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【特集:日韓関係の展望】
座談会:韓国新政権と日韓関係のこれから

2022/05/09

外交安全保障政策の転換

西野 これまで伺ってきた韓国社会の変化が、韓国の外交や国際社会との関わり、国際社会における韓国の位置、地位にどのように影響してくるのか。これはいつものことですが、今回の選挙でも外交安全保障は、大きな争点にはならなかったと思います。

このあたりは、李元徳さんは現時点でどのように評価していますか。

李(元) 言われた通り、今回の大統領選挙で、外交政策は総じて言うならば、それほど大きな争点になりませんでした。両陣営の公約を見ても、あまり差が見えなかったと思います。ただし、実際には両陣営の外交安保政策には大きく差別化できる要素が存在すると、私は見ています。

まず、それを見る前に、この選挙に国際政治の変数がどのように影響したのか、少し指摘したいと思います。

1つは、ロシアのウクライナ侵攻です。これは韓国の有権者に主権の問題、国家安保の問題を軽く見てはいけない問題だと思い起こさせたということから、ある程度影響したと思います。

それから北朝鮮のミサイル実験が今年に入ってから10回ほどありました。このことも韓国の有権者の投票行動に少しは影響があったと見ています。

もう1つ、北京冬季オリンピックが選挙戦の最中にありましたが、そこで中国の判定に公平でないことがあり、少し反中的な感情が沸き起こりました。このような国際的な変数も、選挙に多少影響したと見ています。

尹さんの外交政策の基本的な考えと文政権、あるいは李在明さんのそれとは非常に違うと思います。文在寅政権は外交安保政策の基本を北朝鮮との関係に置き、いわゆる「韓(朝鮮)半島平和プロセス」が、外交安保政策の中心でした。その次に、対米関係、米中関係で、日本との関係は、それに続く位置付けであったと思います。

そのような外交安保政策は、政権交代によって大きく変わると思います。尹さんは外交安保戦略の基本を韓米同盟に置いていて、米中の戦略競争の中でも、確かにアメリカ寄りの方向性を持っていると私は予想しています。当然、北朝鮮との関係も根本的な変化が生じ、北朝鮮の核やミサイル危機に対しては、断固とした態度を取るでしょう。そしてアメリカを含む国連と協調しながら、北朝鮮政策を考えていくのではないかと思います。

日本との関係は後に譲りますが、中国との関係も、大きな変化があるのではないかと思います。文政権のいわゆる対中政策の3不原則(1 韓国内にTHAAD[高高度防衛ミサイル]を追加配備しない、2 米国のミサイル防衛網に加わらない、3 日米との軍事同盟を構築しない)があったのですが、尹さんは、これは維持しないと言っています。

恐らく政権交代により、社会経済政策より外交安保政策が、大きな方向転換を示すのではないかと考えています。

西野 選挙戦の公約ではあまり差が見えなかったという話でしたが、どういったところが似ていたと言えるのでしょう。

李(元) 例えば、北朝鮮に対する対応は、両候補とも文面だけを見ると、断固とした対応を取るが、対話を通して問題を解決するということで、あまり差が見えませんでした。

対日政策の面でも、2人とも、いわゆる「金大中・小渕宣言」を継承するとか、実用的な観点から日本との関係を考えるとか、言葉の上ではあまり差が見えないと思っていました。実際外交政策には大きな差があるにもかかわらず、選挙戦ではその差が大きく取り上げられなかった印象です。

韓国人が抱く安全保障上の不安

西野 李英喜さんはいかがでしょう。

李(英) 外交政策は重要な争点にはならなかったと思いますが、ウクライナ侵攻という事態の中で、今の文在寅政権の外交政策のままでいいのかという不安は結構あったように思います。

特に中国に対する反感が大きくなり、また北朝鮮が5年間全然変わらない状態なので、政策転換が必要だと感じた人は多かったのではないかと思います。

しかし、実は私もそうですが、韓国人はアメリカと日本と組むのが韓国の利益になると思いつつも、北朝鮮を敵に回して強い姿勢を見せると、韓国で戦争が起こるのではないかという不安もあります。韓国の平和のためにどちらを選ぶのがいいのかわからない、という不安を持っていると思います。今のままでは問題があると思っても、尹錫悦さんのように反対側に行けばいいとはっきり言えない人が多い。難しい問題だと思います。

私も北朝鮮との関係が悪くなると、「これは危ないのではないか」という感じがあります。韓国人は皆が危機感を感じています。私は基本的には変わることが必要と思いますが、尹錫悦さんの外交政策は、この難しい状態をどう調整していくのか心配もあります。

西野 今のご指摘は韓国の多くの方々が感じているところではないかと思います。安全保障政策にもう少し力を入れたほうがいいのではないかという思いはある。しかし、尹次期大統領が言っていること、例えば対北朝鮮先制攻撃能力や、THAADの追加配置などを実際にやると、短期的に朝鮮半島で軍事的緊張が相当高まりかねない。それで本当に大丈夫なのか、という思いなのでしょうね。

それから、文政権の「朝鮮半島平和プロセス」は、結局、挫折したかもしれませんが、それでも2017年に米朝両国間で極度に高まった軍事的緊張を収束させるのに役割を果たしたとの評価もあります。李元徳さんはどのように見ていますか。

李(元) それは保守と革新で非常に違った見方で捉えているのではないかと思います。選挙戦中の尹さんの発言で問題になったのは、北朝鮮への先制攻撃論です。これはあまりにも政治宣伝によって煽られ、南北間の軍事的緊張が高まる、と批判されたのですが、これは韓国の『国防白書』にも書かれているもので、戦略的概念としては全く問題ないと思います。

それから、日本との軍事協力で、日本の自衛隊を朝鮮半島に入れるのかと、論争がありました。それも言い過ぎで、尹さんはそんなことを言ったこともないし、現実には日本と韓国は安保の面でアメリカを経由して協力体制を組むことは、以前からやってきていたことで、それほどおかしなものでもない。

中国との関係でも、THAADの追加配備が韓国の安全保障のために必要であれば、主権の原則から見てもおかしくないと私は見ています。これらは選挙戦のプロセスで、歪曲された部分が大きいと思います。

私は北朝鮮との今の関係を含め、北東アジアの国際情勢を見た場合、尹政権でやっとリアリズムに戻ると見ています。

文政権の時に無理に北朝鮮との対話を重視し、韓国の現実的な外交安保政策が揺れ動いてしまった。平和プロセスを進めても結果は何もなかった。北朝鮮は依然として核開発、ミサイル実験を続けていて、結果的に韓国の平和、安全保障にプラスであったとは言えないと思います。

その意味では、外交安保政策の正常化の機会がやっと戻ってきたような気がします。

「先進国意識」が生み出すもの

西野 そろそろ日韓関係についてお話を伺いたいと思います。春木さんは、今の日韓関係をめぐる状況をどのように見ていらっしゃいますか。

春木 外交安保は専門ではないのですが、特に若い世代で中国に対する反感がすごく高まっていることに驚いています。韓国の若い世代は、日本に対する好感度も一番高かった世代です。

この世代は生まれた時から自分たちが遅れているという意識はなく、先進国だという意識が強いので、中国、日本に対しても対等な意識を持っているのです。だから、その自尊心を傷つけるようなことがあると一気に反発が強まるようです。

そして日本の若者も、いまや「私たち日韓は同じ先進国の人間として」と言います。日本の上の世代の方は序列意識で見ていますが、若い世代はフラットに対等な関係で互いを見ている。そこを考慮していかないと、次の世代の日韓の関係は上手くいかないと思っています。

西野 若者たちの国際関係を見る目が、上の世代とは全く違うということですね。それが日本との関係においては、プラスに作用する可能性が十分あるという趣旨かと思います。

先ほどの話に引き付けると、与党、野党とも、外交安保政策における共通点は、韓国が先進国になり、世界10位の経済大国になったことと、それに伴う韓国の誇りや自負心といった感覚だと思います。韓国は国際的な名誉ある地位を占めていて、そこを基盤として外交安保政策を展開する、ということは共通していると言えます。

尹政権の場合はそれがより強く、自由民主主義国家との連帯や、日米豪印4カ国による枠組み「クアッド」参加への積極的な立場、そしてODAも含めたより一層の国際貢献を選挙戦から主張していました。

安倍さん、韓国の経済的な成長達成の側面からはいかがでしょうか。

安倍 どちらかというと、最近になって「韓国に抜かれた」という意識を持ち始めたのが日本で、韓国の人はもう10年ぐらい前から、日本は大したことはないという意識が強くなっているのだと思います。少なくとも経済に関しては、日本に対しての劣等感みたいなものはなくなってきているという印象を持っています。

先進国意識ということからすると、コロナ対策の「K防疫」などは、韓国の人の「自分たちは遅れていない、むしろ進んでいる」という意識を強めたと思います。ただ、そこから今後どうやって国際社会の中で、その意識に見合った地位を占められるかというところは、いろいろな意見があるかと思います。

例えば今回のロシアに対する先進国の動きに、韓国は一歩遅れたところがありました。今の政権が北朝鮮問題を考えてロシアに対して配慮したのかもしれませんが、韓国は通商国家という面が大きく、通商面での影響をまず気にしたところもあると思います。

実際、エネルギーではロシアからの輸入はそれなりの地位を占めており、輸出では自動車をたくさん売っている。なので、民主主義陣営の一員、先進国の一員としてよりも、まず通商に対する影響を考えてしまう発想が強いのかとも思います。

そこが今後どう変わっていくのかが先進国の一員としての韓国の課題かと思います。

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