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【特集:日韓関係の展望】
張済国:新たな韓日関係を目指して──「釜山・福岡国際特区構想」を中心に

2022/05/09

  • 張済国(チャン ジェ グク)

    韓国・東西大学総長、前韓国三田会会長・塾員

はじめに

韓日関係が最悪の状況にある。過去にも両国関係は歴史認識の問題が浮かび上がるたびに紆余曲折を繰り返してきたが、現在のように悪化した状態が長期間続いたことはない。文在寅政権の5年間、韓日首脳会談は一度も開催されず、文大統領の在任期間中、日本の総理大臣が韓国を訪問することはなかった。極めて異例な事態であると言わざるを得ない。このような両国関係の冷え込みは、 2015年12月に朴槿恵政権と安倍政権との間でなされた「慰安婦合意」に対して、文在寅政権が曖昧な立場を表明したことから始まった。文政権はこの合意に対し、被害当事者との十分な協議がなかったと主張し、「被害者中心主義」という概念を掲げた。「被害者中心主義」とは、被害当事者に受け入れられない国家間の合意は成り立たないというものである。日本政府は、「政権が変わったからといって、国家間の合意を破棄することは受け入れられない」という立場を堅持した。文政権は、任期末になって慰安婦合意は依然として有効だという立場を明らかにしたが、すでに両国間の信頼が崩れた状態であったため、日本側からの反応は特になかった。

さらに日帝時代(日本統治時代)の韓国人徴用工被害者に対する賠償を日本企業に命じた2018年の韓国最高裁判所の判決は、韓日関係を回復不能にした。日本政府の立場では、徴用工問題は1965年の韓日基本条約の締結で完全に解決された問題であるとされ、一方の韓国政府の立場では、三権分立制をとる民主国家において司法府が下した判決に対し、行政府ができることには限界があると主張するのである。これに加え、2019年に日本政府による一部品目の対韓国輸出管理の厳格化措置の発動は、韓国国民を刺激するに十分であり、両国関係は極度の緊張関係に達した。弱り目に祟り目で、2020年春、全世界的な感染症である新型コロナウイルスが猛威を振るうと、日本は直ちに外国人の入国を制限し、韓国人の日本入国は基本的に不可能になった。一時は750万人にのぼる規模の韓国人の日本訪問がなくなり、また韓国の主要都市にあふれていた日本人観光客は姿を消すことになった。

韓日関係悪化の原因

韓日関係がこのような危機に陥った原因を次のように分析できるであろう。

第1に、歴史問題に対する韓日間の見解の相違を指摘しなければならない。韓国は日帝時代に36年間植民地支配を受け、まだ被害者が生存している。彼らの痛みは一生続き、彼らに対する国民的な慰めの感情が社会全般に根付いている。民族愛の強い韓国国民は、祖父母の世代が経験した苦痛は、他ならぬ自分の苦痛と同じだという意識が強い。韓国人にとって歴史問題は法の問題ではなく心の問題である。心が癒されてこそ、歴史問題が解決できるという認識が強い。これに対して日本の立場は、1965年の韓日両国が結んだ基本条約、1993年の河野談話、1995年の村山談話、そして1998年の韓日パートナーシップ共同宣言、2015年の韓日慰安婦合意など、これまで数多くの機会を通じて解決を模索してきたことで、歴史問題はもはや解決されたと見るのである。「いつまで韓国の謝罪と賠償要求に振り回されるのか」という世論が強い。このような歴史認識に対する差を克服することは容易ではなかろう。

第2に、日本社会の保守化と韓国社会の進歩化を挙げることができる。安倍晋三元首相の保守的性向は日本社会全般に影響を及ぼし、これまで歴史認識問題で韓国側の立場に理解を示してきたいわゆる日本社会の進歩勢力を萎縮させる結果をもたらした。そのうえ、韓国から発信される反日感情は、彼らの居場所を失わせた面もある。韓国の場合、文在寅政権の誕生と共に80年代に活躍した、いわゆる民主化運動勢力が政治の前面に出るようになり、社会の進歩化が進んだ。韓国の保守勢力は比較的日本との関係を重視する反面、進歩勢力は相対的に日本に批判的な傾向がある。両国ともに政権の政治的目的を達成するために反日、嫌韓感情を利用したということを決して否定することはできまい。

第3に、韓国の国際社会における地位の上昇と日本の相対的地位の低下が、両国関係の悪化に影響を及ぼしていると考えられる。日本は「失われた30年」と言われるほど経済は低迷している。一方、韓国はこれまで着実に成長し、世界10位圏の経済大国に成長した。ある統計によると、韓日間の国民総生産(GDP)の格差が1965年に約1(韓国)対30(日本)であったのが1990年代には1対10に、最近は1対3に縮まった。これは韓国が開発途上国ではなく、先進国の仲間入りをしたことを意味する。その上、韓国のK-POPは世界的な人気を呼び、東南アジアを中心に韓流ブームを通じた「人気のある国· 韓国」として、その地位は相当向上した。このように韓国はもう日本に堂々と「No」と言える国になった。日本はまだ韓国のこのような地位の変化について認識していないか、もしくはあえて気づかぬふりをしているのかもしれない。韓国の成長は両国関係を困難にする1つの要因になっている。

第4に、韓日関係は依然としてソウルと東京の関係、つまり政治的関係に大きく左右される関係であるということである。実際、韓日関係は中央政府間の関係だけでなく、地方都市間の交流が非常に活発だ。韓国のほとんどの地方自治団体は日本の地方自治団体と友好交流協定を結んでいる。釜山広域市だけでも大阪市と友好協力都市協定を、下関市と福岡市とは姉妹都市協定を結んでいる。それにもかかわらず、政治的関係が悪化すれば、地方に根付いた草の根交流が何の役割も果たせず、むしろ政治的関係に従属する構造を持っている。中央政府間の関係が悪化すれば、地方が長い間築いてきた友好と信頼を土台に中央を牽制しなければならないのに、そのような役割を全く果たせていない。韓日関係が悪化すると、韓日地方都市間の交流が完全に中断する現象が、そのような現実をよく示している。

上記のような原因が続く限り、韓日関係の回復は遠いと思われる。それにもかかわらず、最近、韓日関係を回復させ得る好材料が生じたということは注目に値する。

何よりも韓国と日本に新たなリーダーが誕生したという点である。韓国では去る3月9日、保守党の「国民の力」の尹錫悦(ユンソクヨル)候補が第20代大統領に当選し、5月10日に新政権が発足する。尹錫悦新大統領は、韓日関係の改善に積極的な姿勢を示している。大統領選挙期間中、尹候補は「(文在寅政権では)国益を優先するのではなく、外交が国内政治に入ってきたために、韓日関係が最悪な状況に陥った」とし、韓日間の「シャトル外交」の再開を明言していた。日本の場合も岸田首相は安倍元首相と政策路線の差別化を図っており、今年7月予定の参院選が終了すれば韓日間に新たな動きがあると期待する専門家が多い。

それにもかかわらず、両国のリーダーの交代以外には、上記の諸原因が変わることはない。そのような意味では、韓日関係が依然として停滞状態または改善したとしても、悪化につながる可能性があることを暗示する。そうなっては安定的な韓日関係の維持· 発展はできない。

本稿の後半部では、上記4つ目の要因に注目し、ソウルと東京の関係を牽制できる新たなパラダイム構築に向けたこれまでの取り組みと、今後の課題について紹介したい。

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