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【特集:大学院教育を考える】
座談会:今こそ必要となる大学院で学ぶ「専門性」

2022/10/05

「ジョブ型」で専門性が活かせるか?

稲蔭 今までは学部卒採用をつなぐための就活システムが存在し、エコシステムができ上がっていて学生も大学も企業もハッピーでした。これがハッピーであり続ける限りは、変える理由がないわけです。しかし、どこでゲームチェンジをするかという話になりますが、最近、安全保障的な意味も含めて人が流出してしまうということがあります。海外に行ってしまうと、少しずつ危機感が増し、人材の流動性がグローバルな視点で高まって、日本のマーケットだけでは成立しなくなってくる。よりいい人材を獲得するためには、グローバル・コンペティションのものさしでリクルーティングをしなければいけない。

ジョブ・オファーの仕方も「年俸いくらでどういう条件で、ポジションはこういうもの」というような形で採用していく形に変わっていく可能性もあると思います。そうすると、今までハッピーだったエコシステムは嫌でも崩れると私は思っています。

就活システムが変わらない元凶の1つだと思うので、そこが崩れると、いろいろなものが自ずと変わるかなと思います。企業側から見て、そのようなことは「破綻するので、やめてほしい」ということなのかもしれません。経団連などが、「いつから内定解禁」みたいなコントロールをしている限りは変わらないと思うのですが、いかがでしょうか。

有沢 素晴らしいご意見だと思いました。結論から言うと、ジョブ型のような働き方が日本にどこまで定着するのかどうかということなのだと思います。

現実的に企業サイドでは説明会の解禁だとか、面接の解禁などで新卒採用には一定の制約が存在します。その一方で、最近多くの企業が「ジョブ型」に移行しようとしています。

ジョブ型に移行すると何が発生するかというと、一般的には「ジョブディスクリプション」に基づき、より一層専門性を重視するようになります。例えば、会計学を専攻した学生さんを財務・経理で専門職として採るといったことです。

ただ、個人的に思うのは、今後2、3年ぐらいのイメージとしては、新卒者で入ってくる人よりも、今現在、会社にすでに在籍している社員をジョブ型にまず移行させて、採用はそれからというところが多いのではないかと思います。

大学院卒の方の専門性に鑑みた場合に、本来であればそこに合わせたジョブ型を考えなければいけないわけですが、そのためには2つ、必ず整理しなければいけないことがあると思います。まず1つ目は労働市場の流動性を高めることです。つまり基本的に転職が容易にできることが大事で、以前のように社員のほとんどにジェネラリスト志向を求めると、どこかで上手くいかなくなるのではないかと思います。

もう1つ「ジョブ型を入れました」と言う企業は現在も相当数いらっしゃいますが、そこで終わってしまっている場合です。つまり「ジョブ型」を導入したものの、報酬・評価の2つの制度が基本的にそれまでのメンバーシップ型と言われる職能資格制度、わかりやすく言うと年功序列と基本的に変わらないケースも見られます。厳しい言い方をすれば「ジョブ型を導入しました。ただ報酬・評価は職能のままです」では上手くいくはずがないと思います。

企業もそもそもジョブ型になると、何がいいことなのかが理解がまだ十分とは言えないと思いますので、それではジョブ型のメリットを学生に伝えることがまだ整理できていないと感じます。

でも、ジョブ型への移行が行われれば、専門性が今以上に採用の際にフューチャーされると思います。そうなると、大学院側としては逆に大きなアドバンテージになるのではないかなと思います。なので稲蔭さんの問いに対するお答えとしては「変わるはずです」ということです。万が一変わらなければ例えば外国人の方の採用は一層厳しくなるのではないでしょうか。

神成 それは時間スケールで言ったら、どのくらいで進みそうですか。

有沢 企業人事は変革には3年ぐらいかかると思います。ですので個人的願望も入れれば2025年ぐらいまでには、変わってほしいと思っています。

必要となる「リカレント教育」

松浦 ジョブ型が本格化する時に、リカレント(社会人の学び直し)の問題がクローズアップされてくるのかなと思います。

有沢 その通り、まさにワンセットです。ジョブ型の導入と同時にミドル・シニアの方を中心としたリカレントとリスキリングを同時にやらないと、基本的に成立しません。だから、うちもリスキリングとリカレントに力を入れているのですが、その理由はジョブ型はあくまでも制度であり、何の目的でやっているかを明示し、社員全員を納得させるためにリスキリングとリカレントをやっております。

そうしますと、リカレント教育、リスキリングの場としての大学院の活用は、人生百年時代の今は絶対に必要です。つまり大学が今後どんどん学び直しをする場を提供するのは、大学側にとってもものすごくビジネスチャンスであると同時に、われわれとしてもぜひ手軽に利用させていただきたいと思います。

松浦 そうですね。それでリカレントで大学院に来られた方が企業に戻られると、大学院に対する価値意識が変わっていく。だから、良循環をつくる1つのブレークスルー・ポイントなのかなとは思います。

ただ、やはりなかなかそう簡単ではなくて、すでにもうリカレントを導入している研究科もありますが、すべての研究科が取り入れるとなると、大学の環境、習慣のようなものも変わってくるので、企業がジョブ型に向けて進む間に、大学もそのマインドセットを作っていかなければいけないのだろうと思います。大学としてはどういう戦略が考えられますか。

稲蔭 リカレントは、2種類あるのではないかと思います。1つは、おっしゃるようにシニアを対象にある種、次のセカンドステージみたいなところの前で強化をするというもの。またはもっとその手前、中間管理職の研修みたいな、スケールアップをしたり、グレードアップしていく時の手助けを大学院が行うものです。

もう1つ、アメリカと日本を比べて圧倒的に違うのは大学側の教授陣、教員側が流動性を持っていないこと。産学で行ったり来たりして、「産」のほうで頑張って、また「学」のほうに戻って、アカデミックなことをグレードアップしていくという行き来をする、産学の垣根を低くすることが大事だと思います。

この2つがあると、かなりグローバルな人の動き、教育のモデルに日本も追いつけるかと思うのですが、単にシニアだけをターゲットにするのでは、少し弱いかなと思っています。

吉田 大学としてはいろいろやる手はあると思っています。単純なのは履修の柔軟性をもっと用意すること。短期集中型の科目、科目ごとの授業料システム、オンラインの科目など、社会人の履修の利便性を高める方法は、まだまだあると思います。まず制度的な履修の仕組みの工夫です。

もう1つはやはり教育プログラムをどう作っていくかです。これには、企業からの要請を含んだ内容を重視するのか、いや、やはり日常の仕事とは異なり、物事の原理をきちんと学ぶ内容にするのか。いずれにせよ、従来型の研究者養成の延長ではなく、社会人にとって必要なことは何かの議論が必要です。

また、もう1つは大学で力を付けたことを、きちんと企業に説明できる必要がある。これは日本の大学は、これまでほとんどやってこなかったことです。例えば、キャリアセンターが何をしているのかというと、学部の学生に対してはいろいろなキャリアサービスをやっていますが、大学院生用のキャリアサービスはたぶん慶應もやっていないのではないかと思います。

早稲田も当然やっていません。アメリカの大学がやっているのはそこの部分で、大学院生がどういう力を付けたかということを、キャリアセンターが主になって売りに出す。会社説明会ならぬ大学院修了者説明会みたいなのをいくつかの大学が共同してやっている。このように大学側ももう少し見せる力を付けるべきかと思います。

アメリカに調査に行った時に面白いなと思ったのは、一番売れない哲学とか歴史学といったPh.Dをどうやって売るかという時、例えば哲学は最高のロジカルシンキングができる人であるわけですが、そこに「データも使えます」みたいなプラスアルファをしていることです。あるいは「歴史学というのは、実は最大のarchivistです」と、歴史学の内容とともに、情報系の学問を少し入れることによって売りやすくする工夫をしている。

それを個々の大学がやるのではなく、学会・協会がモデルプログラムを作って、大学側に提供したり、あるいは、大学院審議会などが中心になってプログラム開発を考えたりしています。このように日本の大学も、もっと売りに出す方法をいくつかの大学が協働するなり、場合によっては政府の力を借りて考えていってもよいのかなと思います。

もう1つ問題なのは、ジョブ型が上手くいく社会というのは、やはりプロフェッションが成り立っている社会です。日本の場合、実はそんなにプロフェッションに対する社会的な尊敬が高くないので、果たして本当にプロフェッション的な力を付けた者が、例えば処遇の点で厚遇されることになるのか。ジョブ型になったとしても少し疑問が残ります。

松浦 学位の通用性というのが、アメリカに比べて圧倒的に日本は貧弱ですから、そこですよね。

吉田 修士を出ても、給与は2年前に入社した者と同じという仕組みの中ですから。

「大学」にしかできないこととは

神成 リカレントはニーズは間違いなくあると思いますが、企業から見た場合、学位まで取ってきてほしいと思うのか、それともあるカリキュラムパッケージに魅力を感じて、それを全部取ってくればいいのか。それとも、つまみ食い的にバラ売りしてもらったほうが有り難いのか。ニーズとしてはどうでしょうか。

有沢 企業から見ると学位を取られるとマーケットバリューが付くから「転職されるのではないか」という心配される方がまだまだいらっしゃるように見えます。

個人的にはせっかく大学院に行かれるなら、マスターを取ってきてほしいと思います。問題は、「何のために大学院に行って専門性を高めるのか、そしてそれをどうやって自分のキャリアに活かすか、明確なキャリアデザインがあるか」ということです。私は、それがイノベーションにつながり、新しい価値創造につながることを期待して、そういった大学院教育を受けていただきたいと思っています。

またプロフェッショナルが社会で尊重されているのか、という話はその通りです。例としては少ないですが、ジョブ型に移行する際に人件費コントロールの感覚で考えていらっしゃるところもあるのではと思います。その点の意識改革をするまでには時間がかかるケースもあるのではないでしょうか。

ただ、まずは例えば形からでも入って「ジョブ型にはこんないいこともあるじゃないか。じゃあ、とりあえずプロフェッショナリズムを追求する手段としてジョブ型を考えてみよう」となればよいのではと思っています。

松浦 今後、ジョブ型になり、リカレントあるいはリスキリングをどこも行うとなった時、ここは大学の独占市場ではないわけです。そこが儲かるとなってくると、おそらく教育産業がどんどん入ってくる。大学も競争環境に置かれ、安泰というわけではない。

リカレントは大学だけができるわけではないとすると、大学が唯一主張できるのは学位の授与権です。だから、学位にこだわっておかないと、これから大学や大学院の存在意義は危うくなってしまうのかなとも思います。今、オンラインでもどんどんいろいろな知識を得ることができ、研修もできるとなると、大学しかできないことは何かということは、考えていかなければいけないと思います。

有沢 まさにその通りで、競争という観点から見た時に、おっしゃるように、例えばいわゆる民間の社会人大学は慶應義塾のような大学院の脅威と考えられます。なぜあれだけ多くの社会人が通っているかというと、基本的にやはり受講者から見れば受けやすい、つまりアクセシビリティーがいいからということが1つの大きな要因だと思います。さらに授業などがフレキシブルに取りやすい。自分でデザインできる等は大きな魅力に感じます。

だから、それを大学院のほうでもやっぱり考えていただいて、僕が言うと失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、やはりコンペティターを分析して、大学院教育に活かすのはすごく大事かなと思います。

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