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【特集:予防医療の未来】
座談会:人生100年時代のウェルビーイング社会を先導する

2023/11/06

  • 安藤 徳隆(あんどう のりたか)

    日清食品株式会社代表取締役社長

    塾員(2000理工、02理工修)。2007年に日清食品入社。マーケティング本部や経営戦略本部を経て、15年より現職。16年より日清食品ホールディングス代表取締役副社長・COO。

  • 小熊 祐子(おぐま ゆうこ)

    慶應義塾大学スポーツ医学研究センター准教授

    塾員(1991医)。博士(医学)。専門は内科(内分泌代謝)・スポーツ医学・予防医学。2002年ハーバード大学公衆衛生大学院にて修士。慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科准教授を兼担。

  • 高石 官均(たかいし ひろまさ)

    慶應義塾大学予防医療センター長・教授

    塾員(1990医、96医博)。博士(医学)。専門は消化器内科学、臨床腫瘍学、予防医学。慶應義塾大学医学部包括医療先進センター専任講師、同医学部腫瘍センター長などを経て2020年より現職。

  • 岸本 泰士郎(きしもと たいしろう)

    慶應義塾大学ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座特任教授

    塾員(2000医)。専門は精神医学。情報通信機器や機械学習の医学領域への応用研究を手掛ける。米国ニューヨーク州The Zucker Hillside Hospital、慶應義塾大学医学部精神・神経科専任講師等を経て21年より現職。

  • 北川 雄光(司会)(きたがわ ゆうこう)

    慶應義塾常任理事(医療全般・塾員担当)

    塾員(1986医)。博士(医学)。専門は消化器外科学。2007年より慶應義塾大学医学部外科学(一般・消化器)教室教授。09年慶應義塾大学病院腫瘍センター長、17年同病院長を経て21年より現職。

「超高齢社会」とフレイル

北川 慶應義塾大学予防医療センターが2023年11月より信濃町から麻布台ヒルズに移転してオープン致します。この機会に予防医療にスポットを当てて、様々な分野の皆さまにその未来像について語っていただきたいと思います。

11年前の2012年に予防医療センターはオープンし、その際にも「三田評論」にて特集が組まれています(2012年12月号 特集「予防医療最前線」)。あれから11年たち、高精度な人間ドックとしての予防医療センターは一定の評価をいただいてきたと思いますが、こらからの時代に求められる未来型予防医療を構築するためにどのような方向に進んでいくのかが大きな課題となっています。

さて、新しい時代の予防医療の方向性を考える上で、人生100年時代、超高齢社会を迎えた日本が、これからどういう問題を抱えるのか、どういう社会になっていくのかが重要です。そういう観点から小熊さんに口火を切っていただければと思います。

小熊 ご存知のように、人口の高齢化は、2025年問題と言われているように、いわゆる「団塊の世代」が皆、75歳以上の後期高齢者となる時代になってきます。2025年には75歳以上の人口が3.3人に1人、65歳以上が2.6人に1人という形になり、医療費も高騰し、後期高齢者の医療費は65歳未満の5倍ぐらいになるという予測もあり、大きな課題となっています。

私は塾医学部の百寿総合研究センターの新井康通先生らと、超高齢者(ここでは、85歳以上の高齢者を指す)の研究もしていますが、超高齢者が非常に稀とは言えない時代になり、健康な高齢者も増えてきている一方、そうではない「フレイル」(加齢で筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい状態)の方も非常に増えてきています。

フレイルというのは可逆的、つまりまた元に戻れる状態でもあるので、早めにその兆候に気付いて、その人への介入をしっかり行っていく必要があります。

コロナ禍では、外出を控え、普段行っていた運動も制限され、フレイルが進んだ方が増えていることが、文献的にも多く示されています。私は藤沢市で高齢者の運動や身体活動の測定を定期的に数年来しているのですが、コロナ後しばらくぶりに測定すると、全般的には体力が低下していることを実感しています。

ただ、意識の高い高齢者の方々は知恵を使って、何とか行動制限下でも運動不足・コミュニケーション不足等を解決する策を見出そうとしていて、それができている高齢者は、元気でいます。そこで健康格差が生じていることを地域では実感しています。運動機能の面から言えば、フレイルが進行しているような人をすくい上げていかなければいけないという問題意識があります。

北川 超高齢社会では、健康をしっかりと自分で守っていける人と、そうでない人の差が顕著になる、ということでしょうか。

小熊 はい、論文でもそういう結果が出てきています。

北川 岸本さんは人生100年時代というキーワードで何が今一番、課題になるだろうと思われますか。

岸本 フレイルにも関連しますが、認知症も非常に大きな問題になることは間違いありません。2025年には高齢者の5人に1人、国民の17人に1人が認知症という時代が来ます。レカネマブ(アルツハイマー病の原因物質に直接働きかける新薬。9月に承認)の登場で今後の認知症治療は大きく変わるでしょうが、薬も万能ではありませんし、治療を受けられる人も限られます。治療費が社会を圧迫することも懸念されています。

実は、生活習慣病等の認知症リスクを全て取り除くと、認知症の発症を4割程度抑えられるというデータもあります。医療費の上昇を抑えながら認知症の発症リスクを減らす、すなわち高齢者の生活習慣をいかに健康な方向に持っていけるかは、非常に大きなポイントです。

また、認知症高齢者を多く抱える中で、認知症に優しい社会がつくれるのか、高齢化率でトップを走る日本を世界が注目しています。そのような中、社会を支える労働年齢の人たちの健康も重要です。今までの社会構造は御神輿型(多数で1人の高齢者を支える)だったのが、2020年には騎馬戦型(3人で1人を支える)に、そして2060年には肩車型(1人が1人を支える)になります。

1人の若者が1人の高齢者を支える社会で、若者が身体的にも精神的にも、より元気に活躍できる社会もつくっていかなければなりません。

北川 高齢者を支える世代が、むしろメンタル的にダメージを受ける可能性があるということですか。

岸本 そうですね。今、産業保健分野におけるうつ病などのメンタルヘルスの問題は、他を圧倒しています。例えば労災請求件数では、精神障害は脳・心臓疾患のだいたい3倍ぐらいです。

北川 それは驚きですね。

岸本 そういった意味で、働く世代のウェルビーイングや会社に勤める人たちのエンゲージメントという概念が注目されるようになってきていると思います。

最適化栄養食の開発

北川 安藤さんは、食を支えているお立場から、この超高齢社会をどう見ていらっしゃるでしょうか。

安藤 最近、当社では最適化栄養食の開発を行っていて、塾医学部の伊藤裕先生、金井隆典先生と一緒に共同研究講座も設けさせていただいています。

シニアのフレイルがどういう仕組みで起こるかというと、食が細くなって食事量が減り、栄養摂取量が減ることによって、必要な栄養素が取れなくなり、結果、筋肉量、活動量が減る。そのような状況をどう解決していくのか、われわれは食品メーカーの立場で取り組みを進めています。

これまでも栄養バランスを謳った食品はありましたが、必要とされる栄養素を1つの食事の中に閉じ込めようとすると、ビタミンやミネラルが持つ苦味やえぐ味が原因となって、おいしく感じられないものが多かったのです。昔から完全栄養食という考え方はあるのですが、世界を見回しても、これといったブランドがないのはそれが理由です。

しかし、われわれはインスタントラーメンを65年間開発し続ける中で、カロリーオフの技術や減塩技術、糖質・脂質オフの技術を磨いてきました。それらの技術を応用することで、苦味、えぐ味をマスキングできるようになり、最適化栄養食として主要な栄養素をバランスよく適切に調整し、かつ、普段の食事と変わらないおいしさを実現することができたのです。

最適化栄養食では、小さなポーションの中に、栄養素がバランスよく詰め込まれています。例えば、食が細くなってくるシニア向けにたっぷりのカロリーと、不足しがちな栄養素を詰め込む技術を最近確立しました。

シニアの方はメニューも偏食気味になり、唐揚げとビールだけでいいという方もいらっしゃる(笑)。極端な話、その唐揚げとビールに、必要なカロリーと栄養素を詰め込むことができたら、この方はフレイルにならないのではないか。われわれのフードテックでそういうシニア向けの食事がつくれるのではないかと考えています。

われわれ食品メーカー側は、フレイルを防ぐコンセプトで、皆さんの食行動、メニューの選択にはなんの行動変容もなく、好きなものを食べてくださっていいという形にしたい。偏っているように見えるメニューでも、フードテックによって、必要な栄養素をバランスよく調整していく。健康寿命を延ばすことができれば、それが人生100年時代の介護費や医療費の削減につながるのではと思っています。

北川 高齢者の方々だけではなくて、若い世代へのアプローチも必要になりますね。

安藤 それがまさに伊藤先生と一緒に研究しているところです。若い人でも30代、40代になると、メタボや生活習慣病の予備軍になる健康リスクが急に高まってくる。

そういった方に向けては、シニアの方とは逆のアプローチで、十分なボリュームがありながら、例えばカロリーは50%オフにするなど極力抑え、主要な栄養素をバランスよく詰め込んだ食を様々なメニューで展開する。これが生活習慣病、成人病の予防にもつながるのではないかと思っています。

まさに予防医療、未病対策としての食ということです。伊藤先生のメタボリックドミノの考え方によると、様々な成人病はすべて最初の1枚のドミノから始まり、食事や運動不足から内臓脂肪が増え、インスリン抵抗性が出てくる。その先は高血糖だ、高脂血症だ、高血圧だとなっていく。

最適化栄養食によってドミノの最初の1枚が倒れるのを止めることができれば、成人病のリスクを減らすことができるのではないか。いろいろなカテゴリーの方と協業して、最適化栄養食を普及させることができたら、社会全体で未病対策ができるのではないか、という思いでやっています。

個別化される予防医療

北川 高石さん、新しい予防医療センター構想の中で、人生100年時代に向けてどのような試みをなさっていますか。

高石 これまでの日本における疾病構造は、感染症、栄養障害から生活習慣病、悪性腫瘍でした。診断・治療の進歩で、戦前は男女共に50歳未満だった平均寿命は、現在は男性81歳、女性87歳に延伸しました。人生100年時代に向けてのキーワードは予防医療の多様化です。予防医療は今後より個別化され、未病や健康状態での予防に、そして個人がヘルスケアに主体的に関与していくと予測されています。このため予防医療センターとしては、医療は病院で行うという考えから踏み出し、ウェアラブルデバイスや遠隔診療システムを用いて、検診を日常化し、異常が生じたら直ちに指導や、治療に介入できるシステムの構築を目指します。

また、生活習慣病や悪性腫瘍の診断、治療そして予防医療をさらに精密に行うことに加えて、健康寿命の延伸のために、身体や心/認知のフレイル対策を行うことが肝要です。フレイル防止のためには特に一次予防、つまり“健康な時期に、栄養・運動・休養など生活習慣の改善、生活環境の改善、健康教育等による健康増進を行うこと”が大切です。

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