに近い話かなと思います。

体が勝手に動いてしまって、後から考えたら自分はこうだったんだと時間的には逆転していることが起きている可能性はあるのかなと。

谷本 私も金メダルを取った直後に、まだ顔を叩いて気合を入れて準備をしていたんですよ。それで、「あ、そうだ。勝ったんだ」と思うぐらい、後から意識がついていきましたね。

試合を振り返ると、通常の自分の感覚で10秒と感じたところが、映像で見ると本当に一瞬のことなんですね。だから、やっぱり超集中状態だったのだろうなと思います。

加藤 それはたぶん完全にゾーンだと思います。時間が延びるという感覚ですよね。脳内でどうやって時間の整理をしているかも面白いです。

谷本 情報が遅れてやってきます。

中澤 そう言いますよね。時間の感覚が狂って、延びてしまうんでしょうか。

加藤 それは本当に不思議ですよね。

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