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【特集:日韓関係の展望】
座談会:韓国新政権と日韓関係のこれから

2022/05/09

関係改善への期待感

西野 まさに、いわゆる経済安全保障の観点から見ると、韓国は半導体、バッテリーなど重要な産品を持っており、尹政権もそこには自覚的なので、今後、踏み込んだ政策を取る可能性があります。だからこそ、日本は、韓国とより協力できる可能性が出てきそうです。

また、韓国の方々からすれば、ある意味、自然な形で日本を追い抜いていて、劣等感がないのに対して、日本では最近、メディアでも盛んにいろいろな部分で「抜かれている」と報道される。焦りが出てきたのかもしれません。

李(英) 韓国が日本を追い抜いたという考えもありますが、やはりまだ日本はわれわれより先進国だという意見もあります。さらに若者たちは、そのようなことはあまり気にしていない感じもします。

日本と仲良くする必要があると言う人が増えたことは事実で、コロナのせいで行き来できなくても、あまり影響はないと思っているところも、若者たちにはあると思います。私は、対等な関係と感じ、交流することは、被害者意識から韓国人が脱皮するきっかけになり、よいことだと感じています。

韓国では、これから日韓関係はよくなるといった期待感が結構ある一方、日本の世論調査では60~70%では尹錫悦大統領になってもあまり日韓関係改善は期待できないとなっている。尹錫悦さんは日韓関係改善に強い思いは持っていると思うのですが、この状態だと改善は難しくなるかもしれないという心配はあります。

私は、「これから良くなるのではないか」という雰囲気があるだけでも悪くないと思うのです。いろいろな問題を解決するには時間もかかりますが、コロナが終わったら、日韓での留学などの交流も戻るので、ここから始めればいいのではないかと希望的に考えています。

実際、私の周りの日本の若者は音楽やドラマなどの影響で、結構韓国に行きたがっている人が多いです。

西野 確かに世論調査などを見ると、日本から見た尹政権の対日政策、日韓関係の今後については慎重な見方が多い。しかし、それは期待していないのではなく、期待したいのだけれど、これまでの経験から、あまり高い期待をして裏切られるとダメージが大きいため、ある意味、エクスペクテーション・コントロールをしているのでないでしょうか。

ただ、期待せざるを得ないというところはあり、だからこそ、岸田総理が当選翌日に祝意を表し、さらにその次の日に尹さんに電話までしたわけです。この機会を絶対逃してはいけないという思いが、日本側にも強くあるのだということを感じました。

徴用工問題の解決に向けて

李(元) 私は今の日韓関係は非常におかしい関係で非正常な関係だと思っています。日本と韓国の関係がこれほど悪化し、葛藤しなければいけない本質的な理由があったのかと言えば、私はあまりなかったと思っています。

徴用工問題、慰安婦問題はもちろんありますが、それが日韓関係において大きな争点になっているのは、それこそおかしなことです。歴史認識の問題がある程度不可避的に存在することは認めますが、なぜそのために日韓関係の全領域でけんかしなければいけないのか。これはリーダーシップの影響が大きかったと思います。

その意味で、文在寅政権の時にあまりにも日韓関係が悪くなったのは、韓国から言うと、外交安保戦略において日本に対するあまりにもバランスを欠いた評価があったのではないかと見ています。ですから、リーダーシップの転換があれば、これから日韓関係は徐々に改善していくと思います。日本側の認識が悲観的というのは承知していますが、客観的に見て、今の尹錫悦政権が求めている方向性を見ると、日本と葛藤や摩擦を起こす要素はほとんどなくなったと思います。

尹政権が求めている外交安保政策の基本を見ると、韓米同盟を強化し、包括的な同盟にする。これは日本と全く差がない。それから韓米日の安保協力を進める。そして、いわゆるインド太平洋戦略に韓国も加わっていくと言っているので、方向性は、これから合致していくと思います。北朝鮮に対する認識や政策も、日本と協力しながら北朝鮮問題を扱おうという方向性なので、ギャップはないでしょう。

問題は、いわゆる徴用工の問題、慰安婦の問題をどうするかということです。これはボールは韓国に来ていると私は見ています。尹政権もこれは慎重に扱うと思いますが、結果的には何とか処理する、解決する方向にもっていくと思います。

選挙戦でも、尹さんは、いわゆる徴用工の問題と日本側の輸出規制問題、それからGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の3つの争点を解決すると言っていました。しかし、もうGSOMIA問題は消滅しましたし、輸出規制問題も私は実質的な懸案として存在していないのではないかと思います。

すると解決すべき懸案は、徴用工問題1つに絞られていて、それをどうやって韓国政府が巧みに扱うことができるかという問題だけが残されていると思います。徴用工問題の解決というのは、人数で言うと、34名から最大200名以下の問題で、金額で言うと、5億円から30億円の問題です。法律的に時効というものがありますが、大法院の判決から去年の10月の時点でもう3年過ぎましたのでこれ以上の追加訴訟はありえない。裁判にかかっている訴訟の中で大法院が最終的に勝訴できそうなものを数えてみればだいたいその規模であると考えられます。

日本側では、この問題を大きく見ている方も多いと思いますが、いくら多くても30億円で解決する問題です。韓国でも様々な議論がありますが、この徴用工問題を解決するには、韓国政府が賠償金を立て替える、いわゆる代位弁済、あるいは大統領の決断で、日本側に歴史問題、植民地問題が絡むことは金銭要求は一切しない、という決断をすればそれでオーケーです。

反発する勢力との話し合いのプロセスが大事ですが、実態をよく見ると、それほど大きな障害にはならないと思います。もう少し合理的にこの問題を話し合い、解決するためのプロセスを踏めば、日本との関係でこれ以上の障害にはならないと、私は少し楽観的に見ています。

現在、いくら韓国側が改善を図っても、日本政府の態度は、徴用工問題を解決するまで何もできないという態度です。そのような態度さえ改善されれば、日韓関係は上手くいくと、私は考えています。

西野 代位弁済をする場合、国会での議論や立法措置が必要になるのでしょうか。

李(元) イニシアチブは行政府側が取り、その後、企業の協力や民間の基金も入れてもいいし、最後には立法措置で解決されれば一番いいと思います。

しかし、立法までいくには、やはり時間がかかると思いますので、まず方向性として、日本企業の資産を強制執行してそれを取るか取らないか、といった回答を明確にすれば、後のテクニカルな問題は、それほど大きな問題にならないと思います。基本的に日本企業の資産を強制執行しない、現金化を留保するという方向性でいくと、いろいろな基金のつくり方や、立法の話になっていく。そうであれば日本側も反発する必要はないと思います。

若者たちがつくる新しい世界

西野 では、最後にこれからの日韓関係について皆さんの考えを伺います。

安倍 経済安全保障の観点から言うと、基本的に日韓は立ち位置が非常に近い。このことはお互いに改めて認識する必要があると思います。デカップリングが進む中で、ハイテク分野のサプライチェーンではアメリカを中心とした再編の動きがありますが、そのなかで日本と韓国は共に重要な位置を占めていて、しかも日韓は相互に緊密に結びついている。

その一方で、やはり中国は、日韓ともに貿易の比率が高いから無視できない。必ずしもアメリカ一辺倒ではいかないところも立ち位置が非常に似ています。協力できる共通利害があるのだ、と再認識する必要があるのではないか。そういう意味では、尹新政権は、対米観、対中観がかなり近く、日韓の共通利害も認識されやすいと思います。

もう1つ、これからコロナが明けて人の流れが自由になると、恐らく若者を中心とした人の往来が、非常に盛んになると期待できます。また、お互いの文化が浸透する中で、すでに韓国のスタートアップによる日本の若者向けサービスなどもかなり広がっています。こういった動きは、日韓を結びつける新しい芽として非常に期待できるところです。

日韓の経済交流というと、これまで政府や経済団体などを中心に議論されてきましたが、今、そこでは必ずしも捉えられていなかった新しい世界が広がりつつあることを既存の世代も認識して、少なくとも若い世代の邪魔はしない姿勢が重要ではないかと思います。

李(英) 李元徳さんのお話を聞いて、気持ちが明るくなったのですが、日本政府も態度を変えて韓国側に動く空間を与える必要があるのではないかと思います。日本が今のように、韓国が納得できる解決策を出さないと何もしない、みたいな感じであれば、韓国の世論も悪くなる可能性があります。

日本政府が徴用工問題や慰安婦問題で原則を変えることは難しいと思いますが、姜昌(カンチャンイル)駐日韓国大使が日本の外相にも総理にもまだ会っていないという状態は問題があると思うのです。だから原則は原則として、今から新しい対話や行動が始まる雰囲気を日本側もつくってくれればと思います。

安倍さんがおっしゃった通り、コロナ以後の若者たちの行動に期待しています。日韓関係が悪い時は、周りから「どう? 日本行ってもいい?」というような感じだったのですが、自由に日本に旅行に行きたい時は行ける状態に戻るだけでも結構、期待できるのではないかと思います。

必要となる日韓の協力

春木 なぜ国政経験のない人物を候補として選んだのかは重要なポイントだ、という西野さんのご指摘は本当にそうだなと思いました。私自身、尹錫悦氏の発言でインパクトが大きかったのは、「人に忠誠を誓わない」と言ったことです。これは、権力になびかないという点で新鮮に響きました。

韓国の政治文化は今まで非常に属人的でした。政権が代わっても日本があまり期待できなかったのは、この属人的な政治文化にあるのではないかと思います。制度やルールよりも、党派性や個人的関係が優先されるというところですね。この韓国の政治文化があったのでこの発言は新鮮でした。

最近、日韓関係の改善を次の世代に期待するという声がありますが、それは無責任ではないかと感じることがあります。日韓が、なぜいまこのような関係になっているのか。これは両国の大人たちの責任ですし、今の問題は今の政権が解決しなければいけないと思います。

日本も韓国も、まさに新しいリーダーが選ばれたわけですから、この時機を最大限に活かし、次の世代にバトンタッチできるような関係を構築してほしいと思います。

李(元) 今の日韓関係は非常に非正常になっています。だからこれから正常化するためにいろいろ努力すべきだし、少し大きな視点から考えると、今、米中の葛藤の中に韓国、日本が置かれ、北朝鮮の脅威は、依然としてこの地域の大きな障害要因です。韓国と日本が戦略的に協力すれば、国益や戦略がお互いのためになるということは、よく考えると当たり前のことなのになぜそれが実現できないのか。

未来のことを考えると、日本と韓国は国益や戦略が共有できる二国間関係であるということを自覚し、お互いに正常なあり方にもっていくために、努力すべきではないかと思います。

今回の韓国の政権交代は、関係が正常化に向けて働くためには絶好のチャンスになっているので、お互いに努力していけばいいと思います。

西野 確かに韓国の社会は変化しているし、日韓関係にも変化の兆しが表れている。他方、依然として両国の政治リーダーを取り巻く国内政治環境は、世論も含めて厳しいけれど、李元徳さんが指摘されたように、日韓を取り巻く国際情勢、国際政治は、むしろ日韓関係の協力を不可避なものとしており、大きな求心力として作用しつつあるという状況になっています。

制約がある国内状況にしても、皆さんの話を伺うと、やはり変化が起きていて、それをいかに上手く捉え、関係改善につなげていけるのかが重要になってくると、改めて思いました。

5月10日の就任式後、韓国では6月に国政レベルの統一地方選挙があり、日本では7月に参議院選挙があります。両政権ともこの難しい日韓関係に慎重にアプローチしなければいけない時期が続きます。

一方で、5月にはクアッドの首脳会談が日本であり、バイデン米大統領が日本に来て、韓国にも行くことが予想されます。そういった機会を日韓関係の改善につなげていくことができるのかが注目されるところです。

これからの日韓関係については、皆さんから考える材料をたくさんいただきました。読者の皆様にとって、この座談会が、今の韓国そして日韓関係を見つめ直す機会になれば幸いです。本日はどうも有り難うございました。

(2022年3月22日、三田キャンパスにて一部オンラインを交えて開催)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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