三田評論ONLINE

【特集:一貫教育確立125年】
濱田庸子:思春期を一貫教育校で過ごすということ──精神分析的視点から

2023/10/05

  • 濱田 庸子(はまだ ようこ)

    慶應義塾大学名誉教授

甲子園での慶應義塾高校の大活躍の興奮がさめやらぬ中で、この原稿を書き始めている。甲子園でのびのびとプレーする部員と彼らを見守る監督のまなざしは、まさに一貫教育校で思春期を過ごす意味を表していると感じた。

2022年2月の最終講義の準備中に、私は中等部に入学して以来慶應義塾で過ごした日々を振り返る機会があり、思春期に感じた疑問から精神科医を志した道筋を、自分なりにたどることができた。そこで、自分史を元に一貫教育校で思春期を過ごすことについて考えてみたい。

精神分析的な思春期の発達過程

思春期は、幼虫がさなぎを経て成虫になるような、大きな変化の過程である。本稿では、子どもから成人になる生物学的な過程である思春期 puberty と心理社会的に一人の独立した社会の一員となるまでの青年期 adolescence を合わせて「思春期」と表す。

精神分析的に思春期に達成すべき課題は大きく2つある。第1に子どもから大人への急激な身体的変化に適応し、性的衝動を自覚して制御できるようになること、そして第2に両親から情緒的に距離を取り、自我同一性を確立し、生まれ育った家族から自立することである。

思春期を3期に分けてその過程をもう少し詳しく見ていく。中学段階に相当する前期は、急激な身体的変化と、欲動の高まりが特徴的な時期である。変わりゆく身体に気持ちが追いつかない違和感や、未分化な性衝動からもたらされるイライラ感が、時として乱暴な行動や自傷、摂食症、強迫症などとして現れることがある。通常は同年齢の同性の友人との親密な交流を通して、あるいはスポーツや文化芸術活動などを通して、これらの違和感やイライラ感は少しずつ解消されていく。同時に家族外の経験が増えた子どもは、両親を相対的に見るようになり、両親との心理的距離を取り始める。

高校段階に相当する中期では、男女ともに大人の体型に近づき、自身の性自認にそって性同一性が形成されてくる。性衝動も単なるイライラ感や乱暴な行動から、より性的な欲動として意識されるようになる。それは同時に、子ども時代に両親から取り入れた価値観(超自我)への挑戦にもなる。この時期には脳の認知思考能力も発達し、難解な本を読み、議論する力が伸びる。親を論破しようとすることも多い。交友関係や課外活動も、引き続き重要である。

そして大学生の年代に相当する後期は、自我同一性(Ego Identity)を確立する時期で、専門的な学びや課外活動、アルバイト、インターンなどを通して、そして同世代の仲間との交流を通して、いろいろな可能性を試し、その中から取捨選択して、心理社会的に責任のある大人としての自分を作り上げ、生まれ育った家から巣立っていく。

思春期モーニングとニュー・オブジェクト

前述のように思春期に親を相対的に見るようになると、子どもは親への幻滅を体験する。それは幼児期から抱いていた理想の両親像を失うという、内的な対象喪失になる。これを小此木は「思春期モーニング」と名付けた*1。軽い不安・抑うつ症状が見られるが、思春期の親離れと自立には必要な過程である。これを和らげるのが、親に代わる新たな存在、少し年上の兄・姉的人物である。これをニュー・オブジェクトという。思春期の子どもは、親から受け継いだ価値観や超自我を壊し、自分の物として新たに作り直す必要があり、その過程を促進させる役割も持つ。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事