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【特集:日韓関係の展望】
添谷芳秀:日韓は外交理性を取り戻せるか──ウクライナの衝撃と中国への対応を中心に

2022/05/09

  • 添谷 芳秀(そえや よしひで)

    慶應義塾大学名誉教授

朝鮮半島をめぐる国際政治や安全保障を語るとき、「朝鮮半島と4大国(日米中ロ)」という視座をもつ人は少なくない。それに対して筆者は、日本と朝鮮半島が米中ロの3大国に囲まれているという分析視角を唱えてきた(拙著『日本の外交』ちくま学芸文庫、2017年)。戦略論のレンズは、ツボを押さえていれば単純な方がよい。その視点からみると、日本と韓国がいわば「同じ船」に乗っていること、つまり同じ外交・安全保障の課題を抱えており、将来設計を共有すべきことは明白である。

その背景には、米中の戦略的競争や対立がある。今後とも、中国の動向と米国の対応が、日本と韓国を取り巻く国際環境を左右することは間違いない。その上に、2月24日のロシアによるウクライナ軍事侵攻である。その帰趨のみならず、中国の台湾政策や軍事・外交戦略への影響は、米国との同盟関係にある日韓が共に考えるべき戦略的課題に他ならない。

ウクライナの衝撃と中国

ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、近年の国際政治の想定を超えた侵略としかいいようがない。ただ、事態が起きてしまった以上、その想定も崩れたともいわざるを得ないだろう。第1に、冷戦に勝利したという西側のユーフォリア(陶酔感)が錯覚だったことはいわれて久しいが、今回のロシアの行動はそれを完全に打ち砕いた。ウクライナのNATO(北大西洋条約機構)加盟阻止を絶対的命題とするプーチン大統領には、冷戦での敗北を認められない「ソ連帝国」の情念が渦巻いていたのだ。

第2に、冷戦後の米国主導による湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争の際には、幾多の問題を抱えつつも国連や国際法がかろうじて機能していたが、今回は全く無力であった。戦後の国際秩序は、日独という枢軸国に勝利した連合国(United Nations) の手による国際連合(United Nations)の設立によってスタートした。当初の想定は冷戦の発生によって戦後すぐに崩れたものの、1990年代の冷戦終焉によって機能を回復したところもあった。その間、日本とドイツは戦後秩序の優等生というべき国に変貌し、自由で開かれた国際秩序の構築に貢献した。そして今、国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアが、国際秩序の破壊者として立ち現れたのである。戦後秩序は完全にひっくり返ったともいえる。

東アジアに目を移せば、以上述べた戦後および冷戦後の想定の崩壊は、今の中国にも当てはまりそうである。ロシアと時間軸は異なるものの、中国も、「国恥百年」といわれてきたアヘン戦争以来の歴史に対する怨念を心に秘めている。さらに中国は、戦後の欧米中心の国際秩序の価値観や仕組みに対する異議申し立てに躊躇しない。また、そうした帝国の精神史的な心理ともいえるものが、独裁的な政治体制を一定程度国民が容認する背景にある点も、ロシアと中国の共通項かもしれない。

いずれにせよ、こうした大国ないし帝国の心理が今の中ロを突き動かしている根源的な衝動だとすれば、そこに中ロ間の絆が生まれる。ロシアのウクライナ侵略に対する中国の対応は、その絆を基点としたそれなりに困難な応用問題としてみることができるように思う。

台湾問題への影響

他方、ウクライナ問題と台湾問題を比べてみると、そこには重要な違いがある。米国やNATOには、ウクライナでの戦争に個別的自衛や集団的自衛の論理で介入する余地はほとんどなかった。介入すれば第三次世界大戦に拡大する可能性が懸念されるなかで、ロシアのように自衛の一環として強弁する無理を犯すこともあり得ないことだったろう。自衛の論理が効かなければ、米国やNATOの軍事行動を容認する国連の安保理決議が必要となるが、中ロが拒否権を行使することは自明であり、その成立可能性はゼロであった。

台湾問題に関しては、中国は「国内問題」として定義しているので、国際法的には武力行使のハードルは低いのかもしれない。しかし、米国にも国内法の「台湾関係法」がある。同法は、以下のとおり米国による台湾防衛の可能性を排除しない旨を定めている〈第3条C項〉。

大統領は、台湾人民の安全や社会、経済制度に対するいかなる脅威ならびにこれによって米国の利益に対して引き起こされるいかなる危険についても、直ちに議会に通告するよう指示される。大統領と議会は、憲法の定める手続きに従い、この種のいかなる危険にも対抗するため、とるべき適切な行動を決定しなければならない。

また中国は1970年代以降、日本が実効支配する尖閣諸島の領有権を唱えるようになったが、その主張は「古来より台湾の一部」というものである。したがって、台湾有事は日本にとってはすぐさま尖閣有事になる可能性が高い。それは日本にとっては自衛の問題であり、同時に日米安保条約第5条事態(日米共同対処)となる。さらに、台湾有事に米国が対応すれば、2015年の安全保障法制が定めた日本の存立危機事態となり、日本による集団的自衛権の発動を招き得る。ただ、一部政治家から時々聞こえる勇ましい議論とは裏腹に、日本政府に政治的にも軍事的にもその覚悟や準備はまだない(詳しくは、拙著『安全保障を問いなおす』NHKブックス、2016年)。

以上のとおり、台湾有事の際には米国や日本は直接的な当事者であり、そこにウクライナ事態との重要な違いがある。もちろん米国や日本が実際にどのような行動をとるかは、最終的には政治的決断の問題である。しかし、同盟関係にある日米両国の絆が、中国の判断や決定を複雑にしていることは間違いない。ロシアの軍事作戦の遅滞、大規模な経済制裁、国際世論の動向等を目の当たりにして、中国の台湾問題への対応はより慎重にならざるを得なくなったとみるべきだろう。

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