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【特集:変わる家族と子育て】
池田心豪:現代子育て夫婦の稼得役割と家事・育児役割──二重負担の解消を目指して

2024/03/05

  • 池田 心豪(いけだ しんごう)

    独立行政法人労働政策研究・研修機構副統括研究員・塾員

「女性も仕事、男性も家事・育児」の帰結

「男性は仕事、女性は家事・育児」という伝統的な性別役割分業にとらわれることなく、女性も仕事をし、男性も家事・育児をすることが日本の新たな家族生活のモデルとなりつつある。

とりわけ子育てとの関係においては、政府の政策においても少子化対策と男女雇用機会均等政策の両面から、女性の就業支援と男性の育児支援を進めてきた。その甲斐あってか、女性の継続就業率は上昇し、男性の家事・育児時間も少しずつだが延びている。

しかし、その結果として、男性も女性も仕事と家事・育児の二重負担に苦しむ社会に向かっている可能性がある(永井2020)。「男性は家事・育児」「女性は仕事」という新しい役割を求めることは、古い性別役割からの解放を必ずしも意味しない。男性は家事・育児をすれば仕事はしなくて良いのか……。女性は仕事をしていれば家事・育児はしなくて良いのか……。政府も古い性別役割から男女を解放する政策はほとんど行っていない。男性も女性も古い役割と新しい役割を両方担えない場合、伝統的な性別役割に収まるか、結婚自体をしないという選択になるのではないだろうか。そのように考えれば、仕事と子育ての両立支援に政府が力を注いでも期待したほどの成果はあがらず、逆に未婚化が進むことも納得できる。

男女がともに性別役割にとらわれずに仕事と家事・育児を両立できる社会を実現するためには、男女それぞれについて、新しい役割への関与だけでなく、古い役割からの解放も問題にする必要がある。本稿では、そのような問題意識で、「男性も女性も仕事も家事も」という二重負担解消に向けた課題を示したい。

仕事と家事・育児の二重負担の可能性

「仕事も家事・育児も」という二重負担は、女性については今や古典的ともいえる問題である(西村2009)。女性の二重負担を解消するために、男性も家事・育児を担うことが求められてきたという歴史的経緯がある。しかしながら、実際は男性の家事・育児が女性の負担軽減につながっていない可能性がある。

永井(2020)は『社会生活基本調査』(総務省統計局)の時系列比較から、男性の家事・育児時間の伸長傾向を指摘しつつ、それ以上に女性の家事・育児時間が伸長傾向にあることを指摘する。その理由として「育児は(中略)共同で行われるものも多く、夫と妻双方のエネルギーと時間を費やすことが必要」であるとし、「仕事時間が大幅に減少することがなければ、二重負担についての男女の負担は解消することは難しい」という(永井2020; 44)。

生活時間配分の問題として、仕事時間が長ければ、それだけ家事・育児に費やせる時間は短くなる。その観点から男性の家事・育児を阻害する要因として、労働時間がたびたび問題にされてきた(稲葉1998、松田2002)。しかし、仕事時間は収入とトレードオフの関係にある。間(1996)は、家庭を顧みずに長時間働く男性労働者の勤勉性が、実は経済的に豊かな生活を家族に与える稼得役割意識から生じていることを明らかにしている。

もし仕事時間を減少させた分だけ稼得役割は軽減されるなら、男性は二重負担を免れる。妻の就業により夫の稼得役割が軽減されるなら、夫は収入を気にせず、家事・育児に時間を費やすことができるだろう。女性の立場で考えても、妻が稼得役割を担う分だけ、夫が家事・育児を担うのであれば、女性は二重負担を免れることになる。

以下では、男女の仕事時間と夫婦の家計分担の双方に目を向け、家事・育児について、筆者が独自に集計したデータをみていきたい。

残業日数・家計分担と家事・育児

日々のルーティンとして行われる家事・育児と仕事時間の関係を考えるとき、そこには、永井(2020)が整理しているように、仕事時間の長さと関係のないものと、仕事時間が長いとできないものとがある。

食事の支度は後者の典型だろう。特に夕方・夜間の残業が常態化している日本社会において夕食の支度は仕事時間の調整が必要な家事の1つである。子どもの生活規範になっている「早寝早起き」をするためには夕食も早い方が良い。その観点から、残業時間の長さより残業がないこと、つまり定時退勤に着目したい。

また、子どもと関わることも、仕事時間が長いとできないことの1つである。先行研究においても、松田(2002)は、帰宅時間の遅さが男性の育児を阻害していることを実証している。食事や入浴、寝かしつけのようなルーティンワークだけでなく、子どもの遊び相手になることも子どもの発育にとって重要な育児の1つである。

しかし、夕食をつくることと子どもの遊び相手をすることは等価だろうか。夕方早く帰宅した夫が、夕食をつくらずに子どもと遊んでいる生活は望ましいといえないだろう。前述の「早寝早起き」のためには、子どもと遊ぶことより、夕食の支度の方が優先順位は高いだろう。夫が夕食をつくらずに子どもと遊んでいた場合、夕食をつくるのは誰かという問題も残る。

その観点から図1をみよう。この図は、末子12歳未満の雇用者を対象に、男女それぞれについて、1週間に夕食をつくる回数と末子と遊ぶ回数を、週の残業日数別に示している。男性は、週の残業日数が少なくても、つまり定時退勤日が多くても夕食をつくる回数は増えない。だが、末子と遊ぶ回数は、残業日数が少ない方が多い。一方、女性は残業日数が増えると夕食をつくる回数が減る。しかし末子と遊ぶ回数は残業日数が減っても増えない。

図1 男女別 週の残業日数別
週に夕食をつくる回数と末子と遊ぶ回数
資料)労働政策研究・研修機構「職業キャリアと生活に関する調査」(2015年)

図2には同じデータを用いて、夫婦の家計分担別に夕食をつくる回数と末子と遊ぶ回数を示している。「夫の収入が主」は、家計を支えているのが夫の収入のみか、妻の収入もあるが夫が主である場合を指す。男性稼得者モデルの夫婦であるといえる。夕食をつくる回数に着目すると、「夫婦同等か妻が主」の場合に男性は夕食をつくる回数が多くなり、女性はその回数が少なくなる。一方、末子と遊ぶ回数は、家計分担との関連性はみられない。

図2 男女別 夫婦の家計分担別
週に夕食をつくる回数と末子と遊ぶ回数
資料)労働政策研究・研修機構「職業キャリアと生活に関する調査」(2015年)

伝統的な性別役割からの解放に向けて

ワーク・ライフ・バランスの文脈では、生活時間配分への関心から、仕事の時間を家事・育児に分け与えることが、男性の家事・育児につながるという考え方が強い。

だが、夕食の支度のようなルーティンワークを男性が担うようになるためには、夫婦の家計分担に目を向け、女性の経済力を高めていくことが重要である。つまり、「男性は仕事」という古い役割からの解放が「男性も家事・育児」という新しい役割への関与を高めることにつながるといえる。

一方、女性も仕事という新しい役割への関与は、家事という古い役割からの解放をともなっている。女性は、残業する日数が増えれば、夕食をつくる回数は減る。男性の結果と合わせて解釈するなら、女性が残業を増やすことによって妻の収入が増え、夫婦の家計分担が対等になれば、妻が夕食をつくらない日は夫が夕食をつくるようになる可能性をデータは示唆している。したがって、育児期の女性の仕事時間は減らさない方が良い。

しかし、女性は、夫と同等かそれ以上の稼得役割を担っている場合でも、夕食をつくる回数が男性より圧倒的に多い。家計分担に見合った家事分担になっていない。残業が週に5日以上の場合でも夕食を週に5回以上つくっている女性は半数におよぶ。それだけ女性は伝統的な性別役割の拘束が強いといえる。女性の仕事と家事の二重負担を解消するために、もっと女性が家事をしなくて良い社会のあり方を検討することは重要な課題であるといえる。

〈参考文献〉

・稲葉昭英(1998)「どんな男性が家事・育児をするのか?──社会階層と男性の家事・育児参加」、渡辺秀樹・志田基与師編『階層と結婚・家族』、1995年SSM調査研究会(科学研究費補助金 特別推進研究(一)『現代日本の社会階層に関する全国調査』成果報告書)、pp.1-42

・永井暁子(2020)「家事と仕事をめぐる夫婦の関係」『日本労働研究雑誌』No.719,pp.38-45

・西村純子(2009)『ポスト育児期の女性と働き方──ワーク・ファミリー・バランスとストレス』慶應義塾大学出版会

・間宏(1996)『経済大国を作り上げた思想──高度経済成長期の労働エートス』文眞堂

・松田茂樹(2002)「父親の育児参加促進策の方向性」国立社会保障・人口問題研究所編『少子社会の子育て支援』東京大学出版会pp.313-330

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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