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【特集:日本の“働き方”再考】
座談会:多様な働き方と雇用形態の変化が向かう未来とは

2023/02/07

  • 坂爪 洋美(さかづめ ひろみ)

    法政大学キャリアデザイン学部教授
    塾員(1989文、96社修、2001経管博)。博士(経営学)。和光大学現代人間学部教授を経て2015年より現職。専門は産業・組織心理学、人材マネジメント論。日本キャリアデザイン学会副会長。

  • 野間 幹子(のま みきこ)

    国分グループ本社執行役員社長室長兼経営統括本部部長仕事における幸福度担当
    塾員(1995文)。大学卒業後、国分グループ本社株式会社入社。人事総務部人事企画課長等を経て、2022年より現職

  • 高橋 菜穂子(たかはし なおこ)

    ノバルティスファーマ・ポルトガル人事統括ディレクター
    塾員(2003経管修)。政府系機関、コンサルティング業界を経て、2009年ノバリティスファーマ入社。人材組織部長、企業内大学“Novartis Learning Institute” 責任者等を経て2020年より現職。

  • 森安 亮介(もりやす りょうすけ)

    みずほリサーチ&テクノロジーズ主任コンサルタント
    塾員(2008商、15商修、22商博)。博士(商学)。総合人材会社を経て、2015年みずほ情報総研(当時)入社。慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター/産業研究所共同研究員。専門は労働経済学。

  • 八代 充史(司会)(やしろ あつし)

    慶應義塾大学商学部教授
    塾員(1982経、84商修、87商博)。博士(商学)。日本労働研究機構勤務を経て、1996年慶應義塾大学商学部助教授、2003年より現職。専門は人的資源管理論、労働経済学。異文化経営学会理事。

伝統企業の「働き方改革」

八代 今日は「日本の“働き方”再考」ということで皆様と議論していきたいと思います。

2010年代の半ば頃から、「働き方改革」が言われるようになり、同時に安倍政権の目玉政策として、いわゆる一億総活躍社会という中で、女性の活躍推進などが議論されてきました。少子高齢化による生産年齢人口の減少に伴って、多様な働き方を選択できる社会の実現を目指すことを目的に様々な政策が打ち出され、それを受けて実務に携わる方も、研究者もそれをどのように受け止めるかが重要な課題だったと思います。

残業規制や高度プロフェッショナル、勤務間インターバル制、正規非正規の待遇差別の禁止と、様々な政策が打ち出され、さらにその後コロナ禍になって在宅でのリモートワークという働き方が出てきました。

実務家の方は、そういった一連の働き方改革というものを、ただ国に言われたからやります、と受動的に考えるのではなく、会社の経営に結びつけ、プラスにしていこうと常にお考えになってきたと思います。

まず、野間さん、働き方改革というものを人事の実務家としてどのように受け止めてこられましたでしょうか。

野間 私は現在、経営統括本部という部署で、ウェルビーイングの推進をしていますが、2021年の12月まで人事部門に在籍しておりました。働き方改革が言われた当時は、まさに制度を作り、社員に浸透させる業務に携わっていました。

当社は食品や酒類の卸売業を行う、いわば食のインフラ産業です。創業が1712年で、2022年で310年になります。三重松阪の伊勢商人が江戸に出て、醬油の醸造業を始め、幕藩体制の崩壊とともに卸売業に転換した歴史を持ちます。決して日本の代表的な会社というわけではありませんが、「ザ・日本の雇用」を象徴するような会社だったと言えるのではないでしょうか。

私が入社した頃は多くの日本企業がそうだったように、男性社会で家族的な関係性が強く、長時間労働が当たり前の会社でした。そのような状況から、働き方改革と向き合い、この長時間労働を前提とした働き方を変えていくことは本当に苦労しました。しかし、何とかそこから脱却できたことはとても大きかったと思っています。

社員に「生産性を意識する」ことを実行してもらうことが大変でした。「そうは言っても、どうすればできるんだ」と現場から突き上げられる。システム部門や若い人の知恵を借りながら、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション:ロボットを使って行う作業)やAIを導入して、試行錯誤を繰り返し、場合によっては、一部の業務を整理しながら効率化をはかっていきました。

また、これまでの人事制度を見直す契機にもなりました。結局、長時間労働を前提とした働き方は、男性優位の働き方で、年功制が残っていた。それにきちんと向き合い、女性の転勤問題についても着手するなど、多様性を少しずつ受け入れ、生産性が向上する仕組みとなるような、抜本的な人事制度の改革も行いました。

これらにより、健康や余暇にも、ポジティブに向き合えるようになったと思います。それまでは、長時間労働が健康障害につながるという意識が乏しく、メンタル不調は心が弱いのだ、という誤った認識が暗黙のうちにあったような気がします。

この働き方改革では、長時間労働の是正という観点から、健康面についての改善を国が発信してくれましたので、法規制の中で健康改善の取り組みを行い、社員の意識改革を大きく進めることができました。

これまでの個人の生活を犠牲にして、のし上がっていくような働き方から、多様性を受け入れ、男女の差やライフイベントなどで、時間に制約があり、猛烈には働けない人にも配慮する風土が醸成されてきました。決して完全にできているわけではありませんが、それが、私たちが向き合ってきた働き方改革の良かった点だと考えています。

ジョブ型の働き方とは

八代 よくわかりました。さて、高橋さんは外資系のノバルティスファーマにお勤めで、現在はポルトガルにいらっしゃいます。欧州での働き方はどのような感じでしょうか。

高橋 今、私はスイスの製薬会社、ノバルティスファーマで、ポルトガルの拠点で人事の責任者をしています。ノバルティスが世界展開する中で、どのように各国の文化や実情に働き方を合わせていくかは、人事としてとても大事なテーマです。

製薬企業は新薬のパイプラインがどれだけ出るかが事業の根幹です。つまり、どれだけイノベーションを起こせるかということになり、どういう働き方をすれば、いつもイノベーションを起こし続けられるかが最重要課題となります。

私どもの会社は完全にジョブ型の人事制度を取っています。つまり、そのジョブがなくなれば職務がなくなるわけで、職務を失えばすぐに雇用の喪失になります。

欧米では、製薬業界に限らず多くの業界で今、人員削減が進んでいるので、少ない人数でより生産性の高い仕事をしなくてはいけません。また、コロナ禍でほとんどがリモートワークになりましたので、そういう環境下で、生産性を高くして働くことが働き方改革のポイントになっています。

ノバルティスでは24時間フル・フレキシビリティを認める政策を3年前に出しました。どこからでも、どういう時間でも、自分が望む働き方で働いていい、としたのです。しかし、あまりに急に方向転換をしたため、今、揺り戻しが起きています。

そこで、2023年から新しい社内ポリシーが全世界に発信されました。それは営業社員であれば、ほとんどの時間を営業現場で過ごし、顧客ともできるだけ対面で会いましょう。本社スタッフは、週3回以上、月に12日以上はオフィスで対面で仕事をしましょう、というものです。

これを社員がどう捉えるかがこれから大きなポイントになります。フル・フレキシビリティを認めていたのに、何でまたそんな規制をされなくてはいけないんだ、という反発がありますし、特に優秀人材をリテンション(確保)していく上で、フル・フレキシビリティを認めている他社に流れていってしまわないかが心配です。

海外では中途採用マーケットでの人員獲得が非常に激しいのです。それもエージェントを介してではなくLinked In 等のSNSに登録すると、ダイレクトに他社が声をかけてきて、そこで転職することが非常に多い。その環境下で、自らが転職力をつけるために、働きながら大学院で修士号やPh.D.を取る動きが非常に盛んです。企業側も働きながら学位を取ることは非常にプラスに捉えています。

そういう環境ですと、働く時間のフレキシビリティは認め、プロセスは問わずに、インパクト(最終成果)をどれだけ生み出せたかということで仕事を評価する方向にもっていかないと、優秀人材の獲得もできないのです。

また女性社員の割合が5割を超える国・部署も多々あり、家族で出産・育児・介護や家事労働を助け合いながら、フレキシブルにライフワーク・インテグレーションの実現を目指す社員に対し、フレキシビリティを与えていくことは不可欠な環境にあります。

一方、自分のキャリアをどう考えるかという意識が、日本の社員は欧米に比べるとそれほど高くないと感じています。日本でも規制が緩み、副業がOKとなってきましたので、自分のキャリアを自律的に考え、新たな学びや副業に前向きになってほしいと考えていますが、まだ効果が出るまでには時間がかかるようです。

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