三田評論ONLINE

【特集:変わる家族と子育て】
内田大輔:男性の育児休業を考える

2024/03/05

  • 内田 大輔(うちだ だいすけ)

    慶應義塾大学商学部准教授

なぜいま男性の育児休業か?

2023年1月31日、改正された「企業内容等の開示に関する内閣府令」が施行され、2023年3月期決算から、上場企業には有価証券報告書に人的資本の情報開示が義務付けられるようになりました。このように、人的資本の情報開示が求められるようになったのは、企業の価値を考える際に、従来からの財務情報を中心とした評価のみならず、人的資本に代表される無形資産の評価も重要であるという考えが広がりつつあるからです。

そうした中で、人的資本に関する指標の1つとして、上場企業に開示が義務付けられるようになったのが男性の育児休業取得率です(2021年6月に改正された育児・介護休業法では、2023年4月から従業員1000人超の企業には、男性の育児休業取得率の公表を求めているため、上場していない企業でも公表を求められることはあります)。達成すべき数値が具体的に設定されるわけではありませんが、開示が義務付けられることで、男性の育児休業に対する企業の取り組みは世間の目に晒されることになります。この意味で、企業にとって男性の育児休業に関わる環境整備は、重要な経営課題の1つになっていると言えます。

育児休業とは何か?

育児のために休業する権利を労働者に保障する現行の育児・介護休業法は、育児休業等に関する法律として1992年に施行されました。そこでは、労働者は親の性別にかかわらず、生まれた子どもが1歳になるまでの期間にわたる休みを取得でき、企業はその申し出を拒否することができないことが定められました。時代の変化に合わせて法改正が重ねられ、育児休業取得期間における所得補償の充実も図られた結果、現在の日本の育児休業制度は世界的に見ても手厚いものになっています。

しかしながら、日本では、育児休業をとるのは専ら女性で、男性による取得は低い水準にとどまっています。図1を見ると、女性の育児休業取得率は、1996年の49%から徐々に上昇し、2000年代中頃からは80%超を安定的に推移している一方、男性の育児休業取得率は、2007年に1%を初めて超えて以降、緩やかな増加基調にあるものの、2022年は17%にとどまっています。ただし、2025年までに30%までに上げることを政府が目標に掲げていることもあり*1、近年ではその増加基調がより顕著になっている点は注目に値します。

図1 性別ごとの育児休業取得率の経時的推移

男性による育児休業の取得は、男性労働者の仕事と育児の両立を促進することを目的としたワーク・ライフ・バランス(WLB)施策の1つとされています。日本では、パパ・ママ育休プラスなどの制度が新たに始まったことを受けて2010年6月に発足した「イクメンプロジェクト」*2が男性の育児休業の取得を促す取り組みを行っていることもあり、「イクメン」と合わせて目にする機会が多いかもしれません。男性が、一定の期間にわたって育児休業を取得し仕事の負担をなくすことで、家庭での育児や家事へ積極的に参加することを促し、女性に偏りがちなこれらの負担を軽減することが期待されています。

男性が育児休業をとると育児や家事に積極的になる?

男性の育児休業では、育児や家事の分担が進むことが期待されていますが、男性が育児休業をとった家庭では、女性の育児や家事の負担は本当に減るのでしょうか。Patnaik(2019)*3は、2005年から2010年におけるカナダのケベック州を対象に、男性による育児休業の取得が、その終了から1〜3年後の家庭内における育児や家事の分担に与える影響を検証しています。そこでは、男性が育児休業を取得した場合、そうでない場合に比べて、男性の育児や家事の時間が増加しただけでなく、女性はより多くの時間を有給の仕事に費やし、より高い確率でフルタイムとして雇用されていることが明らかにされています。

このような研究結果は、男性による育児休業取得は、両親の行動に持続的な影響を与え、家庭内における育児や家事の負担の偏在の緩和に貢献し得ることを示唆しています。ただし、必ずしもすべての研究において、男性の育児休業が育児や家事の分担に与える影響を確認できているわけではありません。

1993年から2003年におけるスウェーデンを対象に分析した、Ekberg, Eriksson, and Friebel(2013)*4は、家庭内の育児や家事の分担の指標として子どもが病気で片方の親が家にいなければならない時の育児時間に注目しています。そこでは、男性が育児休業をとったからといって、子どもが病気の時の男性の育児の負担が増えるわけではないことが明らかにされています。このことは、あらゆる育児や家事が家庭内で同じように分担されるわけではなく、具体的な育児や家事の内容ごとに、男性の育児休業の取得がもたらす影響は異なっている可能性を示唆しています。

男性が育児休業をとると子どもが増える?

男性の育児休業は、家庭内の育児や家事の分担に影響を与え得るだけでなく、出産や離婚などの中長期的な夫婦関係にも影響を与えることが知られています。Duvander et al.(2019)*5は、1995年から2009年におけるアイスランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧3カ国を対象に、男性による育児休業取得が、第2子と第3子の出産に与える効果を検証しています。そこでは、男性による育児休業取得は、3カ国すべてで第2子の出産に正の影響を与えることが明らかにされています。これは、男性が育児休業をとることで、第2子の出産を選択しやすくなる環境が整うためと考えられます(ただし、第3子の出産に対して同じような影響は確認されていない点には注意が必要です)。

上記の研究では、ある家庭の男性の育児休業の取得が、その家庭における後の出産に与える影響を分析しているのに対し、Lappegård and Kornstad(2020)*6では、ある家庭の男性の育児休業の取得が、その家庭が居住する地域における出産への影響を分析しています。1989年から2013年のノルウェーを対象にした分析では、居住地域における男性の育児休業取得率が、第1子と第2子の出産に正の影響を与え、その影響は第2子ほどより顕著になることが明らかにされています。これは、男性による育児休業取得が進み、男性の育児参加が当たり前と考えられる地域ほど、男性も育児に積極的に参加すべきという社会規範が形成されており、男性の育児参加を事前に期待できるため、出産計画を実現しやすくなるためと考えられます。

男性が育児休業をとると家庭が円満になる?

男性による育児休業取得が夫婦関係(同棲カップルも含む)に与える影響を検討しているLappegård et al.(2020)*7は、1993年から2011年におけるアイスランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧3カ国を対象に、男性による育児休業取得がその後の離別(同棲解消や離婚)に与える影響を分析しています。そこでは、男性が育児休業を取得した夫婦は、そうでない夫婦に比べて、離別の可能性が低く、その傾向は3カ国で一貫していることが明らかにされました。これは、男性が育児休業をとることで、育児や家事が共有され、夫婦の満足感が向上したり、男性の子への関与が家族の絆をより強固なものにしたりするためと考えられます。

こうした分析結果は、1990年から2016年のアイスランドを対象に、男性による育児休業取得を促進するために実施された制度改革の効果を検討したOlafsson and Steingrimsdottir(2020)*8の分析結果とも整合的です。そこでは、制度改革後、育児休業をとることができるようになった親は、離婚する確率が低いこと、また、この効果は、子どもが生まれてから15年間にわたって続くだけでなく、母親の教育水準が父親よりも高いか、あるいは同等である夫婦において強くなることが明らかにされています。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事