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【特集:一貫教育確立125年】
福山欣司:日吉の森を守り育てる、普通部生、塾高生

2023/10/06

  • 福山 欣司(ふくやま きんじ)

    慶應義塾大学経済学部教授

日吉記念館の向こう側に、日吉の森と呼ばれる10ヘクタール近い大きな森が広がっています。昭和の初めまで、この森は農家が手入れする雑木林でした。その後、慶應義塾のキャンパスになった後も大きく破壊されることなく残されてきたのです。

これまでの生物調査で、日吉の森には絶滅危惧種を含む1200種以上の動植物が確認されています。カブトムシやタマムシなどお馴染みの昆虫もよく見かけます。日吉の森は、日本の原風景とも言われる里山の自然が残る貴重な森なのです。

この日吉の森を舞台に、普通部生、塾高生、大学生による自然環境を学び、森を育てる活動が展開されてきました。ここでは、その一部をご紹介したいと思います。

普通部では、3年生になると、土曜3、4限に様々なジャンルの中から自由に選べる選択授業という授業を履修します。日吉の森の授業が選択授業に加わったのは2001年のことでした。それ以降、カリキュラムの変更で休講になった2年間を除き、毎年開講されています。日吉の森に生徒を案内するのは、大学で生物学を教えている4人の教員です。

日吉の森で生徒たちは2つのことを学びます。まずは、自然観察です。咲いている花や飛んでいる虫や鳥を見つけ、ノートに記録していきます。観察は見るだけではありません。木々の芽吹きを手で触れ、新緑の匂いを嗅ぎ、野鳥のさえずりに耳 を傾け、秋にはシイの実を炒って食べてみる。五感を使って森を体感し、座学では理解できない自然の営みを学びます。

この授業のもう1つの目的は、雑木林の管理を体験することです。雑木林は、農家が下草刈りや定期的な伐採を行うことで維持されてきました。適切な手入れがなくなると、雑木林は荒廃し、生息できる生き物の数も減少していきます。残念ながら、地元の農家の手を離れて以降、日吉の森は放置されてきました。普通部生が行う雑木林の手入れは、自分たちのキャンパスの森を守る作業でもあるのです。

森の手入れには、鎌やノコギリを使います。しかし、野外で草を刈ったり、木を切ったりした経験のある生徒はほとんどいませんし、初めて鎌に触るという生徒さえいます。まずは、道具の安全な使い方から学ぶことになります。

最初は道具を使うのに精一杯な生徒たちですが、やがて道具を使いこなせるようになると、自分のしていることが見えてきます。なぜ草を刈るのか、なぜ間伐が必要なのか、作業しながら徐々に理解していきます。

日吉の森の中でも、普通部生が活動している一角は、普通部の森と呼ばれています。実は、生徒たちが世話をしているコナラやクヌギは、過去にこの授業を履修した生徒が植えた木なのです。先輩が植えた苗木を後輩が守り育てることで、普通部の森が造られてきました。今の生徒たちもこの冬に苗木を植えることになっています。彼らは卒業していきますが、植えられた苗木は来年履修する生徒が育てることになります。そうやって、たくさんの生徒たちの手によって普通部の森が、世代を超えて、引き継がれていくのです。

日吉の森で木を育てるのは、普通部生が初めてではありません。今から60年以上前、1952年から57年にかけて、日吉の森では大規模な植林が行われました。その主役となったのが、当時の塾高生でした。彼らは卒業記念品として杉などの苗木を塾高に寄贈したのです。しかし、なぜか植林地はその後放置されてしまいました。やがて杉林は荒廃し、倒木が多発するようになったため、2013年に皆伐されました。

現在、その跡地を雑木林に再生する活動が塾高生によって進められています。毎年、生物を学ぶ1年生5クラスの生徒が、授業の時間を使って、コナラやクヌギの苗木を植えています。毎月1回、草刈りなどで苗木を守るのは、生徒会の生徒たちです。

2回目の塾高の森づくりが始まって今年で10年です。まだ雑木林としての景観には届きませんが、数メートルのクヌギが立ち並ぶ様子はこの地の未来を期待させます。

日吉の森という1つの「教室」で、世代の違う慶應生がいっしょに学ぶことは様々な効果をもたらします。選択授業で日吉の森に関心を持った生徒が、卒業後、塾高の森の活動に参加し、さらに、大学に進学すると、普通部生や塾高生の手助けをすることもあります。森を仲立ちとして、様々な世代の連携が生まれるのです。

今年、8月6日の朝、普通部生、塾高生、大学生が日吉の森に集まりました。草が一番茂る夏休み、苗木の周りの草刈りをするためです。全員が汗だくになりながら、草を刈り、ツタを切り払い、コナラやクヌギの苗木を藪から救出しました。作業が終わり、お礼に配ったスイカを普通部生と大学生が並んで食べる様子を眺めながら、慶應義塾が一貫教育校で良かったと改めて思いました。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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