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【特集:国際秩序のゆくえ】
座談会:ウクライナ侵攻後 世界はどう変わるのか

2022/07/05

  • 大串 敦(おおぐし あつし)

    慶應義塾大学法学部教授
    1996年獨協大学法学部卒業。2005年グラスゴー大学大学院政治学専攻修了(PhD in Politics)。13年慶應義塾大学法学部准教授。20年より現職。専門はロシアを中心とした旧ソ連諸国の政治。

  • 細谷 雄一(ほそや ゆういち)

    慶應義塾大学法学部教授
    塾員(1997法修、2000法博)。1994年立教大学法学部卒業。96年バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。博士(法学)。慶應義塾大学法学部助教授を経て11年より現職。専門は外交史、国際政治学。

  • 森 聡(もり さとる)

    慶應義塾大学法学部教授
    1997年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。外務省勤務を経て2007年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。法政大学法学部教授を経て22年より現職。専門はアメリカの外交・安全保障、現代国際政治。

  • 神保 謙(じんぼ けん)

    慶應義塾大学総合政策学部教授
    塾員(1996総、2004政・メ博)。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学総合政策学部専任講師、准教授を経て2018年より現職。専門は国際安全保障論、アジア太平洋の安全保障。

  • 加茂 具樹(司会)(かも ともき)

    慶應義塾大学総合政策学部長、同教授
    塾員(1995総、2001政・メ博)。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学法学部准教授、同総合政策学部准教授等を経て、2015年同教授。21年同学部長。専門は現代中国政治。

ロシアの「侵攻」の目的

加茂 この特集座談会は、当初、私たちの同僚の中山俊宏先生が司会となって進めることが予定されていました。しかし、大変残念なことに中山先生が5月1日に急逝されました。あらためて、中山先生に哀悼の意を表したいと思います。

さて、2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まってから3カ月がたちました。今日は、あらためてその侵攻が国際秩序に与えた意味を考え、国際秩序のゆくえを展望したいと思います。

まずは、侵攻から3カ月たった現状をどう見るのかというところから議論していきたいと思います。なぜこのような事態に至ったのか、この侵攻が起きないようにするためにどうすべきだったのかが、これからを考える上で重要な論点なのかなと思います。ロシアがご専門の大串さんいかがでしょうか。

大串 ロシアがなぜこのような侵攻をしたのか。ご案内の通り、ロシアが公式の戦争目的として掲げたのが、ウクライナをNATOに入れさせないということ、ウクライナを非軍事化する、ウクライナを非ナチ化する。それからいわゆるドネツク、ルガンスクの人民共和国の保護、そしてウクライナ国内にいるロシア人の保護あたりが公式の戦争の目的と言えると思います。

ロシアはウクライナに対する執着が非常に強かったというのは、プーチン自身の頭の中でロシア人とウクライナ人というのは、もともと文化的にも近しく、一体なものだという考え方に基づいています。それゆえにNATOという、プーチンから見たら反ロシアに類する軍事同盟に入るのはけしからんと思ったのだと思います。

さらにウクライナを非軍事化し、ロシアに歯向かわないようにするということはさしあたり理解はできる。しかし、よく何を言っているのかわからないと言われるのが「非ナチ化」です。

2014年のマイダン[キーウの独立広場]での政変以降、ネオナチと言うかどうかは別にして、ウクライナ国内で民族主義的な傾向が強まったのは事実なんですね。特にヤヌコヴィチ政権を倒す時にかなり急進的な民族主義者が活動して暴力行為が行われました。

私は2014年の3月にキーウとドネツク州に入っていますが、その時に右派セクターといわれている急進民族主義的な若者の集団がロシアではすごく報道されていました。「こいつらはネオナチだ」と言われていたわけですが、相当程度彼らが活動した。ただロシアの報道には誇張があったと思います。

私はその時、ウクライナの有識者に、「右派セクターってそもそも何者?」と聞いたら、その人はマイダン派の学者だったので、「あれはロシアのプロパガンダだ、信用するな。フットボールのサポーター連中だ」みたいなことを言うわけです。

その時、私はフットボールのサポーター連中という言葉の文脈がよくわからなかったのですが、世界各国の強烈なフットボールサポーター集団というのは、フットボールの遠征に付いていって、現地のサポーターの連中と武装闘争を繰り広げる、ある種のギャング集団みたいな感じなんですね。彼らが実際、マイダンの政変が暴力化していく過程で活動したのは事実です。

さらにその後のドンバスの戦争で、彼らがロシアに対してかなり戦果を挙げた。ウクライナの一般市民からは、暴力的だったので当初評判がよくなかったのですが、対ロシア戦争で活躍したので、ある種のヒーローに祭り上げられ、彼らの暴力行使を許してしまう風潮となったのも事実と思います。

その中にはバンデラ主義者と言われている人たちもいます。バンデラというのは、第二次大戦の最中にウクライナ独立運動を指導したウクライナナショナリストで、非常に反ユダヤ的な傾向と反ポーランド的な傾向が強かった。この人たちはナチスが入ってきた時にユダヤ人虐殺にも協力していますし、ポーランド人も虐殺している。その後は、ソ連軍に対しても戦闘している。そして、今のウクライナの民族主義的な人たちの中にはバンデラ主義者がある程度潜んでいるのは確かです。

さらに、マリウポリで最後まで戦ったアゾフ大隊。2014年にウクライナ側がマリウポリを奪還する時に中心となったのが、この民族主義的な人たちだったわけですね。だから、今回ロシアがマリウポリで殲滅作戦的なことをやった理由の1つは、おそらくそれがあると思います。

ウクライナ側は、アゾフ大隊を国軍化する際には思想調査をやって、過激なネオナチと言われる連中は全部排除したと言っています。しかし、戦争前、ウクライナ国内でそうした過激な民族主義的傾向が強まっていたのは確かです。もちろん、だから戦争をやっていいわけではなく、それを理由に戦争をするというのはおかしいのですが、ロシア側としてはそれを戦争の理由にしてしまったということですね。

ロシアが「非ナチ化」と言っているのは、そうしたいわゆる民族主義的な人たちを排除するという意味です。

19世紀的な国際秩序観との対決

加茂 ロシア側からの侵攻目的の説明がありましたが、ヨーロッパの視点から、細谷さんいかがでしょうか。

細谷 私はちょうど先週ポーランドに行き、ポーランドの国際政治学者およびロシア専門家の方々と意見交換をし、貴重な意見を伺うことができました。また、8年前に開設されたワルシャワ蜂起博物館にも行き、その壮絶な歴史を学んできました。

ワルシャワ蜂起前のワルシャワの人口は130万人だったのですが、蜂起後の人口は9000人に減っています。つまり129万人が亡くなるか、避難している。誰によって殺戮されたかといえば、ロシア軍とドイツ軍です。最初に独ソ不可侵条約によって東側からソ連が攻め込みポーランド東部は侵攻され、その後、独ソ戦が始まってナチスドイツが支配したわけです。

今回のロシアによるキーウの包囲と攻撃で、最初に多くのポーランドの人が思い出したのはこの第二次大戦下のワルシャワでの経験のようです。つまりいずれキーウも、ワルシャワのように徹底的に破壊されるだろうと、多くの人たちが想定していた。しかし、そうならなかったことにポーランドの人が驚いている。つまり思った以上にウクライナが抵抗し、そして思った以上にロシアの作戦が上手くいっていない。

しかし、ポーランドの研究者の意見が一致したのが、「ロシアは容赦がない」という点です。つまり、これで簡単にプーチンが軍事作戦をやめるとは思えない。おそらく再びキーウを攻撃して破壊するだろうと。

伝統的にロシアはポーランドやウクライナに傀儡政権をつくり、そこを自らの勢力圏にする。さらにはそれに抵抗する勢力は容赦なくつぶす。この背後には、ロシアの中でウクライナやポーランドを「国家」と見ていないということがあると思います。

プーチン大統領ははっきりと「ウクライナはそもそも国家ではない」と言ったわけですが、私はこれは19世紀的な国際秩序観だと考えます。つまり、大国支配により国際秩序をつくり、小国はあくまでも大国の意向によって生存が決まっていく。大国が「生存してもいい」と言えば生存できるし、そうでなければ、軍事力によって支配し、自らに従順な傀儡政権をつくる。

この19世紀的な、大国主義的なパワー・ポリティクスの秩序観が一方においてある。そして、一方でわれわれは20世紀において、小国であっても主権国家として生存する権利があるという規範を守ってきた。これが国際連盟の連盟規約であり、また国連憲章の基本的な原理です。自決権さらには主権国家、主権平等の原理によって主権国家が生存する権利を得て、それに対して侵略した国に対しては、集団安全保障によって制裁を加えるというのが、基本的に20世紀の国際秩序の根幹だったと思うのです。

それゆえ、今回の戦争を「ロシアとウクライナの戦争」として見てはいけないのではないか、というのが私の考えです。つまり19世紀的な、大国主導によるパワー・ポリティクスの国際秩序観と、20世紀に発展したリベラルな国際秩序を擁護する立場との対立であると見るべきではないか。したがってウクライナはアメリカの傀儡で、この戦争はアメリカとロシアの対立なのだという見立ては、典型的な19世紀的な世界観の陥穽なのです。

それはロシアから見える国際秩序観で、つまり、その秩序観をわれわれは容認すべきでない。そうではなくて、ウクライナには自決権があり、自らの意志でロシアに抵抗して戦って、主権国家として生存する権利を求めているということです。なので、アメリカの傀儡国家だと言った瞬間にプーチン的な、19世紀的な国際秩序観を擁護することになってしまうと思います。

ですから、岸田総理が侵攻の翌日に、すぐに「国際秩序の根幹を揺るがす行為である」と述べたのは正しい発言だと思います。つまりこれはロシアとウクライナの二国間の戦争ではない。国際秩序の原理をめぐる対立なのです。

現行秩序へのチャレンジ

加茂 この戦争をどのように見るのかという大きな視点でお話をいただきました。次に森さんお願いします。

 私もひとまず大きめの視点から2点ほど述べたいと思います。1つ目は秩序の話で、2つ目は戦略の話になります。

秩序に関する問題は、まさに今、細谷さんがおっしゃったこととも重なるのですが、現行の国際秩序という意味での「現状」を、力で一方的に変更しようとする大国が出現した時に、それにどう対応できるのかという問題を非常に先鋭化させたのが、このウクライナの問題なのではないかと思います。

国際秩序という観点からみたロシアによるウクライナ侵略の意味は、国連憲章2条4項という戦後国際秩序の根本原則の違反が1つと、ウクライナにおける非武装の民間人に対する残虐行為や大量殺害という国際人道法の重大な違反。この2つが秩序へのチャレンジとしてみなされるのだと思います。

これらの現行秩序を下支えする根本原則が侵されていることを受けて、ロシアに対する非難決議は141カ国が賛成しました。しかし、国際法違反に対して制裁を科す国は40カ国あまりに限定されている。したがって国際秩序が破られた時に、違反国に対してコストを負ってルールを執行する国は、世界の諸国家の約5分の1というのが現実です。このように限られた自由主義的な民主主義国家によって秩序が担われているという実情が明らかになりました。

こうした状況で、核兵器を保有するロシアが、制裁を科されながらも、非人道的な武力行使による領土的現状の変更を既成事実化することに成功していくのかどうか。この顚末次第で、世界の国々の安全保障環境、そして国際政治のダイナミクスが変わっていく可能性があります。

2つ目は、中ロと近接する国々は、アメリカとの同盟関係がないと自らの独立や平和を維持するコストが極めて高いということが鮮明になりました。フィンランドとスウェーデンのNATO加盟申請の動きにも表れているように、かなり不安が高まっている。台湾でも中国に対する警戒心がこれまで以上に高まっているようです。

覇権国の下で従属関係に入っていくのか、あるいはアメリカとその同盟国から支援を受けながら、独立を守るために多大な犠牲を払ってでも戦うかという、極端な選択肢に直面する中小諸国に対し、アメリカがすべて「抑止」できるというわけではない。それら脆弱な中小国に対して、自由で開かれたルールに基づく秩序を標榜し、その中に平和と繁栄を見出す国々が、一体どのような戦略的な選択肢を提供できるのかが問われています。

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