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【特集:国際秩序のゆくえ】
東野篤子:なぜEU拡大は進まないのか

2022/07/05

  • 東野 篤子(ひがしの あつこ)

    筑波大学人文社会系教授・塾員

「唯一の選択肢」としてのEU加盟申請

ロシア・ウクライナ戦争の勃発直後の2022年2月28日、ウクライナがEUに加盟申請を行った。3月3日にはジョージアとモルドバが同様にEU加盟を申請した。この3カ国は2009年以降、EUと旧ソ連諸国の一部との協力枠組みである「東方パートナーシップ」に参加し*1、連合協定を締結してEUとの関係強化を進めてきた。この3カ国は将来的なEU加盟を近年の重要な国家目標に掲げていたが、実際の加盟申請は相当先のことになることは、EUと当該3カ国政府間の共通認識となっていた。

この状況を激変させたのが今回の戦争である。ウクライナのNATO加盟阻止がロシアの軍事侵略の目的であるとするプーチン大統領の主張は、それが真の戦争の動機であるか否かはともかくとして*2、結果的にウクライナからNATO加盟という目標──その実現可能性はもとより決して高くはなかったものの──を奪うことになった。

このためウクライナにとっては、米欧との結びつきを強化するために残された手段はEU加盟のみとなったといえる。言うまでもなく、軍事同盟であるNATOと、市場統合や経済通貨同盟を超えて、外交・安全保障や刑事司法協力等の広範な領域における統合を進めているEUは、異なる機能や役割を有しており、その意味ではNATO加盟がEU加盟で完全に代替できるわけではない。このため、仮にウクライナがEUに加盟できたとしても、それは軍事的な安全の保証にはならないのが現実である。このことは、すでにEU加盟国であるフィンランドとスウェーデンが、ロシアのウクライナ侵攻を目の当たりにして長年にわたる中立的政策を放棄して2022年5月にNATOに加盟申請を行った際にも、加盟実現までの期間中に──すなわち同2カ国に対して、北大西洋条約第5条の集団防衛条項が適用される「前」の段階において──ロシアからの攻撃を受ける可能性があると懸念されたことにも如実に表れている。EUではリスボン条約(EU条約)第42条7項の「相互支援条項」が武力侵略発生時の集団防衛を規定してはいるが、それは現状のEUがNATOと匹敵する軍事同盟であることを意味しているわけではない。まさにこのために、多くの欧州諸国がNATOとEUの「双方」に加盟しているのである。しかし繰り返しになるが、NATO加盟の可能性を事実上奪われたウクライナにとっては、EU加盟のみが欧州諸国との関係強化において唯一追求可能な目標となっている。

このため必然的に、EU加盟の早期実現に向けたウクライナの期待は極めて高くなっている。しかし以下でも述べるように、EU加盟は極めて煩雑で長期にわたるプロセスを必要とする*3。EUの現加盟諸国は全般にウクライナのEU加盟申請を歓迎する姿勢を見せているが、冷戦終結後20年以上かけて作り上げてきたEU拡大のプロセスを、ウクライナの特殊事情に合わせて大幅に変更・短縮することもまた難しいというのが、EUの正直な認識でもあろう。後述するように、停滞しがちな拡大プロセスの中で粘り強く努力を重ねている加盟候補国も複数いる中で、ウクライナの「特別扱い」は困難であるという側面も存在する。

EU拡大プロセスの流れ

ここで、EU拡大をめぐる諸規定とそのプロセスを確認しておきたい。欧州連合条約第6条および49条は、自由、民主主義、人権、基本的自由、法の支配を尊重するいかなるヨーロッパの国も、EUに加盟を申請することが出来ると規定している。EUはこれまでに6回の拡大を経験しており、加盟国は欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)発足時(1951年)の6カ国から27カ国に増えている*4

加盟を希望する国が加盟申請を行うと、欧州委員会は当該国政府に対して、EU加盟のための準備状況などを調査する「質問票(クエスチョネア)」を送付する。加盟を希望する国の政府はこの「質問票」に回答し、欧州委員会に提出する。欧州委員会はこれを精査して、当該国が「加盟候補国の地位」を得ることが出来るかどうかを判断し、欧州理事会に勧告する。欧州理事会は全会一致で、「加盟候補国の地位」を当該国に付与するかどうかを決定する。

しかし、「加盟候補国の地位」が得られたからと言って、将来的に必ずEU加盟を果たす保証が得られるわけではない。「加盟候補国の地位」を得た国は、ここから更に長いプロセスを経て正式な加盟交渉の開始にたどり着く。まず欧州委員会は「加盟候補国の地位」を得られた国に対し、「コペンハーゲン基準」と言われるEU加盟3条件(「政治基準」、「経済基準」、「EU法の蓄積(アキ・コミュノテール)の受容」)を満たしているか否かを調査する。この3条件の中でも、民主主義や法の支配、人権、マイノリティの保護などに関する「政治基準」はとくに重視される傾向にある。この基準充足に関する調査に基づき、欧州委員会は「加盟候補国の地位」を得られた国が、EUとのあいだで加盟交渉を開始することが出来るかどうかを判断し、理事会に勧告する。理事会(最終的には欧州理事会)がこれを全会一致で判断する。加盟交渉の開始が決定されると、欧州委員会は、加盟候補国の加盟交渉に関する指針と原則を定めた「交渉枠組み」を作成する*5。この「交渉枠組み」も、EUの閣僚理事会で承認される必要がある。

この、すでに気の遠くなるような手順を踏んだ後、「スクリーニング」と呼ばれる予備交渉を経て、ようやく加盟交渉がスタートする。加盟交渉は35の政策領域(EUの用語で「章」と呼ばれる)ごとに行われる。すべての章に関する交渉が終了すると、「加盟条約草案」が起草され、これが理事会、欧州委員会、欧州理事会のすべてにおいて承認されたのち、すべての加盟国と加盟候補諸国との間で批准される必要がある。

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