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【特集:予防医療の未来】
三村將:予防医学とメンタルヘルスの重要性──健全な精神で年齢を重ねるために

2023/11/06

  • 三村 將(みむら まさる)

    慶應義塾大学名誉教授、同大学予防医療センター特任教授

はじめに

“No health without mental health”(メンタルヘルス抜きで健康は語れない)。これはPrinceらによる2007年のLancet論文の提言です*1。日本の5疾患(糖尿病、精神疾患、悪性腫瘍、脳血管障害、虚血性心疾患)においても精神疾患の有病率は糖尿病に次いで第2位であり、DALYと呼ばれる障害調整生存年でみた疾病の負担についても、世界全体で2020年度はうつ病が虚血性心疾患に次いで第2位となっています。まさにメンタルヘルスは人の健康を考えるうえで重要課題です。

1947年に採択されたWHO憲章では「健康」を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること(日本WHO協会訳)」と定義しています。人が健康であるとは、身体の健康とともに、こころも満たされている、認知機能も保たれている、さらに社会的にも適切なつながりを有しているということになります。おりしも10月10日は世界メンタルヘルスデーで、世界中でイベントが開催されましたが、ここでは予防医学におけるメンタルヘルスの重要性について改めて考えてみたいと思います。

予防医学におけるメンタルヘルスとレジリエンス

今回新たに麻布台ヒルズに拡張・移転する慶應義塾の予防医療センターでは「一人ひとりの人生と共に歩む医療を」をスローガンとして、「健康寿命の延伸の一翼を担うこと」、「高度にパーソナライズされた健康管理プログラムを開発・実践すること」、「予防医療の新たな価値を創造すること」を基本理念としています。これらのコンセプトのいずれにおいてもメンタルヘルスは欠かせません。

人は必ずしも身体的にも、精神的にも、社会的にも望ましい状態が続くとは限りません。予防医療センターの中核的ミッションは当然、身体疾患の早期発見・早期治療にありますが、人間ドックで異常が見つかって、不安になる人もおられるでしょう。適切な診断や治療につながらない場合や、治療しても症状が残存する場合も精神的不調につながります。このような中で鍵となるのがレジリエンスです。日本語では「抗病力」とか「ストレス抵抗力」と訳されています。同じような逆境やストレス状態、トラウマ体験を経ても、メンタルヘルス不調に陥る人とそうでない人、ストレス抵抗力の高い人と低い人がいることはたしかです。人生の前向きな生き方(ポジティブ心理学・ポジティブ精神医学*2)を背景に、生まれてきた概念の1つです。たとえて言えば、ゴムまりを指で押したときに生じる凹みがストレス、それを跳ね返すように膨らんでくるのがレジリエンスというイメージです。予防医療センターにおけるメンタルヘルス対応の究極のミッションは1人ひとりの人間ドック受診者に並走し、クライアントとその家族のレジリエンスを高めるということに尽きます。

予防医療センターでは、先行する「ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座」(以下、未来予防医療講座)(岸本泰士郎特任教授)と協働しながら、あらゆる世代の人々が「健康で活き活きと暮らせる街」を目指した予防医療に関する研究を推進していく予定です。特に、我々はウェアラブルデバイス等のヘルスケア機器を用いて、日常生活における活動データ、精神状態(知覚されたストレス尺度、人生満足尺度、眠気等)に関するヘルスデータを収集し解析することで、メンタルヘルスの状態を予測するアプリを開発中です。これらの情報をもとに食事・運動・睡眠等の生活習慣にアドバイスしながら、新たな予防医療・ウェルネスサービスを社会実装していこうとしています。

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