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【特集:日韓関係の展望】
塚本壮一:韓国新政権を見つめる「MZ世代」

2022/05/09

  • 塚本 壮一(つかもと そういち)

    ジャーナリスト、桜美林大学リベラルアーツ学群教授・塾員

K-POPに親しんでいる若い人たちを除けば、多くの日本人は韓国について、「政権が替わると大統領が逮捕される」などと語られるように、政治や社会の激しい動きを連想するのかもしれない。確かに、韓国は民主化以降、常に保守と革新(韓国では進歩と呼ばれる)に分断され、激しく争ってきた。2022年3月9日に行われた大統領選挙でも、保守系野党「国民の力」の尹錫悦(ユンソクヨル)氏が、革新系与党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)氏を得票率の差0.73ポイントという大接戦で破り、ようやく決着が付いた。であるからこそ、尹錫悦氏が当選を確実にして政権交代を決めた直後、「国民の統合」を目指すと述べたのは、当然のことだったのである。

しかし、5月10日に発足する新政権を待ち受けているのは、攻守ところを変えて野党となる革新勢力が多数を占める「与小野大」と呼ばれる国会だけではない。これまで、保革いずれの政権でも長らく解決されなかった多くの社会問題もある。ところが、新政権が覚悟を持って「統合」を進めながら諸問題に臨もうとしているのか、心もとない気配を漂わせている。本稿では、ジェンダーを巡る問題を中心に、今回の選挙結果に割り切れぬ思いを抱く女性たちの声に耳を傾け、新政権が果たすべき役割について考えていきたい。

「統合」の虚実

選挙が終わったいま、本来ならば、次期大統領となる尹錫悦氏は「統合」を約束したとおりに、敗者の側の革新勢力にも配慮しながら、激しい争いで広がった国内の亀裂を修復する役割が求められているのだろう。同氏がそれに取り組んでいないわけではない。例えば、4月3日、新政権の初代首相に、革新の金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)両政権で首相をはじめとする要職を歴任した韓悳洙(ハンドクス)氏を指名した。また、この日、韓国南部の済州島で行われた「4・3事件」の追悼式にも出席した。1948年から数年にわたり、多数の島民らが軍や警察に弾圧、殺害された事件で、毎年追悼式が行われているが、保守系の大統領や次期大統領が出席したのは尹氏が初めてである。

他方、文在寅(ムンジェイン)政権との間ではギクシャクした関係が続いた。尹錫悦氏と文在寅大統領との初会談が実現したのは、選挙から19日も経った後だった。尹氏は、大統領府をソウル市内の国防省の庁舎に移転するとの公約についても、文政権の反対を押し切ってあくまで政権発足と同時に実現するとしている。

革新勢力側が強く批判する尹錫悦氏のもう1つの公約が、女性家族省の廃止である。同省は2001年に前身の女性省が新設され、長く「女性の権益増進や社会参加の拡大」などの政策を担ってきた。しかし、尹錫悦氏は女性家族省について、「性差別が酷かった時期に設けられ、法制度を充実させるなどの役割を果たしてきた」と評価する一方で、「これからは、個別、具体的な不公正や犯罪事案にもっと確実に対応すべきであり、歴史的使命を終えた」と言明した。

保革にとらわれない「MZ世代」

ジェンダー問題が重視されるいま、時代の流れに逆行しているように見える女性問題担当省庁の廃止を尹錫悦氏が鮮明に打ち出したのは、投票の2カ月前、選挙戦が佳境に入ってからだった。投票前日、3月8日の国際女性デーには、女性家族省廃止の主張を改めてフェイスブックに掲げることもした。こうした尹氏の動きは、選挙結果に如実に表れた。KBS、MBC、SBSの地上波放送3社が投票日に行った出口調査から年代別の得票状況を見ると、尹錫悦氏は20代以下と30代の男性票を多く獲得した一方、女性票、特に20代の女性票を失っている(図参照)。

図 出口調査結果(地上波放送3 社による)

今回の選挙戦では、もとより、政権交代を望む有権者が過半数を大きく上回っていたことが各種世論調査から明らかで、尹錫悦氏優位とみられていた。尹陣営は若い年代の女性票を逃した結果、苦戦する結果になったのである。こうした若い世代は、1980年代から2000年代初めにかけて生まれたミレニアル世代と、1990年代中盤から2000年代生まれのZ世代を合わせた「MZ世代」と呼ばれる。尹錫悦氏は「MZ世代」の男性票の取り込みに成功したものの、女性票を逃したことになる。

もともと、若い世代は革新的な傾向が強いと見なされ、実際、朴槿恵(パククネ)政権を引きずり下ろして2017年の文在寅政権誕生をもたらした中核となったのもこの年代だった。ところが、2021年4月に行われたソウル、釜山両市長選挙では、「MZ世代」が保守系候補に投票して勝利の原動力となり、政界を驚かせたのだった。実は、「MZ世代」は保革の理念よりも生活を重視する傾向が強いとされる。就職難に苦しみ、異常なまでの不動産価格の高騰で家を持つ希望を持てないなどの閉塞した状況が、文在寅政権下で解決しないばかりか悪化したことで、「MZ世代」は、革新についても、明るい未来を切り拓く力量やマインドを欠く古い政治に過ぎないと見切りをつけたのである。たとえて言うなら、韓国の政治・社会が平面の上で保守と革新に分断されているとすれば、「MZ世代」は3次元の空間で物事を考える集団ということになるだろうか。保守、革新という単純な属性には収まらない人たちである。

尹錫悦陣営は大統領選挙に向けて「MZ世代」に着目することになるが、この世代全体ではなく、韓国語で「20代男性」を意味する「イデナム」を重視する戦術を繰り広げた。「イデナム」の間で高まる「反フェミニズム」の気運に乗った方が得票に結びつくと判断してのことである。若い男性らの間では、徴兵制で大学休学などを強いられる上、就職でも女性が優遇されていると不満を持つ者が少なくない。尹錫悦陣営の女性家族省廃止論は、ネットを舞台に「逆差別」を訴えて共鳴しあう「イデナム」の声に寄り添おうとしたわけである。尹氏は、女性が性犯罪事件などの被害がないのに男性を貶めるために虚偽の告訴をする誣告罪の処罰強化も掲げた。

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