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【特集:大学院教育を考える】
座談会:今こそ必要となる大学院で学ぶ「専門性」

2022/10/05

専門性と総合知

松浦 先ほど専門性の話をしましたが、最近は大学院で、総合知とか文理融合ということが言われています。

専門性と文理融合や総合知というものを、どのように考えていけばいいのか。専門性と総合知、あるいは日本の伝統的な文系、理系という枠組みを、これからの社会や産業や労働の流れの中で、大学院としてどう考え、取り組んでいったらいいのか。最後にご意見をいただければと思います。「大学院だからこそ、ちゃんと専門を究めるべきだ」という意見は、特に三田の大学院では強いのですが。

稲蔭 専門家同士がチームを組んで大きなことを成し遂げるというのは当然必要ですし、企業はまさしく、そういった活動によってビジネスをされていると思います。チームを組むためには、お互いを理解できることが大切です。コミュニケーションし、信頼し、そして自分がそれに貢献する力が必要で、そういう観点に立った時の総合知というのは、大学院版リベラルアーツである気もします。

その根本にあるのは、たぶん好奇心だと思います。自分の専門領域の外にあるいろいろなものに興味を持ち、理解を深めようと自分で調べたり、お互いコミュニケーションをとることが大事だと思います。海外の経営者たちの多くが大学院を出ていて、日本の経営者に大学院卒があまりいないということは、懇親会などの席でそれがすごく顕著にでると思います。

食事をしている間にトピックがポンポンと移り変わっていく中で、その輪の中に入り、会話の中から信頼関係を築いてチームができるような教養力、総合知というのは、絶対にグローバルなコミュニティーの中では必要です。そこがないといくら専門性が高くても、信頼するコミュニティーメンバーにはなかなか入れてもらえないのではないかと思います。グローバルな世界の中で今、専門性の高い修士課程、博士課程の学生たちに必要な要素として、教養力があると私は思っています。

神成 博士課程リーディング大学院で文理融合を掲げてもう10年以上やっています。プログラムとして文理にまたがるダブルメジャー修士学位を取らせようという力任せなこともやっていますが、この間、われわれがずっと使っている言葉として「俯瞰力」というものがあります。

専門性を使って社会問題を解決していこうと思うと、当然、解決のためにどういう他のステークホルダーを巻き込んでいくかといった全体像を捉えないと、自分の専門性だけでは絶対、解には届かない。自分が関わっている専門性の周りに、社会的にどういうものがつながっているかというのを俯瞰的に見られるような力。そして、全部を自分で解決するわけにはいかないのだから「どういう人を巻き込んでいこうか」という戦略を立てられるような力。そういった俯瞰力と企画力が求められている文理融合なのだろうということで、産業界からのメンターの方にも指導していただき、やってきました。

ですので、我々のプログラムで言うところの総合知、文理融合というのは、社会人の方々も含めて産業界や国際的なものの見方、違う分野の人の問題意識の捉え方を一緒に議論をしていく場です。われわれは「水飲み場」と呼んでいますが、オアシスにいろいろな動物が水を飲みに来て交配が進化に結びついたように、様々な専門性や価値観の下で議論をします。その成果は産業界で活躍している修了生を見ても満足のいく結果が得られています。それが最近の大学院改革の中の分野融合プロジェクトや、社会実装のための産業界との連携という流れと重なっているのだと思っています。

「文理」の垣根を超えて

吉田 日本では「文理の違い」がかなり強調されますが、これはもう大学、大学院の問題というより、むしろ私は高校の問題だと思っています。高校で「文系か理系か決めなさい」という分け方をされる。特に私立大学に絞ろうとすると、私立文系は数学は数Ⅰぐらいしか今はやらないです。

高校としての進学実績は上がるかもしれません。しかし、人間が何を学べばいいのかと考えた時に、もう高校1年の段階で「これしかやりませんでした」という状況の中で、大学に入って、それ以外のことに興味を持って自分で学ぶようなチャンスが果たしてできるか。大学院に行って、そこに興味関心が芽生えるかというと、かなり難しいのではないかと思います。

日本の大学は専門、一般教養という形のアメリカモデルになった時に、理念的には「大学に入った段階で、文系から理系まで広く学びましょう」と、幅を広げる目的があったわけですが、日本はずっと幅を広げることに積極的ではなかった。むしろ、早く専門をやったほうがいいとなってしまって、もう今は高校の段階でそうなってしまっている。すると先ほど稲蔭さんがおっしゃったような、食事の場でお酒を傾けながらの教養的な話なんて、できっこないという状況だと思います。

ですので、日本の教育制度として「高校の段階で最低ここまではきちんと学ぶ」みたいなものを作ったらいいのではないのか。そうしないと足場が非常に弱いので、やはりきちんとした家にはならないのではないか。高校が進学実績を上げるために、早期から文理を分けてしまうという、この問題は何とかならないでしょうか。

神成 本当にそう思います。

松浦 高校がいけないと言うと、今度は高校から「大学入試がいけない」と言われてしまうので、それこそ高大接続のところですね。大学院の前に学部があって、学部の前に入試があって、高校があって、それを全体的に考えていかないと、上手くいかない。

吉田 高校卒業レベルのテストの話も何回も出ましたが、全部つぶれました。

松浦 そうですね。リベラルアーツということで言えば、やはり日本が圧倒的に上手くいかないのは、学部を決めてから大学に入ってしまうからでしょう。専門を決めて入ってしまうから、ジェネラル・エデュケーションや教養教育は「高校の繰り返しだ」みたいな話になってしまいます。だけど、根本的に知の今後のあり方を考えた時に、大学制度の枠組みのところまで踏み込まないと、なかなか企業側にもアピールできないところもあります。

有沢 アメリカではエンジニアリングやメディカルという言い方はあっても、文系、理系という言葉は聞いたことがありません。なぜ日本でそうなのかと言えば、私の個人的意見では1つには日本の企業組織の縦割り構造が高校や大学にも影響を与えているのではないか、と思っています。あくまで一般論ですが、例えば技術系で就職すると、技術系のキャリアを歩んでいく可能性が高いと思います。そしてその人が営業とか財務とかに行くことはまず考えにくいと感じています。

その点で、やはり総合知がないと駄目だとおっしゃるのはまさにそうで、やはりスペシャリストのキャリアを歩むためには、大もとにあるジェネラリスト的思考が大事だと思います。その上での専門性だと私は思っています。

誤解を恐れずに申せば、大学や大学院にもみられる「縦割り」の構造改革、つまり「パラダイムシフト」しないと、基本的にはそこは解決しないと思います。

リーディング大学院の文理融合人材ということについては、私は一企業人として大賛成です。これはもう、ぜひ進めていただけると有り難い。やがてそういった人たちが近い将来に今の企業の縦割りの壁を壊し、当たり前のように総合知に基づいて、グローバルで戦える土壌をつくると信じています。

先生方が前向きにお考えになられていることを今日、すごく心強く思いました。個人的には一企業人として応援できることがあれば是非お手伝いしたいと思います。

松浦 励ましの言葉を有り難うございます。

神成 学部の理念はある程度、尊重し任せてもいいと思うのです。しかし、大学院は研究科ごとの縦割りではもうやっていけないと思います。塾も大学院については相変わらず研究科縦割りなので、やはりここは今日話されたような概念を共有して塾全体の大学院を考えて、分野融合を促進し、専門性の柱の周囲に総合的な実力を有した人材を育成すべく、産業界とも連携するような総合的な施策をできる機構をぜひともつくっていただき、私立としての大学院改革の先頭を走るような仕組みにしてほしい。

実は文科省の中教審に入ってよくわかったのは、国立の大学院は第4期中期計画という形で、否が応でも「大学院改革に取り組まなくてはいけない」と文科省に言われ、積み上げてきている。

一方、私立大学は大学院の改革が少し下火になっているので、ぜひとも慶應は再び先頭を行く形で、産業界の方々も入れて、リカレントもニーズを取り入れた形でどうしたらいいかを考えていくような、総合的な大学院のための機構をつくって議論していただきたいと思います。もちろん、その結果、大学院、とくに博士課程が魅力的な人材育成の場であると学生に認識されて進学者数が増えることを願います。

松浦 実はこの4月に教学マネジメント推進センターという組織を立ち上げています。おっしゃるように慶應に今までなかった組織です。学部研究科横断で教学のことを考える組織ということで私が今センター長をさせていただいているのですが、そこでいくつかの検討チームをつくって、そのうちの1つに大学院の共通プログラムを考えようと、14の研究科の代表に集まってもらい、まずは来年4月にいくつか共通の科目をつくりたいと思っています。リーディング大学院やSPRINGを受け継ぎながら、修士課程も含めた横断的な大学院のプログラムをつくっていこうと検討しているところです。

本日はそれぞれのお立場から、大学院のあり方について率直なご意見をいただきました。ここまで慶應は研究科横断がなかなかできずに後発ですが、後発だからこそ特色がある大学院改革を進めていきたいと思いますので、引き続きご協力をいただければ有り難く思います。本日はどうも有り難うございました。

(2022年8月16日、三田キャンパス内にて一部オンラインを交えて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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