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【特集:日本の“働き方”再考】
座談会:多様な働き方と雇用形態の変化が向かう未来とは

2023/02/07

多様性の要請と人事の課題

八代 大変興味深いお話でした。それでは、森安さん。多様性が生産性に結びつくという話が野間さんからありました。経済学の知見や、社会政策や産業労働政策に携わるお仕事柄、こうした点について、今どのように捉えていらっしゃいますか。

森安 野間さんの会社のルーツが伊勢商人とのことですが、私は近江商人で知られる滋賀県出身です(笑)。近江商人の「三方よし」にあやかると、働き方改革も、企業よし・社員よし・社会よしの3つの視点で見ることができるのではないかと思います。

一昔前と比べて、経営者が経営戦略の一環として人事課題を語ったり、最近の人権・人的資本開示に顕著なように、社会や金融市場から人事課題対応を要請される例が多くなってきたと感じます。経営者が、今まで以上に人事課題を経営上の重要テーマとして据え、取り組む時代になってきているのではないでしょうか。いわば「社員よし」の観点のみならず、「企業よし」「社会よし(市場・マーケットよし)」の観点からも行う、働き方改革になりつつあるのだと思います。

今までは作れば売れるという時代だったのが、今は需要を喚起していかないといけない。そしてデジタル化やグローバル化と相俟って、一夜にしてゲームチェンジが起こる経営環境になった。さらに業界も超えて競合が参入してくる。金融業界もご多分に漏れず、ITや別の業界から参入してくるような環境に置かれています。

そうなると、新卒で採用し、十何年かけて育て自社流のやり方を生産性に結びつけるような仕組みは、もう合理的ではなくなります。むしろゲームチェンジに合わせて外の知をいかに取り入れるかが重要になってくる。社員が学び続けることや、多様な形で多様な知を取り入れること、兼業副業やフリーランサーなども取り入れイノベーティブなことを起こしていくことなどに舵を切る必要がある。そうしたことからも人事の課題が経営の中で議論されるようになってきたのだと思います。

加えて社会やマーケットからの要請です。人的資本開示に関する取り組みが顕著な例です。今まであまり人事には登場してこなかった財務部長が人事領域の課題について話してくるようなことが起きています。

さらに、政府の成長戦略でも新しい働き方の定着が推進されていますが、その流れは地方の中小企業にも波及している様子が窺えます。中途採用をやってみようとか、兼業副業をする人材を取り入れようと、地域の経営者が人事制度や働き方を見直す動きが出ています。今までは離職防止や人手不足にかられて働き方改革に取り組んでいたのが、経営戦略上の観点から取り組む事例が多くみられるようになってきました。

こうした働き方改革の裾野、特に経営者が人事課題を扱うということが、大企業から中小企業、または都市から地方へと波及しているものと思っています。

働き方改革の意味

八代 坂爪さんは、経済学よりもう少しミクロな、企業の中の従業員と組織との関係や、上司と部下との関係を研究する組織行動論をご専門にされています。そういう観点から働き方改革の動きをどのように見てこられましたか。

坂爪 日本の働き方改革の議論は2014年頃に始まったと記憶しています。当時問題視されたのは、長時間労働の蔓延、多様な労働力の活躍のしにくさといった状況です。

例えば、出産した女性が、就業継続したいと思っても、職場は長時間労働が蔓延していて、その働き方には合わせられない。かといって短時間勤務にすると、空気のように扱われるという話がよくありました。健康を害するような長時間労働は論外ですが、特定の働き方ができる人しか活躍できない職場を変えていこう、そのために労働時間を見直していこうという状況が、働き方改革につながっています。

働き方改革が狙ったのは、いつでもどれだけでも残業できる従業員が「理想」ではなく、たとえ労働時間は短くても、期待される成果をあげれば、その会社で重要な人材であるという、求められる人材像の変革です。

実は育児以外にも両立を模索する人が結構います。介護もそうですし、職場の平均年齢があがる中、自分の病気との両立、あるいは大学院に行って勉強する人などですが、そうした、仕事に100%を割けない人たちも、十分に活躍できる場を作ることが大事です。

コロナの感染拡大に伴うリモートワークの普及もあり、「当たり前」と捉えていた働き方に、実は他の選択肢があることがわかってきました。従業員が力を発揮するため働き方を考えるきっかけになった、働き方改革には、大きな意味があったと思っています。

ただ、働き方改革をふまえたマネジメント側は変革の真っ只中にあり、現状だけをみれば、混乱しているとも思います。管理職は一人一人状況が異なる部下を上手くマネジメントしつつ、どうしたら皆が職場の目標に向かってまとまっていけるのか、残業が制限される中で部下育成をどうするのか、と今までの経験の中に正解がない状況で、試行錯誤しているのがこの2~3年なのだと思っています。管理職の皆さんにとっては、試練の時が続いているのではないでしょうか。

また、働き方改革の中で「キャリア自律」という言葉がようやく実感を伴うようになりつつありますので、働く側の自律を考える機運ができてきたことも大きいと思います。

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