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【特集:日韓関係の展望】
座談会:韓国新政権と日韓関係のこれから

2022/05/09

  • 李元徳(イ ウォン ドク)

    国民大学校社会科学大学日本学科教授

    1985年ソウル大学校外交学科卒業。専攻は日韓関係史、国際関係論。博士(学術[東京大学])。慶應義塾大学法学部訪問教授。著書に『日韓関係史』(共編著)等

  • 安倍 誠(あべ まこと)

    日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所新領域研究センター長

    1988年一橋大学経済学部卒業。九州大学大学院経済学府博士後期課程修了。博士(経済学)。専門は韓国経済・企業・産業。著書に『日韓経済関係の新展開』(編著)等。

  • 春木 育美(はるき いくみ)

    早稲田大学韓国学研究所招聘研究員

    延世大学校大学院修士課程修了。同志社大学大学院博士課程修了。博士(社会学)。慶應義塾大学法学研究科研究員等を経て現職。著書に『韓国社会の現在』等。

  • 李英喜(イ ヨン ヒ)

    中央日報・ JTBC東京総局駐日特派員

    塾員(2012法修)。1999年延世大学校政治外交学科卒業。2000年文化日報入社、社会部、国際部を経る。07年中央日報入社、文化部、国際外交安保部を経て現職。著書に『なんとなく大人(어쩌다 어른)』等。

  • 西野 純也(司会)(にしの じゅんや)

    慶應義塾大学法学部教授、同大学朝鮮半島研究センター長

    塾員(1996法、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。2016年慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治、現代韓国朝鮮政治。著書に『朝鮮半島の秩序再編』(共編著)等。

大統領選のポイントとなったもの

西野 3月9日に韓国で大統領選挙が行われ、革新系の文在寅(ムンジェイン)大統領の次代を担う大統領として、保守系の野党「国民の力」の尹錫悦(ユンソクヨル)氏が与党の李在明(イジェミョン)氏を破り当選しました。選挙結果が得票率の差にしてわずか0.73%、得票数にして24万票あまりの差で、民主化以降、8回あった大統領選挙の中でもっとも僅差での決着となりました。投票率も77.1%と前回2017年とほぼ同じで、高い投票率だったと言えるのではないかと思います。

本日はこの選挙戦の結果を受けて、どのような韓国社会の変化がそこに反映されているのか、そして新政権となり日韓関係がどのように変化していくのか、その展望を伺いたいと思います。

まず初めに選挙戦を振り返ってどういう感想を持たれたか。春木さんからいかがでしょうか。

春木 今回の選挙では、「20代の票」の行方にかつてないほどの注目と関心が集中しました。20代の票がキャスティングボートを握ることになり、若者を意識した選挙戦が展開されましたが、結果的に20代の男女で極端に異なる投票行動が見られました。

李明博(イミョンバク)大統領が当選した2007年の大統領選ぐらいから、「経済成長」が大きなキーワードになってきましたが、若い世代はもはや保革の理念にとらわれず利害で動く無党派層が多いという特徴があります。

そして今回、保守系野党の尹錫悦氏が20代男性の票を意識して、「女性家族省廃止」といった公約を掲げましたが、実際に20代男性の支持が高まる効果が見られました。「男性対女性」の分断を煽り、政治的に利用した選挙戦でした。就職難などの構造的問題から目をそらすかのように、ジェンダー対立ばかりが強調されたのは、残念なことでした。

今までも女性票を意識した公約は金大中(キムデジュン)氏も盧武鉉(ノムヒョン)氏も掲げていました。文在寅大統領に至っては、当選したらフェミニスト大統領になると宣言し、女性票を集めようとしました。しかし、今回は逆に「20代男性」に焦点を当て、「負の共感」で票をまとめようとしたところが今までと違います。

結果として、社会の分断が深まることになりました。

西野 後ほどまた詳しく伺いたいと思いますが、「負の共感」という非常に興味深いキーワードをいただきました。韓国で見ていらした李元徳さんはどのようにご覧になったでしょうか。

李(元) 今回の選挙で注目するポイントは4つあると思います。第1に、おっしゃった通り、今回の大統領選挙は最後の瞬間まで全く予断を許さない僅差の選挙で、尹錫悦氏の勝利も薄氷を踏むようなものでした。

投票日の1週間前に保守系候補の一本化があり、安哲秀(アンチョルス)候補が尹錫悦陣営に合流するという動きがありました。私はこの一本化によって尹さんが勝利したと思っていますが、逆に、一本化に反発する李在明さんのほうに結集力が働いたという分析もあります。

2つ目は、有力候補の2人とも、政治家としては新人で、国会議員の経歴が全くない方であったということです。尹さんは30年間、検察の経験しか持っていない方で、李在明さんは京畿道(キョンギド)の知事や市長の経歴はありますが、国政の経験は全くありません。そういう人同士の対決でした。

3つ目として、非常にネガティブなキャンペーンが行われた選挙戦でした。李在明さんは、大庄洞(デジャンドン)の土地分譲をめぐる不正疑惑が大きく取り上げられ、尹さんは、検察告発の疑惑などで攻撃されました。逆に言えば、今回の大統領選挙では政策による競争が本当にあったのか。建設的な争点が失われた選挙であったということは非常に残念に思っています。

4つ目のポイントは、先ほど世代やジェンダーの問題を言われましたが、今回の選挙も、いつも韓国の選挙で出てくる地域主義、世代、所得差に加えてジェンダーの4つの側面がそれぞれ非常に表面に出た選挙であったと私は見ています。

総じて言うと、今回の大統領選挙は1つの争点がありました。それは政権交代するのか、それともリベラルな現政権を維持するのかということで、これが選挙戦前半の大きな流れでした。

結果的に、選挙によって革新系から保守系の政権に代わったということが、一番目立つものではないかと私は見ています。

日本はどう選挙戦を見たか

西野 今回の選挙の特徴を包括的にまとめていただきました。非常に接戦だった中で、結果的に保守一本化によって尹さんが勝った。ご指摘のように、この一本化は果たしてどれだけ効果があったのか、韓国内でも評価が分かれているのだと思います。確かに結果を見ると、当初、李在明さんがあまり振るっていなかった地域で、急速に盛り返しているところが多数あります。

それから、2番目に挙げられた国政経験がないということは、まさにその通りで、これも民主化後の選挙で初めてのことです。選挙戦のプロセスの中では、国務総理を務めた李洛淵(イナギョン)さんのような方もいらしたわけです。それにもかかわらず、最終的に国政経験のない2人を大統領候補として国民は選んだということが何を意味するのか。そこは重要なポイントかもしれません。

政策論争が十分ではなかったというのは、ある意味いつものことですが、今回、ネガティブキャンペーンが非常に強かった部分は確かにあったかと思います。

では、東京特派員として日本で韓国の大統領選挙を見守った李英喜さん、この選挙戦をどのように見て、また韓国の選挙を見る日本をどのように感じましたでしょうか。

李(英) 今回の選挙はコロナもあり、事前投票がこれまでより大幅に増えたということ、また直前の保守系候補一本化もあり、最後まで予測が難しい選挙で、各メディアも様々な情報の中で紙面作りに本当に苦労していました。

日本の中で韓国の大統領選挙の報道を見たのは今回が初めてですが、今回の感想だけを言えば、私は日本のメディアは韓国の選挙に結構興味があるのだなと感じました。特に朝の情報番組等で韓国の候補者の妻の問題を詳しく扱っていて、韓国人もよく知らないことを話しているなと思いました(笑)。

他の方に聞くと、以前はもっと政策に関心があり、今回は当選結果も一面で大きく取り上げた新聞もあまりなかったので、むしろ韓国の政治に対する関心があまりなかったとおっしゃる方もいました。

私は、今回の韓国の大統領選挙は、日本のメディアではちょっとエンターテインメントになっていたのではないかと思います。エンタメ化して、韓国はこんなに分裂している、おかしいことが起きているといった感じで見ていたように感じました。

問題は、こんなに僅差で終わったので、これから後遺症が結構大きいと思います。普通、大統領選挙が終わると、新しい大統領への期待で支持率が70%ぐらいになります。しかし、今回は、昨日の世論調査でも48.5%ぐらいと50%を超えていない。就任前なのに執務室移転問題が物議を醸していますし、本当に心配しています。

西野 韓国の選挙を見る日本については興味深い指摘をいただきました。今回の選挙に限らず、日本で韓国を見る見方は、ご指摘にあったようにエンタメ化して面白おかしく見るような傾向が強まっていると思います。

選挙結果が日韓関係に非常に大きな影響があるということが明らかだったのに、そういった側面に焦点を当てた報道があまりなかったことは残念に思います。

それから、今まさに韓国で起きていることですが、後遺症が深刻になるのでは、というご指摘はその通りで、すでに文政権を巻き込む形で与野党対立が激化していて、尹政権はスタート前から困難な状況にありますね。

政権交代の要因

西野 先ほど李元徳さんから、政権交代という雰囲気が強く、それが尹さんを大統領に押し上げたというご指摘がありました。

なぜ、政権交代の雰囲気が強くなったかというと、やはり文政権の経済政策の失敗、特に不動産・住宅の問題、そして政権発足時から重視してきた雇用の問題だと思います。恐らく国民の目から見ると、それが不十分に映った。それが今回の選挙の結果に結びついたと言われていますが、安倍さんいかがでしょうか。

安倍 これまでの大統領選挙では何かしら争点というか、次の政権の課題が割とクリアな形だったことが多かったかと思います。例えば、李明博氏が当選した時は、春木さんが指摘されたように経済成長が争点になり、朴槿恵(パククネ)氏の時には経済の民主化ということが大きなイシューになっていた。そして文在寅政権誕生の時には雇用(イルチャリ)の問題が大きくクローズアップされましたが、今回は、「これが争点」というものがあまりはっきりしなかった。

選挙戦を通じて、経済政策が議論されることもあまりなく、むしろお互い、中間層を狙うために、自分の政策にはっきり色を出さないほうがいいと思った部分もあるかもしれません。いずれにせよ、今回の選挙は与党が負けた選挙であることは間違いなく、その意味では与党の政策が評価されなかったということです。

それは西野さんが指摘された経済政策、不動産・住宅の問題が非常に大きかったと思います。不動産の問題をきっかけに、理念先行の政策や、いわゆる「ネロナムブル」(他人がすれば非難する行為を、自分がした時には正当化する)の問題に対する国民への不満が、政権の問題として出てきた。

それから、文在寅政権が誕生した時の「ろうそく革命」は、若者の力が大きかったわけですが、その若者に失望感を与えてしまった。特に不動産や雇用の問題で期待に応えられなかった。若者世代はジェンダーの問題に引き裂かれた部分もありますが、その背景にある、雇用や生活格差の問題に応えられなかったことが、政権交代につながる大きな要因であったことは間違いないと思います。

西野 文政権が掲げていた政策の柱、スローガンにいわゆる「所得主導成長」というのがありますが、これは経済学者の方からはかなり厳しい評価が聞かれます。文政権の経済政策の功罪は、どのように評価できますか。

安倍 「ろうそく革命」で誕生した文政権は、自分たちは革命政権だという高揚感の中で、非常に左派色の強い政策を当初どんどん行っていきました。その最たるものが「所得主導成長」だと思います。

しかし、特に最低賃金の大幅な引き上げなどは副作用が大きかったですし、彼らのやった政策は、問題のあるものが多かったという評価は正しいと思います。

ただ、途中であまり上手くいかないとわかったら、それをパッと放棄した。ここが、ある意味、韓国の強みと言いますか、結局、経済官僚出身の人たちが根強く政権内にいて、最終的に政権は経済官僚出身の人たちを頼って安定的な経済運営に戻ったのです。

例えば最初は財閥に対しても非常に強く出たわけですが、成長には財閥は不可欠ということで関係を改善し、軌道修正を上手くやったわけです。コロナ対策も少なくとも当初は機敏に行い、経済対策もそれなりにやってきたので、最終的には大きな失敗なくやってきたと評価できるのではないかと思います。

ただし、社会福祉を大幅に拡充したこともあって、財政支出をかなり拡大しました。この点は、健全財政を維持してきた過去の政権の路線とは、大きく異なっていたと思います。

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