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【特集:日本の“働き方”再考】
座談会:多様な働き方と雇用形態の変化が向かう未来とは

2023/02/07

多様性の価値

八代 皆様有り難うございました。2つほど質問したいと思います。野間さんに確認ですが、一見、多様性と生産性はトレードオフなのかと思うのですが、そのあたり、御社ではどのようにお考えでしょうか。これはダイバーシティ&インクルージョンの議論そのままだと思うのですが、今ひとつ腹落ちしないところがあるものですから。

野間 多様性にはいろいろな捉え方があるかと思います。これまでは男性の同じ価値観でビジネスを考えることが多かったかと思うのです。それが先ほど坂爪さんがおっしゃっていたような、子どもを産んで復職されて、優秀だけど時短でしか働けないからと仕事の機会に恵まれなかった人たちに、活躍の場ができ始めてきたという点は確かにあるかと思います。

また、当社は2016年のグループ組織再編により、グループカンパニー制を導入しました。これまでグループの政策は主に日本橋の本社で考えられていたものが、再編以降はエリア各社で活躍する、転勤できない社員の英知も戦略に生かされるようになりました。

八代 なるほど。もう1つ、高橋さんから先ほど、コロナ禍のオンラインを「いつでもOK」から、少し戻したというお話がありましたが、オンラインでの働き方に関する評価はいろいろありますよね。

例えば日本ですと、通勤地獄から逃れられ、あるいは仕事に集中できるというメリットがある半面、在宅だとモニタリングができないため、経済学で言う怠業という問題もある。トータルで企業経営として生産性を考えた場合、このオンラインワークについて、どのように評価されますか。

高橋 製薬企業は新薬が出るまで、最初に研究開発を仕込んでから上市まで10年ぐらいかかると一般的に言われています。その10年間のプロセスで、どれだけ多くの部門が協力し合ってイノベーションを生み出せるか。それがパフォーマンスに直結するので、その部分が足りないのではないかと経営側は常に心配していると思うのです。

多様性ということで言えば、国籍など従来と違うバックグラウンドを持った社員を、なるべくイノベーションに関わる仕事に就けようと努力しています。そういう人たちが実際に対話をし、違う視点でディスカッションしていく中でイノベーションが生まれていくわけです。

そういう機会を10年間のプロセスの中でたくさん持たせないと、パフォーマンスに影響が出てしまう。やはりリモートだとそこが生まれにくいのでは、という心配があります。

フレキシビリティは認めつつ、やはり50%以上は出社して対面で意見をぶつけ合い、従来と違う意見も取り入れるような環境を全世界で作っていかないといけない、ということが、今回の方針転換の大きな理由だと考えています。

特に営業職であれば、顧客との継続的な対面での対話からイノベーションの種をつかみ、それをビジネス側にフィードバックして、新薬に向けたヒントにつなげたり、新しい売り方のイノベーションにつなげることが大事です。

ジョブ型雇用は実現するのか

八代 それでは、次に働き方改革の1つの側面である雇用形態の変化について話を進めていきたいと思います。いろいろな課題はあるかと思いますが、特にジョブ型雇用と言われているものの実現可能性を伺いたいと思います。

従来は新規学卒採用をして社内育成していくというメンバーシップ型が、日本の企業の1つの最大公約数的な人事管理でした。それがゲームチェンジャーみたいなものが市場で出てくるような環境の中で新卒採用、企業内育成だけでは国際競争を生き残れないのではないかというお話もありました。

そのような環境変化もあり、このジョブ型雇用の話も出てきているわけです。新卒採用、昇給、昇進、配置転換といったこれまでの日本の企業のやり方は果たしてこのジョブ型雇用と親和的になりうるのか。

そもそもの前提として、ジョブ型雇用というものは人によって随分認識が違うと思います。例えばある総合商社はジョブ型雇用を導入していると言っていますが、実際には職種別採用というべきものです。新規学卒採用の時のいわゆる「配属ガチャ」を解消するために、最初の何年間かは本人が選択した職種を選べますという職種別採用をジョブ型と称している。あるいは、社内公募をジョブ型と称しているところもあるし、職務給をジョブ型と言うところもあるようです。

おそらく純粋なジョブ型というのは、先ほど高橋さんがおっしゃったように職務が喪失、つまりジョブがディストラクトされると同時に雇用がディストラクトされるというものです。これが日本以外の国の共通言語であるジョブ型だと思うのですが、日本は必ずしもそうではないようです。

同時に、従来のメンバーシップ型にも良さがあるのではないかと思いますが、そのあたりからいかがでしょうか。

野間 私どもの会社は、ほぼ典型的なメンバーシップ型で、採用から定年まで、今は再雇用まで含めて会社内でキャリアを描いていただいています。人事理念も、「会社は社員を大切にし、社員は会社を大きく育てる」で、双方向で成長していこうという前提で育成をしています。

当社は食を扱うこと全てに関わるぐらい、様々なビジネスモデルがあるので、転職をしなくても、いろいろなチャンスがあり、職務の境界をまたぎながらキャリアを開発できると考えています。会社が一方的に配置するのではなく、本人の希望により、社内で仕事が変わることで、キャリア形成ができるところもあります。このように、会社の中で柔軟に人を育てられるところが大きなメリットだと感じますし、社員にとっても会社に対する共感は大きいと感じています。

ただ一方で、社内であまり活躍しなくても、ある程度までは昇給できるところもあるので、社員が外部環境に疎くなる傾向もあると思います。また、急激な環境変化によって、不必要になる職種が出てきます。

なくなってしまう仕事がある一方、逆に需要が高まる仕事もあり、今、急な対応を迫られているのがDX人材です。これは市場での給与の体系が高騰し、当社の正社員で雇用しようとすると給与体系に当てはまらなくなって、いきなり管理職クラスになってしまうというアンバランスなことが起きてしまう。

また、ジョブ型的に、仕事を起点にして人を割り当てていくと、やはり現場からは、より専門的な知見を持った人を雇用してほしいと言われることは多いのです。それを一時的な労働力の投入みたいなイメージで捉えられると、果たしてそれでいいのだろうかと人事としては悩むところです。

会社として労働力の充足という観点からは良いのですが、仕事の意図を腹に落として働くことができるのか、またその人にとって当社で働くことがキャリア形成につながるものなのか。単に現場からの要求に応えるだけで良いのかと、人事内でも議論があります。当社は、人を社会からお預かりして育てることも1つのミッションだと思っ ていて、社内でキャリアを形成していくことに対して真剣に取り組まなくてはいけないと考えているからです。

また、メンバーシップ型は一緒にいる時間が長いのですが、その同質性の高さはいいところも、悪いところもあると思います。一体感の醸成は非常にメリットとなります。例えばコロナ禍や災害などで物流が破綻しそうな時、全社一丸となって問題を解決してきました。

逆に、多様性を受け入れる際に慎重になり、時間がかかるというところはあるかと思います。

八代 メンバーシップ型の1つの大きな課題として転勤の問題というのがあると思うのです。女性活躍推進でもこれが一つの制約になっていると言われますが、どのようにお考えですか。

野間 食は地域性が色濃く反映されますから、キャリアを重ねていくためには、いろいろな地域を経験することが総合的にマネジメントをする上でのアドバンテージとなります。だから転勤制度を完全にやめるという選択肢はないです。コア人材に対しては転勤も経験し、その上で自律的なキャリアを作っていただきたいと思っています。

とはいえ、ライフイベントとか家族の様々な事情等で転勤ができない方もいますので、選択ができるコース制にしています。海外でもどこでも行けるというコースと、北海道、東北などエリア単位の範囲内だったら転勤できる方、全く転勤できない方の3コースに分けました。それを本人の意思によって選択をしていただいています。

ただ、転勤できる、できないと、開発的かつ創造型の仕事ができる、できないということとは、また違うので、2023年度からその軸も入れたコース制度の改定を行います。

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