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【特集:予防医療の未来】
平野文尉:麻布台ヒルズで慶應義塾とともに目指す予防医療の未来

2023/11/06

  • 平野 文尉(ひらの のりやす)

    森ビル株式会社ウェルネス推進部長

はじめに

麻布台ヒルズは圧倒的なスケールとインパクトを持ち、森ビルのこれまでの都市づくりで培ったすべてを注ぎ込んだ「ヒルズの未来形」だ。その麻布台ヒルズを舞台に予防医療の未来を切り拓くことを目指し、2021年3月に森ビルと慶應義塾は基本協定を締結した。以降、ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座での研究活動を推進しながら、予防医療センターの拡張移転に向け準備を進めてきた。本稿では来る11月24日に開業する麻布台ヒルズで、慶應義塾とともに目指す予防医療の未来について話したい。

ⓒ DBOX for Mori Building Co., Ltd. - Azabudai Hills
麻布台ヒルズ全景

麻布台ヒルズ

麻布台ヒルズは東京都港区虎ノ門・麻布台エリアにて多くの地元の方々と共に長い年月をかけて取り組んできた大規模都市再生事業(第一種市街地再開発事業)だ。1989(平成元)年に「街づくり協議会」を設立して以降、35年という長い年月をかけて、立場や事情の異なる約300人の権利者の方々と粘り強い議論を重ねプロジェクトを推進してきた。2019(令和元)年8月5日に着工してから、4年の歳月を経て、いよいよ2023(令和5)年11月24日に開業の日を迎える。

麻布台ヒルズは森ビルがこれまでに開発した「アークヒルズ」に隣接し、「文化都心・六本木ヒルズ」と「グローバルビジネスセンター・虎ノ門ヒルズ」の中間にあり、文化とビジネスの両方の個性を備えたエリアに立地している。約8.1haもの広大な計画区域は約6000㎡の中央広場を含む圧倒的な緑に包まれ、「森JPタワー」は高さ約330m、就業者数約2万人、居住者数約3,500人、年間来街者数約3000万人と、そのスケールは「六本木ヒルズ」に匹敵する。

麻布台ヒルズにはオフィス、住宅、商業施設のみならず、文化施設、教育機関や医療機関など多様な都市機能が徒歩圏内に集積する(図1)。そして、1つ1つの施設が多面的で複合的な機能を有し、これらの施設や機能が絡み合い立体的に繋がることで豊かなヒルズライフを創出していく。まさに森ビルが理想とする「都市の中の都市(コンパクトシティ)」であり、これまでのヒルズで培ったすべての知見を注ぎ込んだ「ヒルズの未来形」だ。

図1 麻布台ヒルズ断面図

開発コンセプト「Modern Urban Village– Green & Wellness」

麻布台ヒルズは開発思想においても世界に類を見ない新しい都市づくりだ。「都市とはどうあるべきか?」「都市の本質とは何か?」。テクノロジーが進歩し、働き方、暮らし方、そして生き方までもが大きく変わろうとしている今、こうした問いからプロジェクトはスタートした。森ビルはこれまでも「人」を中心に都市づくりに向き合ってきたが、人々がより人間らしく生きられる都市のあり方を改めて考え、麻布台ヒルズの開発コンセプトに「Modern Urban Village ─緑に包まれ、人と人をつなぐ『広場』のような街 ─ 」を掲げた。その「Modern Urban Village」を支えるふたつの柱が「Green」と「Wellness」だ。東京の真ん中にいながら豊かな緑に囲まれ、人や自然と繋がりながら心身ともに健康で暮らすことができる街を作り出すということだ。コロナ禍を経て、今、その重要性はますます増しているのではないだろうか。

この街に「Wellness」を実装するというチャレンジは森ビルにとっても新しい挑戦で、私たちだけでは実現が困難だった。では、どのように実現しようか、と考える中で、健康・医療のトップランナーの力が必要だと、慶應義塾に声をかけることになった。「麻布台ヒルズという東京・日本の未来を変える都市づくりのパートナーとして、一緒に『Wellness』な街を作りませんか?」。そう投げかけたのが、慶應義塾とのパートナーシップの始まりだ。

ⓒ DBOX for Mori Building Co., Ltd. - Azabudai Hills
中央広場、奈良美智《東京の森の子》 2023 年

慶應義塾とのパートナーシップ

麻布台ヒルズの構想について、慶應義塾と対話を始めたのは2018年。ちょうど慶應義塾大学医学部が開設100年を迎えた次の年だった。

「麻布台ヒルズというコンパクトシティの特徴を活かして、街全体で未来のウェルネスを実現していきたい。そういった挑戦が東京、さらには日本の未来のために必要だ」という私たちの思いを伝えると、すぐに良い返事が返ってきた。慶應義塾としても、これからの100年の医療はどうあるべきか考えているタイミングだった。

慶應義塾大学の初代医学部長・病院長である北里柴三郎は「医学の使命は病気を未然に防ぐことにある」と予防医学の重要性を説いたことで知られる。その原点に立ち返った時、この超高齢化社会において、予防医療のさらなる発展は欠かせない。「1人ひとりの健康をデザインすること」が医療のこれからのミッションであり、それを慶應義塾がリードしなければならないと考えていたという。そのためには、病院の中にとどまるのではなく、医療の可能性を広げるために街に出ていかなければならない。病院・医学部の枠を超えて、大学全体・社会全体で取り組まなければならない──。そのような熱い慶應義塾の問題意識と、私たちが麻布台ヒルズにかける想いが合致し、進むべき方向が見えてきた。麻布台ヒルズという様々な機能や用途が複合し、年齢も性別も国籍も異なる多様な人が暮らす街では、どんな未来の予防医療やウェルネスを実現していけるのか? お互いにワクワク感を持ちながら議論は進んでいった。

そして、2021年3月に森ビルと慶應義塾は基本協定を締結。慶應義塾大学病院にある予防医療センターを麻布台ヒルズに拡張移転すること、ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座を開設し未来型の予防医療に関する研究を行うことの2つが決定したのだった。

麻布台ヒルズで慶應義塾とともに目指す予防医療の未来

予防医療の未来慶應義塾とのプロジェクトは予防医療センターの拡張移転と共同研究講座の2本柱で動いている。次世代の予防医療サービスを提供する予防医療センターと未来型の予防医療の研究を行う共同研究講座が両輪となり連携することで、研究におけるデータの蓄積・活用とその研究成果の社会実装が繋がることを目指している(図2)。

図2 予防医療センターと共同研究講座の連携

●予防医療センター

予防医療センターは慶應義塾大学病院に2012年に開設されて以降、毎年約6,000人の受診者に人間ドックを提供し、病気の早期発見・早期治療に貢献してきた施設だ。本施設の移転を慶應義塾と議論しているなかで、これからの時代の予防医療のミッションを一緒に考えてきた。病気を見つけて治療するだけでなく、体に起きる変化を察知して不調が病気に進む前にケアをすること、そして日常から心身が健やかな状態でいられるように1人ひとりをサポートすること。それがこれからの予防医療に求められていることであり、麻布台ヒルズという街にあるからこそ新しい展開ができるのではないか、という考えに至った。そういった考えのもと、麻布台ヒルズにできる予防医療センターでは「予防医療メンバーシップ」という新しいサービスを展開する。年に1度の人間ドックで病気の有無をチェックするだけでなく、10年というタームで受診者1人ひとりの健康を考え、日常的な心身の不調に対して介入したり、個人の健康課題や目標に応じてアドバイスを行ったりするもので、日常から受診者との接点を持つ狙いがある。中長期的な視点で受診者1人ひとりに最適な予防医療を提供する「パーソナライズド予防医療」というコンセプトを実践していくための基礎となる仕組みだ。

さらに、レストランやフードマーケット、フィットネスクラブなど麻布台ヒルズにある様々な施設と予防医療センターが連携し、これまでの医療の領域を超えて日常生活から人々の健康にアプローチすることにもチャレンジしていく。これからは長く健康で暮らし続けるために1人ひとりが健康意識を高め、日常から自分の健康をマネジメントしていくことが大切だ。それをサポートする仕掛けや仕組みを予防医療センターと連携して街に実装したいと考えている。例えば、人間ドックで「血糖の数値が良くないので、生活習慣を見直しましょう」と指摘を受けても、数日後・数週間後には忘れていつも通りの日々を過ごし、次の年の人間ドックで同じ指摘を受ける、というのはよくあることだろう。では、どんな食事をしたら良いか、どんな運動をしたら良いか、という疑問に対して、街全体で環境を作り、人々の行動を変えていく仕掛けを街に埋め込んでいくことを目指している。

予防医療と日常生活が切り離されることなくシームレスに繋がっていくこと、それがこれからの予防医療で目指すところで、予防医療センターが麻布台ヒルズという街に出てきた大きな目的だと思っている。年に1度の人間ドックという「点」でアプローチしていたものを、受診者の健康に中長期的に関与する「線」でのアプローチ、さらに従来の医療には不足していた日常的な運動・食事も含めた「面」でのアプローチへ。予防医療の空間的な広がりを街全体で実現していくことが慶應義塾と共に目指している姿だ。

さらに、予防医療センターが位置するフロアの下の階には外来を行うクリニック、歯科医院、薬局も開業する。病気の予防を担う予防医療センターと一次的な医療(プライマリーケア)を担う地域の医療機関が連携し、その地域で働く人・暮らす人の健康を守る。さらに、専門的で高度な医療が必要な時は特定機能病院である慶應義塾大学病院に繋ぐといった医療機関のネットワークができる。医療機能の棲み分けを地域で連携して行うのも新しいモデルになる だろう。

●ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座

森ビルと慶應義塾は共同研究という形でも、心身ともに健康で長く暮らすための未来の予防医療の実現に取り組んでいる。その未来型の予防医療に欠かせないのは何よりもデジタル技術だ。ウェアラブルデバイスなど技術の発展により、人々の生活や健康に関するデータの種類と量は膨大に増えている。そのデータを予防医療にどう活かすかは共同研究で取り組んでいくテーマだ。多様なライフステージの人が暮らし、働く麻布台ヒルズをフィールドにして、日常のデータを集めて分析する。慶應義塾がアカデミアの立場で結果を分析し、そのエビデンスに基づき、人々の生活をより健康になる方向に導くための仕掛けを街に実装していく。それが未来のために共同研究で目指すところだ。これは慶應義塾が、街全体を運営する森ビルと手を組むからこそできるユニークな挑戦だと思っている。

そこで最も重要なのは、この研究に参加しデータを提供してくれる人々だ。病院には病気に関するデータは大量に溜まっているが、病気を未然に防ぐ予防医療の研究に必要な健康な人のデータは集まっていない。それをどのように集めて研究に活用するかが課題だ。自身の健康データを「はい、どうぞ」と提供してくれる人は多くないだろう。そういったなかで、「より気軽に研究に参加でき、自分の健康に返ってくるだけでなく、社会のため、未来のためにもなる」という仕組みを作り、みんなで一緒に健康を作っていこうという気運や考え方を麻布台ヒルズという街から醸成していきたいと思っている。慶應義塾が麻布台ヒルズに参画したのも、医療の在り方を変えるような人々の意識や考え方を新たに生み出していく、そういった挑戦を実現するポテンシャルをこの街に感じたからだと思っている。そして、慶應義塾にはそれを可能にするビジョン、ノウハウ、意欲と能力を兼ね備えた人たちがいて、私たち森ビルはそれを街に、社会に、繋ぐことができる。「社会全体で健康をつくる」。簡単なことではないが、森ビルと慶應義塾、全く異なる分野の2つの組織が手を組んだからこそできることに挑戦していきたい。

最後に

森ビルは創業以来、「都市を創り、都市を育む」の理念のもと、都市づくりを手がけてきた。地域の方々と35年かけて計画した麻布台ヒルズがいよいよ開業を迎えるが、都市は完成した時から始まる。質の高い空間や環境をつくるだけではなく、そこに暮らし、働き、そこを訪れる方々と一緒になって丁寧に育んでいく。その都市がつねに新鮮で魅力に満ちた場所であり続けるよう、様々な知恵、経験、情熱と細部へのこだわりを注ぎ込んでいく。それが森ビルの都市づくりだ。

麻布台ヒルズでの「Wellness」を掲げた都市づくりは、森ビルにとって都市の未来を拓く新しい挑戦だ。そこに慶應義塾という最高のパートナーが最高の形で参画してくれたことをとても嬉しく思う。麻布台ヒルズで末永く力を合わせて「Wellness」な街を育んでいきたい。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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