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【特集:日本の“働き方”再考】
太田肇:リモートワークは日本人の働き方をどう変えるか──ジョブ型と、もう1つの選択肢

2023/02/07

  • 太田 肇(おおた はじめ)

    同志社大学政策学部教授

日本的雇用システムの限界が露わに

「部下が周りにいないと仕事が進まない」「上司から以前より頻繁に報告を求められるようになった」「勤務時間中、パソコンの画面と音声を常時オンにしておかなければならない」。コロナ禍でリモートワークが広がると、上司・部下の双方から聞こえてきた声だ。米国などとは対照的に、日本ではリモートワークで生産性が落ちたという調査結果もある。そして新型コロナウイルスの感染が一段落するやいなや、多くの会社ではリモートから出社勤務へ戻した。

一人ひとりの仕事の分担が不明確で、課や係といった集団単位の仕事が多い日本企業の働き方は、リモートワークと相性がよくないのである。

新たな制度導入の障害にも

政府はリモートワークの追い風を受けて、新しい働き方や制度の導入をつぎつぎと提唱しているが、そこにも集団的執務体制の厚い壁が立ちはだかる。

たとえばワーケーションや選択的週休3日、短時間就労といった個人が働く場所や時間を選べる制度は、メンバーがそろわないと業務に支障が生じやすい。また政府は社員の副業について「望ましくない」という姿勢から2018年に一転して原則容認へと転換したが、依然として副業を認めようとしない企業が多い。労働法など制度的な問題や仕事上の支障に加えて、社員の忠誠心や一体感が薄れることを懸念する経営者が多いためだと言われる。

要するに、「みんなで一緒に仕事をする」日本型雇用システムは工業社会、とりわけ集団的作業が主流の時代には強みを発揮したが、デジタル社会、そしてリモートワークの時代を迎えたいまは、逆にそれが改革の足かせとなっているのだ。

「ジョブ型」導入への厚い壁

そこで注目されたのが、いわゆる「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」への移行である(なお両者の命名は濱口桂一郎による)。

欧米の職務給や職務主義を念頭に置いたジョブ型雇用では、仕事上の役割、責任、報酬などが一人ひとり明確に定められ、職務記述書に記載される。社員は基本的に自分の職務さえこなせばよいので、リモートワークでも大きな支障はない。コロナ禍以前から欧米でリモートワークが普及していたのも、ジョブ型の恩恵によるところが大きい。

しかし、それをわが国で導入しようとすると、社会全体にまで根を張った、日本型雇用システムの根幹とも言える部分にぶつかる。

特定の職務で雇用契約するジョブ型では、社内で当該職務が不用になれば社外に職を見つけなければならない。しかし外部の労働市場が欧米ほど発達していない日本では、転職が必ずしも容易でないし、雇用主による一方的な解雇は判例等で厳しく制限されている。またジョブ型では職務に必要な能力を備えた人材を採用するのが原則だが、新卒採用中心の日本では、就職までまともな職業訓練を受けていないので能力的に未熟なのが現実である。

したがってジョブ型を導入するには、新卒一括採用による終身雇用制の枠組みそのものを見直すことが必要になる。

日本型雇用のもう1つの柱である年功制も、ジョブ型とは相容れない。年功制のもとでは定期昇給が行われ、職位も上がっていくが、ジョブ型では本来、能力が上位のグレードに達しなければ何年たとうと昇給も昇進もできない。そのいっぽうで職種間、ならびに職種内での格差は拡大することが予想される。

こうした終身雇用や年功制の根本的な見直し、それに社員間の格差拡大を日本企業の主流である企業内労働組合が、さらに日本社会がはたして受け入れるだろうか。

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