【特集:日本の“働き方”再考】
太田肇:リモートワークは日本人の働き方をどう変えるか──ジョブ型と、もう1つの選択肢
2023/02/07
「ジョブ型」は先祖返り?
そして背後には、より本質的な問題が横たわっている。そもそもジョブ型が、これからの時代にマッチするかどうかである。
ジョブ型のモデルである職務主義は、産業革命後の少品種大量生産の時代に登場したものである。会社全体の業務を事業部、部、課、そして個人へとブレークダウンし、一人ひとりの職務が決まる。会社を機械にたとえるなら、社員は部品にたとえられる。そのような機械的システムは、経営環境が安定していて変化の少ない工業社会の時代には合理的だった。
ところが現在は、当時と比較にならないほど技術や市場など経営環境の変化が激しくなっている。また生産現場から店舗、オフィスまで定型的な業務がIT化、自動化されたため、社員には創造性や革新性といった、機械的分業になじまない資質や能力が求められるようになった。したがって個々人の業務を明記して契約する職務主義は柔軟性、適応力の面で大きな弱点を抱えている。
このように、見方によればジョブ型は、メンバーシップ型よりもいっそう古い、工業社会仕様のモデルだといえよう。
では、メンバーシップ型に代わる働き方はジョブ型以外に選択肢がないのだろうか?
新たな潮流としての「自営型」
かつて中国や台湾を訪ねると、工場でもビジネス街でも雇用労働者か自営業者かわからないような働き方をする人をしばしば見かけた。社員で、しかも非管理職でありながら、まとまった業務を一人で受け持ち、まるで自営業のように自らの裁量で仕事をしているのだ。欧米企業でも一人の社員が、製品の開発からマーケティングまでのプロセスをすべて担当するような働き方が見られた。
日本でも近年は、周辺業務をITの活用で効率化したり、インターネットで外部に発注したりできるようになり、業務によっては個人でまとまった仕事をこなせるようになった。一人あたりの仕事の守備範囲が広がったのである。
それにともなって在宅勤務などで場所や時間に拘束されずに働けるようになったし、社内外を問わず異なる専門分野の人たちがプロジェクトごとにチームを組む働き方も定着してきている。
製造現場でもセンサーを使って非熟練工でも単独で製品を丸ごと組み立てられる、進化した「一人屋台」方式を取り入れている企業や、一人の技術者が材料の調達から加工、納期管理まで一貫して行う1個流し生産を導入している企業がある。
このように組織に属しながらも半ば自営業のようにまとまった仕事を丸ごと受け持つ働き方を「自営型」と呼ぶことができる(太田肇『「超」働き方改革』ちくま新書、2020年)。
注目されるのは、リモートワークの普及によって、雇用と自営の境界がますますあいまいで、地続きになってきていることである。
情報系の企業や製品開発、営業などの職種では、コロナ禍でリモートワークを取り入れる際、労働時間管理や給与制度をはじめとする労働法上の制約を回避するため、本人承諾のもとで雇用から業務委託契約に切り替えるケースが目立った。また大企業が専門性の高い業務を外部のフリーランスに委託するケースも、もはや珍しくなくなった。さらに海外では、特定の業務を担当する社員が独立し、元の会社と対等な関係で取引するスタイルを戦略的に採用する企業も増えている。
「自営型」がとくに適合しやすいのが中小企業である。人員が少ない中小企業では、社員一人ひとりが単独の職務を担当すればよいというわけにはいかない。一人の社員が総務・経理・人事、庶務と営業・マーケティング、開発と製造というように複数の業務を担当するケースが多い。製造現場でもいわゆる多能工が普通だ。したがって「ジョブ型」より「自営型」のほうがなじみやすい。
日本社会との親和性
そもそも日本社会には農業や漁業、職人など自営業の文化が根付いており、高度成長期までは自営業者の人口が雇用労働者の人口を上回っていた。また江戸時代の商家には、長年勤めた奉公人を独立させる「のれん分け」という制度があり、いまでも外食店や小売店のなかにはこの制度を取り入れているところがある。したがって「自営型」は「ジョブ型」よりも日本企業、日本社会との親和性が高いといえよう。
そして雇用されて働く場合でも、自営型は「メンバーシップ型」と共通性があるため、「自営型」への移行は比較的スムーズに進むと考えられる。
たとえば欧米の職務主義では「仕事に人がつく」というイメージだが、日本企業では逆に「人に仕事がつく」という性格が強い。つまり仕事が属人的で、個々人の能力や適性などに応じて仕事の難易度、範囲などが決まる。
キャリア形成の面でも日本企業では「ゼネラリスト」の育成に主眼が置かれてきたが、それも「ジョブ型」より「自営型」に近い。
コロナ禍で半ば緊急避難的に採用されたリモートワークは「働き方改革」を進める好機である。安易な欧米追随ではなく、その一歩先を見すえるべきではなかろうか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2023年2月号
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