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【特集:国際秩序のゆくえ】
座談会:ウクライナ侵攻後 世界はどう変わるのか

2022/07/05

中国の姿勢

加茂 私からは中国の視点を話したいと思います。ロシアによるウクライナ侵攻に対する中国の行動を観察していくと、中国が既存の国際秩序をどう評価し、その中で自分たちの立ち位置をどのように示そうとしているのか、理解することができると思います。私は2つ論点を示します。

1つは中国の対米認識です。ウクライナ侵攻の直前に「限界のない友好」を唱う共同声明を中ロは交わしました。国際社会は中国が「親ロ」をどの程度貫くかに関心を持ちました。実際にはこの間の中国の言動を見ると、その外交の基軸は、親ロと捉えるよりも「抗米」、反米とは言わなくても、アメリカへの対抗にある。中国外交の基軸は対米関係なのだと確認する3カ月でした。

もう1つは、中国が国際社会の行動を冷静に観察していたことです。安保理常任理事国として戦後国際秩序の根本原則を擁護する立場にあるロシアを効果的に制裁するために中国の行動はカギでした。この3カ月間、中国はロシアの行動を支持していない。一方で中国は、国際社会がロシアの行動を「侵略」と言うことに同調せず、ロシアを非難せず、制裁にも賛成しないという立場を取りながら、自身は国際社会が一体どこまでロシア制裁に付いていくのかを見ていました。

アメリカとヨーロッパの国々がロシア制裁に踏み込むのは当然として、東南アジア、アフリカ、南米といったグローバルサウスがどういう立ち位置を取るのか、ずっと観察をしていました。その中で中国自身はある種の確信を得た。つまり、必ずしも世界はアメリカとヨーロッパと一体ではない、アメリカと自国との間に広大なもう1つの空間があるということです。

こうした行動を選択した中国は、戦後の国際秩序を擁護する役割を担っているとはとても言えない。そこで次の問いが浮上します。中国が自身のレピュテーションリスクをどう捉えているのか。この点は、今後の国際秩序の行方を展望する上で大きな論点になるのだろうと思います。

国際社会は団結しているのか

神保 私は国際秩序、安全保障の秩序という視点から3つほど問題提起をしたいと思います。

1つのキーワードは、古典的な戦争が再来したということです。私も、まさか21世紀に大国が国境を接する隣国に大規模な地上作戦を展開するとは想像していませんでした。私が安全保障を研究するきっかけは1991年の湾岸戦争で、アメリカ軍を中心とする多国籍軍が一方的にイラク軍を攻撃する映像を見て、これが未来の戦争かと鮮烈な印象を持ちました。

ところが今年のロシアの戦争は、まるで出来の悪い過去の戦争を見ているような印象に襲われます。昨年まで私は、現代の戦争はサイバーや情報戦が常態化し、物理的な衝突を伴う戦闘は短い期間で勝敗が決すると考えていました。しかし、現実にそれとは全く異なる古典的で長期的な戦闘が展開している。この衝撃が最初のポイントです。

2つ目のポイントは、何でこの戦争を防げなかったのかということです。冷戦が冷戦たり得たのは、米ソ両大国の直接の戦争が核戦争によって人類を滅ぼしかねないという、エスカレーションに対する恐怖が常に目の前にあったからです。まさに核戦争に対する恐怖によって抑止されていました。

ロシアのウクライナ侵攻は、侵攻と占領が短期間で終了し、その間にアメリカとNATOは軍事介入できないという想定で決断されたように思います。ロシアは念入りに核兵器使用をほのめかし、第三次世界大戦を示唆しながら侵攻を進めました。ロシアが一方的にNATOを抑止しながら展開した戦争のようにも見えます。

実際には戦争はウクライナ軍の抵抗で膠着し、NATO諸国は武器と情報の供与でウクライナを支えています。ロシアがこの戦争の帰結を過小評価したことは明らかです。ただ、こうした帰結を事前にロシアの計算に含めることはできなかった。

3番目は、国際秩序の岐路であることです。ロシアは領土の一体性とか、主権の尊重という原則を堂々と無視して他国を侵略している。あからさまな国連憲章の違反になるわけです。この行為に対して国際社会が効果的なペナルティーを与えることができなければ、本当に『リヴァイアサン』の世界に戻ってしまう。

確かにロシアが従来求めていたNATO拡大阻止は失敗し、フィンランドやスウェーデンが加盟の動きを加速してしまった。また、ウクライナはもはやロシアの勢力圏に回帰することはないだろう。さらにロシアには未曾有の規模の経済制裁が課せられている。しかし、それでも3カ月たって、まだロシアを完全な敗北には追い込めていない。

ロシアを追い込めない理由は、軍事的な膠着が続いていることに加え、加茂さんが言われたように、ロシアに対抗する国際社会の団結が、十分に固くないということが大きい。中国も貿易を続けているし、インドも国際社会に同調しないばかりかエネルギーの買い付けに走っている。そう見ると、国際秩序を崩したことに対するペナルティーを与える、という使命感を国際社会は十分に共有していないのではないかと思っています。

加茂 国際秩序が大きく揺らいでいるという問題意識を実は国際社会は必ずしも共有できていないという問いは、間違いなく国際安全保障・国際協力体制のゆくえを論じる上で、極めて重要な点だろうと思います。

細谷 とても重要なことをおっしゃられたと思います。つまり国際社会が十分なペナルティーをロシアに与えられていないことが、今後の国際秩序の動揺につながってくるということです。

思い起こすのが、1931年の満州事変です。満州事変が起きた時、当然ながらかなりの程度、国際連盟規約の違反だったわけですが、結局国際社会、連盟理事会は侵略行為とは認定しなかったわけです。それを見て、大国は軍事行動を起こした際、国際社会がそれに対して十分な制裁ができないということを、ある意味、学習してしまった。

その後、1935年にイタリアがエチオピア(アビシニア)を侵略します。それに対して国際連盟は一応理事会で侵略と認定したのですが、事実上制裁はほとんどしなかった。

この後にヒトラーが出てくるわけですね。国際社会は十分な制裁ができない、つまり軍事力を持った大国が行動した時に各国が自国の利益を考え、経済的には、根幹となる貿易を継続できる。軍事的には他国の安全保障のために自国が犠牲を伴うことは嫌うという素地があったということです。

それは今で言えば、核兵器を使うという脅しが、結局アメリカを含めてどの国にとっても、果たして核戦争をしてまでウクライナを救済する価値があるのかという、非常に残酷な問いにつながってしまっていると思うのです。

ですから先ほど申し上げた通り、ウクライナの戦争も極めて重要なわけですが、同時にそれを見て、中国をはじめとする国際社会が何を学び、その後の行動原理や規範にどのような影響を与えるかということはさらに大きな意味を持つのだろうと思います。

ヨーロッパの安全保障構築のつまずき

加茂 具体的なヨーロッパの安全保障体制の再構築については細谷さんいかがでしょうか。

細谷 今回の事態は、冷戦終結後の30年間に、安定的なヨーロッパの安全保障秩序をつくることにつまずいてきた帰結でもあるとも考えられます。冷戦終結時にはヨーロッパ全体を包摂するような、当時ゴルバチョフ大統領が「欧州共通の家」という言葉を使って、CSCE(後のOSCE:欧州安全保障協力機構)を基礎にした、より包摂的な安全保障・秩序をつくろうとした。

さらにはフランスが中心となって、ヨーロッパが主体的、自立的に安全保障秩序をつくろうとした。これはEC・EUが中心になります。それに対して米英が中心となって、NATOを軸とした自由な民主主義の価値に基づいた欧州安全保障秩序をつくろうとした。

結局、米英型のNATOを中心とする安全保障秩序が冷戦後の秩序の基盤となったわけですね。しかしヨーロッパから見ると、アメリカもイギリスも欧州大陸の国家ではない。ですから、結局欧州大陸が主体的に安全保障秩序をつくることにつまずいていた、とも言えます。つまりフランスやドイツやロシアが主体的に包摂的な安全保障秩序をつくることができなかった。

ある意味、それに一番近かったのが、私は2015年の「ミンスクⅡ」だったと思うのです。フランスとドイツとロシアが中心となって、ウクライナの問題を解決しようとした。これは相当程度ロシアに譲歩をした合意だったと思いますが、結局のところ、プーチン大統領自らがそれを損なうような軍事的な決断に至った。もちろんロシアは、ウクライナが約束を遵守していないと批判するわけです。

私は本当の意味でウクライナ戦争を終結させるためには、冷戦後の安定的な欧州の安全保障秩序を、欧州が包摂的かつ主体的に構築することがカギになると思うのです。軍事的にはロシアが勝つかもしれないし、負けるかもしれない。膠着したままかもしれない。しかし、戦闘の継続とは別に、欧州における安定的な秩序をつくらなければならないわけです。

これはねじれ現象で、米英が軸となったNATOを基礎とした欧州安保秩序はむしろフィンランドやスウェーデンの加盟で拡大し、より強固になっている一方、それ以外の選択肢は今、失われつつある。本来であればロシアが加わって協調的な安全保障秩序をつくるべきところが、より一層ロシアが嫌う米英中心のNATOを基礎とした欧州安保秩序が確立する方向に向かっている。私はこのことがこれから50年、100年、欧州の国際秩序に巨大なインパクトを与えることになるのではないかと思っています。

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