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【特集:予防医療の未来】
三村將:予防医学とメンタルヘルスの重要性──健全な精神で年齢を重ねるために

2023/11/06

あらゆるライフステージにおけるウェルビーイングの創成

予防医療センターでは、幼少期を除く3つの大きな世代(思春期~青年期、壮年期、高齢期)への対応を考えています。思春期~青年期はおおむね15歳~39歳を指し、AYA世代とも呼ばれていますが、本稿では誌面の関係で割愛します。以下、壮年期と高齢期について私のプランを簡単に紹介します。

壮年期(ビジネスパーソン世代)

おおむね40代から60代の就労世代の方たちです。企業においても中核的役割を担っており、予防医療センターにおけるドック健診・身体健康管理の主な対象者です。

一方、仕事や家族の問題などに起因するストレスを契機として、適応反応症(適応障害)、うつ病、双極性障害(躁うつ病)、不安症といった精神的不調をきたすことも多い年代です。多くの企業でストレスチェックが義務付けられていますが、高ストレス者の発見と対応には苦慮しているのが現状です。私はこれまで慶應義塾のストレス研究センターのセンター長を拝命してきました。活動の中核となるKeio Employee Assistance Program(KEAP)では「ウェルネスの中に、はたらくがある」をスローガンとして、公認心理師や各企業の産業医、保健管理担当者と協働しながら多職種による産業精神保健を展開してきました。予防医療センターのクライアントであるビジネスパーソンにおいても、働きがいと経済成長を両立させなければいけません。

うつ病の早期診断・治療技術の精度も年々向上しています。診断については、前述した未来予防医療講座の岸本特任教授を研究代表者とするウェアラブルデバイスやデジタルフェノタイプ、脳MRI所見、脳波、体動などを機械学習するプロジェクトで、非常に高い精度でうつ病の診断が可能となっています(図1)。治療に関しては、現在うつ病で保険承認されている4つの治療技法のどれがその人にもっとも有効かをテーラーメイドに予測するスマートフォンAI支援アプリも国際脳というプロジェクトで開発しています。

図1 ウェアラブルデバイス等を用いて機械学習につなげるうつ病判定ツール

うつ病の診断や治療は近年急速な発展を遂げていますが、一方で当事者の生活の質(QOL)やウェルビーイングなどの主観的満足感の改善という観点では課題が残ります。QOLやウェルビーイングの低下につながる諸要因をモニタリングし、それらを防止するためのソリューションとして、食事や運動、睡眠などの生活行動にフィードバックするサービスが必要です。この取り組みにより、個々人のレジリエンスを高めていくことが可能になると予想しています。また、保健管理センターの佐渡充洋教授、精神神経科の菊地俊暁専任講師の指導の下、広く認知行動療法の普及・啓発に努めていますが、健常者へのマインドフルネス認知療法は人生の満足度や充実感、ポジティブ感情を高めることができ、予防医療センターのクライアントのウェルビーイングの向上にも貢献できると考えています*3(図2)。

図2 健常人のウェルビーイングに対するマインドフルネス認知療法の効果

高齢期(シルバー世代)

おおむね70歳以上を想定しています。この年代では、うつ病・うつ状態も稀ではありませんが、さらに問題となるのは認知症や、その前段階とみなしうる軽度認知障害(MCI)です。MCIとは、日常生活は自立しており、単身で身の回りのことを行うのに支障はありませんが、認知機能検査では記憶障害(健忘)がみられるという段階を指します。

認知症の半数以上を占めるアルツハイマー病は脳内にアミロイドという異常タンパクが蓄積してくることをホールマークとする疾患です。驚くべきことに、今日、65歳以上の「健常者」(記憶障害のない人)の6~7人に1人は脳内にすでにアミロイドが蓄積しており(前臨床期アルツハイマー病と呼ばれています)、その人たちは10~20年後にはアルツハイマー病に至る可能性がきわめて高いと言えます。超高齢社会の進む日本では現在、認知症とMCIを合わせた総数はどんなに少なく見積もっても1000万人以上であり、我々は今後さらに進展していくこの「認知症1000万人時代」に対処していかなければなりません。

日本でも本年、抗アミロイド抗体薬であるレカネマブが承認され、今後もさまざまなアルツハイマー病に対する疾患修飾薬が上市されてくると思います。現在の抗アミロイド抗体薬の対象はMCI~軽度アルツハイマー病ですが、今後はさらに前臨床期アルツハイマー病にまで拡大していく可能性があります。つまり、もの忘れがまだない超早期で将来の認知症リスクを予測し、その段階から治療介入して、認知症への進展を抑えていく時代が近づいています。予防医療センターでは、物忘れ相談外来(仮)を開設し、血液バイオマーカーと脳MRIからアミロイド蓄積の有無を評定し、陽性が疑われる場合、さらに慶應病院でのアミロイド・タウを標識する陽電子断層撮影 (PET)検査等につなげていきたいと考えています(図3)。

図3 慶應予防医療センター人間ドックにおける認知症の早期診断

一方、認知症ないしMCIを未然に防ぐ(予防)ないしリスクを低減するための生活習慣に関する指導は地味ですが、確実なエビデンスがあります。今回我々は新たに予防医療センターにおいて展開する「将来の認知機能予測に基づくテーラーメイド行動変容プログラム開発」のプロジェクトを日本医療研究開発機構(AMED)から採択いただきました。ここではスマートフォンに認知機能シミュレーションアプリを組み込み、数年後の認知予備力の予測に基づき、食生活や運動習慣に関する行動変容のアドヒアランスを高めます。また、睡眠も認知症予防には重要ですが、アップルウォッチ等のウェアラブルデバイスや、筑波大の柳沢正史教授が起業したS’ UIMIN 社のInsomnograf を使用しながら、睡眠深度や睡眠の質、生活リズムの指導につなげていく計画です。

生活習慣のいずれにおいても、「老化」と「フレイル」は鍵となる重要な概念です。スマートフォンで行う簡易な認知機能検査と、脳MRIの機械学習解析からある程度まで脳年齢を予測することができますが、近年では老化それ自体が病気であるという考えも登場しており*4、老化とどう向き合うかというテーマを伊藤裕特任教授とも考えていきたいと思います。フレイルについては、身体的フレイルへの対応をスポーツ医学の佐藤和毅教授と協働していくとともに、認知的フレイルと社会的フレイル(社会的孤立)のリスク低減が重要です。身体的フレイルにはMCIが合併しやすいことはよく知られていますが、生活習慣病、栄養障害、ホルモン異常、うつ病といった共通要因を早期に見出し、適切に予防介入していくことが求められます。認知症の疾患修飾薬が臨床的に用いられるようになっても、これらの予防的要因を多角的・多領域的に組み合わせることで、認知症リスクを低減していける社会を目指していくべきと確信しています。

終わりに

以上、慶應義塾大学の予防医療センターが麻布台ヒルズに移転するにあたって、私自身が思い描く予防医学におけるメンタルヘルスの重要性について述べさせていただきました。改めて“No health without mental health” を旨に、予防医療センターのクライアントとその家族、関連企業の方たち、そして慶應義塾の教職員のレジリエンスの向上に少しでも貢献できることを願っています。

〈引用文献〉

*1  Prince M, et al. No health without mental health. Lancet,370: 859-877, 2007.

*2  ディリップ・ジェステ、バートン・パルマー(編)、 大野裕、三村將(監訳)、日本ポジティブサイコロジー医学会(監修)『ポジティブ精神医学』金剛出版、2018年

*3  Kosugi T, et al. Effectiveness of mindfulness-based cognitive therapy for improving subjective and eudaimonic well-being in healthy individuals: A randomized controlled trial. Front Psychol, 12: 700916, 2021.

*4  デビッド・A・シンクレア、 マシュー・D・ラプラント『LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界』東洋経済新報社、2020年

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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