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【特集:国際秩序のゆくえ】
白鳥潤一郎:「三重苦」に直面する日本のエネルギー安全保障

2022/07/05

  • 白鳥 潤一郎(しらとり じゅんいちろう)

    放送大学教養学部准教授・塾員

21世紀の国際政治は、「異質な国家間のグローバルな相互依存が常態化している」ことに特徴がある。米中対立やロシアのウクライナ侵攻によって、グローバル化の終焉を喧伝する向きもあるが、仮にグローバル化は停滞するとしても、現状はあくまで「異質な国家間のグローバルな相互依存」にあることを前提に考えていかなければならない。

EU(欧州連合)諸国や日本がエネルギー資源を輸入に頼り、「資源大国」であるロシアが戦費を求めて輸出を必要とする状況は構造的なものである。また、グローバルな市場がある程度整っている石油とは異なり、天然ガスの輸入先を代替することは容易ではない。ロシアのウクライナ侵攻によって、エネルギー市場の混乱は数年単位で続くことが見込まれる。

この小論では、エネルギー安全保障に着目しつつ、現在日本が置かれている立場を確認することにしたい。国際的な危機に際して、しばしばその対応の遅れや国論の分裂が指摘されてきたが、少なくとも開戦当初の数カ月は安定している。危機発生当初こそ政府の姿勢に若干の躊躇が見られたものの、その後はロシアを強く批判して制裁を課すと共に、従来とは一線を画すウクライナ支援を行っている。

とはいえ、対ロ経済制裁に絞って議論することは誤解を招きかねないし、無用な対立の種にもなり得る。エネルギーの安定供給を重視する立場からは、少なくとも短期的にはロシアからの輸入は必須であるという結論になるだろうし、逆に国際社会の結束やロシアに対する圧力を重視する立場に立てば、より厳し制裁を課すべきという結論になるからである。

実際には、各国の姿勢は2つの立場の中間にある。ロシアへのエネルギー依存を深めてきたEUは、それまでの姿勢を180度転換させたが、あくまで段階的に対応している。

ロシアと相互依存関係にある以上、過度な制裁はEU自身にもダメージとなるというのが一因だが、それだけではない。エネルギー問題を考える際には「量」と共に「価格」の要素を押さえる必要がある。制裁は石油や天然ガス価格に上昇圧力となり、制裁を課さない国が購入すればロシアの外貨収入増につながってしまう。やり方を誤れば、ロシアに少なくとも短期的には利益をもたらし、制裁の目的を達することができなくなる。

前のめりに対応しているように見えるEUの制裁も実際に発動されるまでには時間がかかる。4月に合意された石炭の輸入禁止も完全に実施されるのは8月に入ってからであり、6月に合意された石油についてはスポット取引や既存契約の履行は6カ月間、石油製品については8カ月間の猶予期間がそれぞれ設けられ、さらに他にも様々な例外措置が存在する。

ロシアへのエネルギー依存度がEU諸国よりも低い日本が、ロシアへの制裁で一歩引いた状況であることにはそれなりに理由がある。まず、この点を確認しておこう。

日本が抱える「三重苦」

エネルギー安全保障を考える上で、日本の置かれた現状は極めて困難である。第1に、日本はエネルギー資源の大半を輸入にたよる「資源小国」である。少なくとも当面の間、大きく状況が変わることはないだろうし、再生可能エネルギーが主役となる時代においても、残念ながら日本が「資源小国」であり続ける可能性は極めて高い。

第2に、気候変動対策に伴う「エネルギー・シフト」が具体化する中で、日本でもその困難は徐々に表面化しつつある。原子力発電所の再稼働が順調に進まない状況が続く中で、再生可能エネルギーの割合を高めつつ、電力の安定供給を確保する道は狭く険しい。また、エネルギーをめぐる問題は電力だけではないことも確認しておくべきだろう。

これらに加えて3つ目の問題として、ロシアのウクライナ侵攻への対応である。エネルギー資源の供給を「武器」とする姿勢を鮮明にしたロシアが、信頼できる安定的な供給者でないことは明らかであり、中長期的にロシアへの依存度は下げることに正面から反対する声は少ないだろう。それでも、日本が取り得る選択肢は限られており、綱渡りが続くと予想される。

以上の「三重苦」をそれぞれ検討していこう。

「資源小国」日本

日本は「資源小国」である。水資源はそれなりに豊富なものの、自給できる地下資源は限られており、エネルギー資源は大半を輸入に頼っている。2020年度のエネルギー自給率は11.2%である。2011年の福島第一原子力発電所事故以前の数字を見ても、概ね20%程度であり、約8割を海外からの輸入に依存していた。

エネルギー自給率が極めて低い状況を、再生可能エネルギーの導入によって解決することは難しい。それは短期だけでなく中長期的に見ても変わりはない。

第1に、福島第一原発事故後、FIT(固定価格買取制度)など多大なコストをかけて再生可能エネルギーの導入が進められたが、再生可能エネルギー導入のために電気料金に上乗せされる賦課金総額(国民負担)は、毎年3兆円近くに達していることもあり、負担は限界に近付いている。原発の稼働停止によって一時は6%程度にまで落ち込んだ自給率が一定程度上昇したのは、原発の再稼働以上に再生可能エネルギーの導入が寄与したからだが、その効果は限定的である。また、安価な再生可能エネルギーとして諸外国で導入が進む洋上風力についても、遠浅の沿岸が少ないため日本に適地が限られるという事情も存在している。

第2に、電力の安定供給には天候に左右されないベースロード電源が必要となり、再生可能エネルギーの導入には限界がある。地域によって差はあるものの、既に太陽光発電の設備は時期によって需要を上回るようになっており、好天時に「出力制御」が行われることは珍しくない。電力会社間で融通するための連系線の増強や、蓄電池等の導入がそれなりに進むとしても、一定の限界がある状況は変わらない。

第3に、電力はエネルギー資源問題のあくまで一部であり、再生可能エネルギーの導入によって解決し得ない、もしくは解決が困難な問題は山積している。輸送用燃料の大半はガソリンをはじめとした化石燃料であり、次に見るようにエネルギー・シフトを進めるとしても様々な困難がある。また、国際エネルギー機関(IEA)が2021年に公表した推計では、2050年までに世界でエネルギー・シフトが進んだとしても、現在の半分程度の天然ガス、4分の1程度の石油が消費されるという。

また、EU諸国との違いという点では、日本が一国単位でエネルギー安全保障を考えなければならないということも重要である。国際送電網が整備されているヨーロッパとは異なり、日本は国内の送電網も十分に整備が進んでいない。周辺諸国との関係も良好とは言えない中で、相互依存を進めることにはリスクも伴う。

いずれにせよ、日本が「資源小国」であるという事情は当面続くことになる。

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