【特集:日本の“働き方”再考】
中村天江:人々を幸せにする「雇用流動化」とは?
2023/02/07
解雇をめぐる対立、第三の選択肢
企業の競争力や経済成長のために、「雇用を流動化すべき」といわれる。雇用の流動化はいまや日本的雇用の機能不全を象徴するキーワードともいえるだろう。しかし、雇用流動化の議論において、当事者であるはずの働く個人の視点が欠落していると思うことがある。
ここでおたずねしたい。読者の皆さんにとって「雇用の流動化」とは、どのような状態を指すのだろうか。
①企業が従業員を解雇しやすくなる
②有期雇用で働く人が増える
③転職/経験者採用が増える
企業経営者などが雇用流動化を話題にする時は①が多い。また、労働組合が危惧する雇用流動化は、①や②である。とりわけ①は、正社員の終身雇用という日本的雇用の中枢を変容させるものとして、経営側は必要性を訴え、労働側は反対する、という対立論点になっている。労使が対立するのは、経営の柔軟性を高める雇用の流動化が、労働者の生活の安定を脅かすというトレードオフを引き起こすからだ。
では、働く人々にとって雇用は長期的であるほどよいのだろうか。否。長期的雇用だけを絶対視することは、むしろ個人を不幸な状況を追い込む可能性があること、だからこそ、③転職、とくに前職以上の給与での転職の拡大が大切なことを、本稿では国際調査の結果をもとにお伝えしたい。
不満だらけでも辞められない不幸
個人のキャリア形成において長期雇用が唯一の正解ではない、ことを最初に紹介しよう。図表1は、筆者が前職(リクルートワークス研究所)時代に、雇用慣行の異なる5つの国、日本・アメリカ・フランス・デンマーク・中国の都市部で、民間企業で働く大卒30代、40代を対象に行った調査の結果である。
出所:リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」(2020年)
集計対象:週労働20時間以上
一見して、他国に比べて日本の波形は小さく、日本人は企業との関係性に満足していな人が多いとわかる。経営理念に共感できず、仕事や給与、人間関係に不満があるのに、同じ職場で働き続けるのは、個人にとって幸せとはいいがたい。企業にとっても、不満だらけの従業員よりも、満足度が高く働いてくれる従業員が多いほうが望ましいはずだ。
しかもこのデータは、さらに衝撃的な状況を示している。日本人は仕事内容や給与、人間関係の不満をもつ割合は他国よりも高いにもかかわらず、「今の会社を辞めたい」の割合だけは、他国とほぼ同じなのである。通常、企業との関係にこれだけ不満があるのであれば、「今の会社を辞めたい」の割合は突出して高くなるはずである。しかし、日本はそうなっていない。不満だらけでも辞めないのである。
これでは、個人と企業の関係は、“Win-Win” どころか、“Lose-Lose” になってしまう。不満だらけでも辞めたいとは思えない、辞められない何かが日本にはあるのだ。
転職で収入が増える海外、減る日本
日本人は会社や仕事に不満だらけでも辞めない──。その大きな理由は、今よりも良い仕事に移ることができないという選択肢の少なさである。
図表2は、5カ国の転職による変化をまとめたものだ。日本と海外諸国の違いが大きい項目が3つある。
出所:リクルートワークス研究所「5カ国リレーション調査」(2020年)
集計対象:週労働20時間以上の転職者
ひとつは、転職によって「年収が5%以上増えた」の割合である。アメリカ・フランス・デンマーク・中国では、「年収が5%以上増えた」の割合が70%を超えているが、日本は45%に留まる。データ掲載は省略しているが、「年収が5%以上減少した」の割合も、日本は18%で、他国に比べて10%以上高い。
また、転職によって「役職が上がった」の割合も、他国では40%以上なのに対し、日本は10%に留まる。一方、転職によって「会社規模が小さくなった」の割合は、日本は18%と他国に比べて10%近く高い。
まとめると、日本では他国に比べて、転職によって、収入が増えにくく(減りやすく)、役職が上がらず、企業規模は小さくなるという傾向がある。つまり、海外では転職によりキャリアアップや待遇向上が叶うのに、日本ではそのような「上方移動」が難しい。それどころか、待遇が低下する「下方移動」を余儀なくされることも珍しくないのである。
転職は、それまでの企業で培った企業特殊的技能や人的ネットワークをリセットし、新たに構築する行為である。たとえ転職先の待遇が前職と同じでも、企業特殊的技能や人的ネットワークの再構築には負担や手間が発生する。待遇が下がれば転職の負担は一層重くなる。転職の負担が重ければ、それを敬遠して、転職をあきらめる人もでてくる。実際、転職検討者の約3割が、「賃金や処遇の条件に対して希望に合うものが少ない」を理由にして転職をやめている*1。
逆にいえば、収入や役職が上昇する転職機会が増えれば、転職はおのずと増えていくのである。
2023年2月号
【特集:日本の“働き方”再考】
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