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【特集:国際秩序のゆくえ】
座談会:ウクライナ侵攻後 世界はどう変わるのか

2022/07/05

自立的な外交と日米同盟

加茂 このように不確実性が増す国際情勢の中で、日本はどのような役割を担うべきでしょうか。

先日、5月23日の日米首脳会談の後の共同声明では「欧州で進行中の危機のいかんにかかわらず、両首脳は、インド太平洋がグローバルな平和、安全及び繁栄にとって極めて重要な地域であり、ルールに基づく国際秩序に対する高まる戦略的挑戦に直面していることを改めて確認した」という文面がありました。このことは極めて重要な論点で、まさにこのウクライナ戦争というのは、ヨーロッパで起きているという問題ではないのだということをわれわれ自身が強く認識した上で、これからの東アジアの秩序、あるいは日本はどういう秩序の中でどういう役割を担うべきなのかということを考える重要なメッセージだと思います。

細谷 1世紀以上前の1905年、当時ロシアの支配下にあったポーランドの独立運動の指導者であるヨゼフ・ピウスツキが日露戦争中に日本に来て、ポーランドの独立を日本に支援をしてほしいと要請しています。このことが何を意味するかというと、1世紀前からヨーロッパ情勢とアジア情勢が連動しているということです。

このことのアナロジーで私が考えたのが、先日のフィンランドのマリン首相の日本訪問時に、フィンランドのNATO加盟に対する意向や、強い言葉でロシアを批判したことに対して日本で非常に共感が広がったことです。ヨーロッパの問題とアジアの問題は国際秩序全体に関わる問題として連動しているという視点を日本で持つことが、非常に重要だろうと思います。

もう1つ、そうは言いながら日本の自立した行動、「自由で開かれたインド太平洋構想」であるとか、CPTPP(TPP11)のようにアメリカが加わっていない秩序構想、日本が主導してイニシアチブを取って秩序を描いていくことを、過去10年間、積極的に行ってきたと思います。グローバルサウスに対してアメリカとは異なった行動原理を示した日本に対する一定の共感が見られている。このような日本の自立的な外交行動というものが非常に大きな価値を持っていることを、日本は自覚する必要があると思います。

最後に、実はこれと矛盾することなのですが、しかしながら国際社会がパワー・ポリティクスで動いているということを考えると、やはり日米同盟に日本は依拠して、中国やロシアなどに対して抑止力、十分な力の論理というもので行動しないと、結局のところは大国のパワーゲームの中で埋没してしまうことになる。

ですから日本が十分な国力を持つということと、日米同盟を基礎に抑止力を強めるということ。つまり外交における自主的な行動と日米同盟を基軸とした抑止力の強化という、一見矛盾したベクトルを両立させることが、今後も引き続き日本外交にとってのカギになるだろうと思います。

安全保障の受益者から提供者に

 日本がどのような役割を果たすべきかについては、やはり世界と地域の平和と発展が保障されるとわれわれが信じるルールに基づいた、国際秩序の構築と推進が基本になるのではないかと思います。

自由で開かれたインド太平洋というビジョンは、協力のネットワークを張り巡らせ、地域諸国が中国一辺倒にならずに済むような開放性を確保していくということです。その中で各国が自由意志と独立を尊重されながら発展する環境を整備していくのが大きな目標になっていると思います。自由で開かれたルールに基づく秩序の構築や推進、普及という取り組みと、中国の覇権阻止や地域支配阻止は、レトリックとしては、前者を強調し、後者は伏せるのが一般的ですが、基本的にこれらは表裏一体だと思います。

日本は今、アメリカと一緒にクアッドをはじめ、いろいろな地域のイニシアチブをアジアで進めています。戦争を防ぐという観点からは、安全保障面、軍事面での日米同盟あるいは日米豪という3カ国が中核になった抑止の体制の強化がやはり不可欠になります。

日本の防衛費の増大に関連して、対GDP比2%という数字が先行すべきではないという意見があり、一理あるとは思いますが、私はこの手の数字には政治的なメッセージがあると考えています。日本が本土防衛を超えて、世界の安全保障でこれまで以上の役割を果たし、武力行使を抑止して、現状変更に対抗する現状維持勢力の一翼を担わなければならない国際環境がすでに眼の前にあります。安全保障の受益者から提供者としての役割を担っていくことをはっきりと行動で示していくことが求められています。端的に言えば、平和を担保するのに必要な方策が今、大きく変わりつつあり、今後5年、10年、15年の単位で現状を防衛する日本のコミットメントを口だけではなく、具体的な行動で見せていくことが平和と安定につながっていきます。

日本の平和主義が、他の地域諸国と協力しながら平和を守るという意味での国際主義を埋め込む形で再定義されていかなければならない局面が来ているのではないかと思います。防衛・安全保障はアメリカにお任せで、自分はリスクをとらずに済んだ時代はすでに過ぎ去ったという認識を持つことが、日本が自由と独立を守りながら生き残っていく上での大前提になっているのではないかと思います。

弱肉強食の世界への回帰?

大串 私は日本がどのような役割をすべきかということには、あまり定見を持っていません。日本国内ではウクライナに対して「もっと頑張れ」とか、「降伏すべきだ」とか、いろいろ言う人がいるみたいですが、私は具体的な顔が浮かんでしまうんですね。

現地に友人が多くいて、彼らがモロトフカクテル(火炎瓶)を作ったという投稿をSNS上で見ると、とにかく「死なないで」と思ってしまう。と同時に本人が戦う覚悟を決めているのだから、それに対して何か言うのは非常におこがましいわけです。だからといって「頑張れ」と言って仮に死んでしまったら僕は何と思うのだろうと考えてしまい、言葉を失って何も言えなくなってしまう。

戦争の出口に関しては、ドンバスとクリミアの帰属に関しては、軍事的にしか決まらないのではないかという気がしています。

まずドンバスに関して言うと、ウクライナの国民感情としては「取り戻せ」ということになっていますが、実際に取り戻したら大問題になると思います。つまり現地住民はウクライナ政府に戻りたいとこれっぽっちも思っていない。むしろ「こんなにひどい目に遭わせやがって」というのが住民の声です。

2014年にウクライナ正規軍が入ってきた時から、その戦い方がかなり一方的だったので、ドンバス地域がロシアに助けを求め、ロシア正規軍が入ってきたという経緯があります。仮に取り戻してしまったら、現行のウクライナ政府に対してものすごく批判的な選挙民がどんと生まれることになる。

これに対抗するため、またウクライナ政府も力で抑え込む可能性が高い。なので、国際監視の下で独立させてしまうとか、他の方法を取るしかないのではないかと思うのですが、最終的には戦争のゆくえによってしか決まらないような気がします。

もっと難しいのはクリミアです。クリミアはロシアが併合して「国内」にしてしまったので、仮にウクライナ軍が入ってくると、ロシアとしては領土に攻め込んできたという話になります。ロシア政府は何度も「ロシアの外側では核は使わない」と言っていますが、クリミアへの侵入はロシア的な理屈では国内に入ってきたということになるので、核抑止の対象になるわけです。すると、仮にクリミアを何らかの形でウクライナが取り戻したら、ドンバス以上に難しい話になると思います。

クリミアも、クリミア・タタールは別として現地住民がウクライナ政府を支持しているなんてことはない。むしろ2014年当時の政治指導者たちがロシアに「併合して」とプーチンにお願いして、併合してしまったのがクリミア併合でした。ウクライナは譲れないでしょうが、取り戻したら大変なので、最終的には軍事的な力によってしか解決しないのだろうと思います。

それが広い意味での国際秩序にどういう意味を持つのか。結局弱肉強食の世界にしかならないのではないかというのが私の見立てです。ロシア側がある程度押し込んだ形になっても、ウクライナが押し込んで終わったとしても、ウクライナにはものすごい量の武器が行きましたので、おそらくあの場所にプチ軍事大国が誕生するのではないかと思います。武器を持った人がテロリストになるおそれもあります。

どちらが勝つにせよ、最終的には力によって勝つことによって承認させることがスタンダードになってしまう可能性が非常に高いので、あまりハッピーな要素はないのではないかというのが私が思っていることです。

厳しい世界の中の日本の役割

加茂 流動する国際秩序のなかで、日本にはどのような選択肢があるのか。それを考える上で、重要な論点の1つが対中外交であることは間違いないでしょう。中国が冷戦終結後の30年間で、飛躍的な経済成長を実現し、世界経済を牽引し、大国としての存在感を増しています。その一方で中国は、期待されていたように、経済成長にともない民主的な政治の道を歩むという選択をしなかった。また中国は、自らの経済成長を実現するために、WTO加盟をはじめグローバル経済に積極的に参入することを選択しましたが、期待された経済的相互依存による国際協調を志向する国家としてではなく、国際社会はパワー・ポリティクスで動いていると信じる国家へと成長してしまった。30年前に抱いた中国への期待は、あまりにも楽観的でした。

私たちは、こうした現実を突きつけられているとしても、中国とどのように向き合っていくのかを考えなければいけないでしょう。パワー・ポリティクスを信奉する中国を、どうやって既存の法に基づく自由で開かれた国際秩序のルールのなかに規律づけていくのか。今、日本が関与している国際連携の枠組みはたくさんあります。TPP、RCEP、IPEFあるいはクアッド、AUKUS(米英豪安全保障協力)。経済・通商の枠組みから軍事安全保障の枠組みまで、中国を構成員とする、あるいは中国に対抗する枠組みが数多く展開し、いずれも日本がその構成員であることの意味は、日本には中国を視野に入れた国際秩序の青写真を描く条件があるということだろう。

これから歩みが進む国際秩序形成に日本がどう関与していくのかということは、中国を私たちが選択している国際秩序の中にどうやって位置付けていくのか、ということであるように思います。その試みは長く苦しいものでしょうが、そうした強い意志を持ち続けなければいけないでしょう。

神保 本来私は日本の国際安全保障への役割を中心に研究しているのですが、なかなか切れ味のいいことが言えない状況に陥っています。いくつか気になっているポイントをお話ししたいと思います。

1つは、ウクライナ戦争を通じた米欧同盟に対する結束というのは、日本でも問題意識が高まっていて、防衛費を増強することに対する国民的コンセンサスがかつてないほどに高まっています。報道によれば8割の人が賛成という、過去には考えられないような盛り上がり方で、しかもそれはアメリカとの同盟への支持と一心同体みたいな感じの議論になっている。

しかし、このいわゆるtransatlantic(環大西洋)とtranspacific(環太平洋)の関係が強化されている流れにもかかわらず、求心力の源のはずのアメリカはさほど介入に積極的ではない。これは結構なジレンマだと思います。

もちろん制度的にNATOを守るとか、台湾に対するコミットメントをバイデン大統領個人が明確にしたり、何とかつなぎ止めようとしていますが、今起きているパワーバランスの変化に対応していく姿勢が、それほどできているわけではないと思うのですね。

そうすると、やはり同盟国がより強靭な力を付けて、何かが起こった時に元に戻す力を付けていかないと、その先にある同盟さえも上手く機能しないということになります。森さんがおっしゃった通り、同盟国が頑張ることはすごく大事だと思います。

もう1つは細谷さんがおっしゃったことに関わりますが、日本の戦略はアメリカとの外交基軸、安全保障の基軸を保ちながらも、案外、価値に対する旗幟を鮮明にせずにいろいろな国に飛び込んでいくところに特徴があったと思います。

その結果、選択肢がたくさん生まれ、ロシアとの関係を一定程度進展させることで中ロ関係を複雑化させるような発想が働く余地はあったし、アメリカが自由貿易の原則で足踏みしている間に、インド太平洋という秩序を掲げながら日米と日中を両立させるようなこともした。そういった姿勢が多くのグローバルサウスを巻き込むような理念を生み出す素地にもなっていた。

ところが、ロシア、中国、トルコ、さらにミャンマーなど、日本が比較的いろいろな形で独自の利益を増進して、「俺は話せるんだぞ」と言っていた場所が、あまりにリスクの高い地域になってしまった。

ある状況においては旗幟を鮮明にする、国際秩序に対する日本の立場を明確にするという判断は、すごく大事だと私は思っているのですが、他方でそれが日本の戦略的な柔軟性を拘束することは当然ある。いつのまにか日本は中国を脅威、競走の本丸としながら、北朝鮮やロシアと三正面みたいな形で対峙せざるを得ない状況で、膨大な資源をそれぞれに割いていかざるを得ず、あまり動ける余地がないという状況に陥っている気がします。

ここからどう脱却するかですが、日本が一国だけで成し得ることはすごく少なくて、like-minded states(志を共有する国々)といろいろな形の協力が必要です。クアッドで何とか我慢して、インドを中長期的に結び付けていく。AUKUSのような枠組みも、日米豪とか日豪とか日ASEANといった枠組みをそれぞれ戦略的な意味を持たせて併存させていくようなことを一つ一つ積み上げていくしかないのかなと思います。

そこでいったん盤面が整うと、加茂さんがおっしゃったように、中国に対して利益の共有や協力の余地を示すことで、安定的な関係を模索する基盤ができます。極めて厳しい世界の中に日本がいるのが現実だと思うので、しっかりとその競争を戦い抜くと覚悟することが、まずは出発点になるのではないかと思っています。

加茂 大変素晴らしくまとめていただきました。今日はこれからの国際秩序のゆくえについてとても有益な討議をいただいたと思います。皆様、有り難うございました。

(2022年5月30日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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