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【特集:変わる家族と子育て】
座談会:子育ての意識変化とそれを阻むもの

2024/03/05

年々増える育児時間

稲葉 階層間の格差が大きいということなのでしょうか。これは西村さんのご専門だと思います。

西村 私も藤田さんのご著書を拝読して、夫婦の学歴の組み合わせと育児へのかかわり方への違いがかなりはっきりと出されていて、気付かされるところが多くありました。

私は最近、女性の家事や育児に費やす時間が世代によってどのように変化してきたのかを分析したのですが、家計経済研究所が実施してきた『消費生活に関するパネル調査』によると、1960年代後半生まれと1980年代前半生まれを比較すると、家事育児時間のトータルが、若い世代のほうが一時間以上少ないことがわかりました。

しかし一方で、若い世代では高学歴層ほど家事・育児に長い時間を費やす傾向が見られるようにもなってきています。階層間の格差というか、おそらくは子育てに対するかかわり方の違いが、近年、拡大しているのではないかと思いました。

稲葉 社会生活基本調査という国の大きな調査がありますが、それを見ても、育児時間は近年増えていますね。一方で家事時間は減っている。一組あたりの夫婦が産む子どもの数は少し減っていますが、子どもにかける時間はむしろ増えているという傾向があります。

また、かつて日本の女性は、学歴にかかわらず出産したら退職するという傾向が強かった。ところがこの4、5年のデータを見ると出産時退職が非常に減って、4年制の大卒女性だと、出産直後でも4割ぐらいは正規職として就労しているんですね。

非大卒の人たちも基本的には出産退職が減っている。そのように、階層に関係なく、女性が出産後も仕事を続けている傾向は明らかに出てきていると感じます。

日本の「子育てのしづらさ」とは

稲葉 そういう中、育児のあり方はどう変わっているのでしょうか。中野さんは育児では、どういう点で苦労されましたか。

中野 様々なところで問題になっている「子育てのしづらさ」は、やはり今の日本にあると思っています。私は第1子が生まれてから3歳ぐらいまでシンガポールで生活していたのですが、皆、当たり前のようにベビーカーも持ってくれますし、妊娠している時は電車に乗ると必ず席を譲ってくれました。

本当に自然に接してくれるので、子育てに関して海外生活で大変だったところもありますが、ストレスに感じたことは正直なかったです。

稲葉 社会が協力的だったと。

中野 そうです。それが、日本に帰ってきて、新宿から京王線に乗り換えようと思った時、新宿駅でベビーカーで迷っていても誰も助けてくれない。エレベーターは果てしなく遠い。どこに行ったらホームに行けるのだろうと困っていても、皆、素通りなんですよ。これがいわゆる日本で子どもを育てる際の、育てづらさなのかと実感しました。

都会で子育てをされている方は、今でも双子のベビーカーでバスに乗ったら何か言われたり、公園ですら「子どもがうるさい」と言われるという話もよく聞きます。

「こどもみらい戦略会議」でも、子どもが優先して並べる優先レーンを作ろう、ということが話題に上がるのですが、そういったものを作る前に、皆の意識を変えるのが先なのではと思います。普通に子どもを大事にする社会、「すみません」と言わなくても、子ども連れには譲ってくれる社会、子どもが騒いでも許容する姿勢を国民全体が共有する社会。それが当たり前である社会にすべきなのではないかなと思うのです。

藤田 私も子どもが小学生ですが、子育てしにくいな、ということは感じています。

中野さんがおっしゃった駅のエレベーターがとても遠いところにあることは、いつも感じています。これは、最近よく言われるジェンダー視点で、主に男性がデザインしているのだと思います。女性や母親の視点で街がつくられていないということが、最近、いろいろな研究で言われていますが、そういうジェンダー不平等の問題があるのだと思います。

実はベビーカーの問題は1970年代から繰り返し社会問題になっています。50年前の新聞記事を読むと、ほとんど同じような議論があり、それが繰り返されているのです。

そうしたジェンダー不平等や、性別役割分業、また労働の価値の問題がすごくあります。つまり、外でお金を稼ぐ労働は価値があるけれど、家庭内の無償労働、ケア労働はお金を産まないので価値がないというような議論です。社会の中に、ベビーカーを押している人よりも働きに行く人を優先するような意識がどこかにあると感じます。

稲葉 社会空間がジェンダー化されて作られているので、ジェンダー平等を求めるとぶつかってしまうと。

藤田 それと、日本は欧米と比べて家事時間が少ないと言われていますね。欧米はDIYをしたり、お客さんを呼んだり、家庭での時間をもっと豊かにしようとしている。しかし日本では家というのは母と子どもの空間だから、家事を最低限にすることに一生懸命です。今はメディアで、時短術がもてはやされていますよね。掃除も時短、料理も時短、家事は最低限というような言説がすごく強い。

しかし、その一方で、先ほどあったように子育ての時間が延びています。世界中でIntensive Mothering と言われるように、子育てにはすごく愛情と時間をかけ、教育にも時間をかけるという意識がすごくある。そこは何かすごく複雑な問題が絡みあっているのだと思います。

育児を家庭に閉じ込める社会

平野 日本は高度経済成長期から、育児を家族の中に閉じ込め過ぎた、と個人的には思っています。

家と書いて「うち」と読む。これはすごく日本らしいと思います。育児というものは家庭で責任を持ってやるものだという観念が、どことなしか社会にある。高度経済成長期に核家族化した家庭でのみ子育てをやるようになって、専業主婦が登場し、いわゆる母性神話みたいなものが生まれて母親が全部コミットすることが、子どもにとってよいことだという考え方ができたのではと思うのです。

もちろんこの考え方は今では否定されていますが、今の男性の育児参加の流れも、お母さんが社会で働くのであれば、次に育児をするのはお父さんだよねということですよね。それ以外の選択肢が出てこない。「両親で、家の中で完結させてください」という議論で、いろいろな制度設計が進んでいるように思えます。

本来子育ては、もう少し社会で分担していくという考えのもとに制度や文化も再構築していかなければいけないと思います。母親が負っていたものを、今度は父親にも負わせれば何とかなるという議論になっているのではないか。母親を追い込んでいたものが、今度は両親を追い込むことになりかねないのではという危惧を抱いています。

西村 母親を追い詰めていたものが、今度は両親を追い詰めることになるのではというのは、本当にそうだなと感じるところがあります。

なぜ男性が育児休業を取りにくいかに関する研究などを見ると、父親たちは、職場では、男性だったらこれぐらいやれるだろうと、これまでと同じような量と質の仕事を求められ、自分もそうあらねばと思っている。そういう中で、なんとか時間をやりくりして育児に時間を割いている。例えばいったん帰宅し、子どもをお風呂に入れて、また職場へ戻るという状況さえあるようです。

このような状況は、藤田さんがおっしゃったようにケアやケアをする人を、社会がとても軽く見ていることから生じているのではないかという気がします。仕事を優先する人が職場では評価され、家庭の中にもそういう価値観が持ち込まれている。仕事はやって当然で、残りの時間をやりくりして育児をするのが正しいというような考え方、規範意識のようなものが、社会にあるのではないでしょうか。

自分の生活を振り返っても、そういう気がするのです。藤田さんが、欧米のお客さんを招く文化の話をされましたが、自分も、理想的には週末に友達に家に来てもらって楽しくおしゃべりする時間を持ちたい。海外からどなたかいらっしゃったら家にお迎えしたい、と思うのですが、反面、その準備は誰がやるの、と考えてしまい、今度も無理と思ってしまうことが多い。

ケアや家族で楽しむこと、プライベートな時間を充実させることの優先順位が、社会の中でとても低くなってしまっているのではないでしょうか。

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