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【特集:国際秩序のゆくえ】
白鳥潤一郎:「三重苦」に直面する日本のエネルギー安全保障

2022/07/05

ロシアのウクライナ侵攻

「資源小国」である日本が、エネルギー・シフトに向けた困難な道を歩み始めたまさにその時、2022年2月24日、ロシアはウクライナに侵攻した。その後の展開と併せて、ロシアが信頼できるエネルギー資源の供給者という地位を失ったことは明らかである。

冷戦期のソ連は、アメリカ及び中東と並ぶ石油・天然ガスの供給源であった。1970年代を迎える頃、超大国間のデタント(緊張緩和)が進む一方で産油国の攻勢も激しくなり、ドイツを中心とした西欧諸国はソ連からのエネルギー資源の輸入を本格的に検討するようになった。

1967年の第三次中東戦争時にも73年の第四次中東戦争時にも、アラブの産油国は政治的な目的で石油を「武器」として用いた。前者は失敗に終わり、後者は少なくとも短期的には成功し、第一次石油危機に繋がった。ソ連にエネルギー資源を依存すればリスクになるとアメリカは反対したが、それでも西欧諸国は、ソ連との間にパイプラインを結んでエネルギー資源を輸入することを選んだ。

アメリカの懸念は約半世紀にわたって杞憂であり続けた。冷戦終結そしてソ連解体という激動期にあっても、西欧諸国へのエネルギー資源の輸出はほぼ滞りなく行われた。冷戦後には、それまで市場価格を度外視してエネルギー資源を提供されてきた東欧諸国との間で様々な摩擦はあったものの、ロシアの対応はエネルギー業界の「常識」をふまえたものであった。パイプラインからの抜き取りや料金の不払いといった問題を起こすウクライナ等東欧諸国の方が「問題児」である――エネルギー業界の関係者の多くはこのように見ていた。

2008年の南オセチア紛争、2014年のクリミア併合、2015年からのシリア介入などロシアの対外姿勢に懸念が集まる中でも、西欧諸国はむしろロシアへの依存を高めていった。東欧諸国を経由せずにドイツに天然ガスを送るパイプライン(ノルドストリーム2)が開通間近であったことは、ロシアを信頼できる供給者とみなしていたからに他ならない。

ウクライナ侵攻によって事態は一転した。アメリカや西欧諸国を中心に厳しい対ロシア経済制裁が矢継ぎ早に打ち出され、対するロシアも天然ガスのルーブル払いを求めるなど揺さぶりをかけた。また、侵攻を前にウクライナ周辺でロシア軍がきな臭い動きを続ける中、ロシアがウクライナ東部の親ロシア派支配地域の「独立」を承認すると、ドイツはノルドストリーム2関連事業の無期限停止を発表した。段階的な措置となっているEUの制裁がどれだけ実効性を持つかは未知数の部分もあるが、将来的にロシア依存から脱却する方向が固まったことは間違いない。

圧倒的な「資源小国」であり、さらにエネルギー・シフトへの難しい対応を迫られる中で生じたロシアのウクライナ侵攻は、日本をさらに厳しい状況に追い込むものである。

綱渡りが続く日本

G7の一員としてロシア制裁に加わる日本だが、米英両国やEU諸国と比べるとエネルギー資源については一歩引いた姿勢である。エネルギー輸出国であるアメリカは別としても、EU諸国にはロシアへのエネルギー依存度が日本よりもはるかに高い国が多い。天然ガスを例にとれば、ドイツは約4割、イタリアとフランスは約3割をロシアからの輸入に頼る一方で、日本は約1割に過ぎない。ロシアへの依存度のみを取り出せば、日本の姿勢は自国の経済的利益を優先するものと見えるかもしれない。しかし、ことがそれほど単純ではないことはここまでの説明からも分かるだろう。

「資源小国」である日本は、諸外国と電力を融通可能なEU諸国とは異なり、自国のみで困難なエネルギー・シフトへの対応を迫られている。ロシアのウクライナ侵攻はこのような状況で生じたものである。また、制裁に伴ってエネルギー価格が高騰すれば逆にロシアを利することになるというエネルギー市場の性質も無視し得ない。それは、EUの制裁が段階的な措置となっている一因でもある。エクソンモービルやロイヤル・ダッチ・シェルはロシアに持つ権益からの撤退を表明したが、それも世界各地に権益を持つ両社がエネルギー価格上昇によって、損失分の補填が可能という事情も存在している。

クリミア併合後も日本は、北方領土問題や中国との関係を念頭にロシアに接近を続けてきたが、ウクライナ侵攻後はG7の一員としての立場を明確にしている。米英両国やEU諸国に比べれば一歩引いているように見えるが、制裁の負の影響もふまえた冷静な対応と評価すべきだろう。

懸念がないわけではない。まず、当面の間はロシアからのエネルギー資源輸入を維持するとしても、中長期的には依存を減らしていくことが求められる。しかし、その道筋は容易ではないし、戦争が長期化すればロシアが天然ガスを「武器」としてさらに活用する事態も生じかねない。短期・長期それぞれにロシアからの供給途絶を想定してどのような対応を採り得るか考えておかなければならない。

また、これまでのところ日本政府の対応は概ね国民の支持を得ているが、インフレが長期化するなど国民の負担感が増すことで支持が失われる可能性は少なくない。「燃料油価格激変緩和補助金」によってガソリン等の価格上昇を押さえることで国民の負担感を緩和する措置は、いつまでも続けることができないものである。出口戦略を早急に模索する必要がある。

エネルギー資源は、経済運営の基礎となるものであり、また本質的には権力政治とも密接に関係している。「資源小国」である日本にとって、エネルギー問題は国際社会の中での立ち位置を確認することを迫るものである。エネルギー・シフトへの対応を含めて、日本がどのような国家として国際社会の中で歩んで行くのか。改めて、その覚悟が問われている。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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