三田評論ONLINE

【特集:日韓関係の展望】
座談会:韓国新政権と日韓関係のこれから

2022/05/09

尹政権の経済政策の課題

西野 今回の選挙は国民の観点からは、次の政権は自分の暮らしをどのくらいよくしてくれるのか、ということに一番関心があったのでしょう。それが不動産・住宅の問題だと思います。しかし、尹さんも5年間で250万戸造ると言っていますが、これは時間がかかりすぐには実現できない問題です。

雇用の問題にしても、文政権、あるいはそれまでの歴代の政権が力を入れてきているのになかなか解決は難しい。さらに、文政権が目指した、いわゆる富の集中の改善、格差の是正も、評価方法によっては、むしろ広がったという見方もあります。

こういった状況を踏まえ、尹政権は、どういうところに優先順位をつけて進めるのか、あるいはどのくらい大きく政策転換をするのでしょうか。

安倍 おっしゃる通りで、非常に難しいですね。特に不動産に関しては、とりあえず供給を増やさなければいけないわけですが、すぐに造れるわけでもない。

また、供給を増やせば、市況がガクッと下がる可能性も当然あるわけです。すると、現在所有している人たちは財産が大きく減ることになるので不満を持ちます。また値段が大きく下がると、負債の問題がより顕在化することにもなり、舵取りは非常に難しいと思います。

世代ごとの問題として若者の失業問題、高齢者の貧困問題がありますが、特に若者の問題は深刻です。高齢者に対しては、基礎年金と呼ばれる直接給付を増やしたり、政府が短期の直接雇用を行ったりすることで、文在寅政権でもそれなりに成果を挙げてきました。

一方、若い人が望むのは単にお金だけでなく、よりよい仕事です。正規職で、かつ自己実現できる仕事が欲しいとなると、それは政府の短期的な対策でやれるものではなく、文政権はその要求に応えられなかったわけです。尹政権も何か即効性のある具体策を持っているわけではないので、そこは非常に苦しむと思います。

ただし、尹政権が経済政策に関してはっきりしているのは、経済はなるべく民間に任せ、そのために規制を積極的に緩和するというところです。尹錫悦さんは自分が影響を受けた本としてフリードマンの『選択の自由』をたびたび取り上げ、市場の自由を尊重する考え方への共感を表明しています。

いかに規制を緩和し、新産業を創出するか。そしてスタートアップもつくりやすくするか、といったことに焦点が当たるだろうと思います。ただし、これらの政策による成長も一定の時間がかかりますので、それを国民が待ってくれるかがカギになります。

ジェンダーという課題

西野 今の話とも関わりますが、韓国社会で様々な亀裂が生じている。伝統的にあった保守と進歩のイデオロギーや地域主義、2000年代以降顕著になってきた世代間の対立に加え、今回の選挙では、特に若者の社会的状況が焦点になり、その中でもジェンダーの対立、葛藤が非常に重要な要因として浮かび上がりました。

こういった社会の格差、亀裂について、尹政権がどの程度解決していくことができるのか。特に若者からの、今の「586世代」と言われる主流世代に対して既得権層とみなす反発は相当強いようです。春木さん、いかがでしょうか。

春木 安倍さんがご指摘されたとおり、根源にある経済の問題は大きいです。韓国政府は高学歴の若者に海外就労を促す国家プロジェクトを推進しています。そういったことからも将来不安に直面している若者は、自分たちは弱者であり、社会的安定を保障してほしいと政治に訴えているわけです。

文政権はいろいろ問題があったと思いますが、2021年現在、韓国にはユニコーン企業が18社あります。これはすごいことだと思います。研究開発投資に力を入れていましたが、その成果が出始めているのでしょう。

一方で若者の就職市場を見ると、就職活動を諦めた若者が62万人ぐらいいるわけですが、韓国の若者はチャレンジ精神があり、起業意欲も高いです。

ネットフリックスで日本でも流行った「梨泰院(イテウォン)クラス」と「スタートアップ」というドラマがあります。2つとも大卒ではない主人公がベンチャーで成功するというサクセスストーリーです。これはファンタジーではありますが、若者に希望を与えるドラマだと思います。こういうチャンスや働き方、希望を現実にすることが次期政権のなすべきことかと思います。

李(英) 私は女性で40代ですが、私の周りではジェンダーのイシューが今回の選挙で爆発したみたいな感じですね。2016年に「江南(カンナム)駅殺人事件」があり、この殺人事件の動機が女性嫌悪にあると言われる中、若い女性たちがフェミニズムを勉強し始めました。2018年には「#Me Too」があって、フェミニズムが浸透していたところに今回の大統領選挙で表面化した感じがします。

世論調査では、最終的に20代女性の58%ぐらいが李在明さんを支持したと出ています。浮動票だった20代女性が、最後に「尹錫悦はダメ」みたいな感じになり、この世代の女性たちの力は結構強いと感じました。

李在明さんの民主党に投票する人も増えたし、正義党から立候補した女性の沈相奵(シムサンジョン)さんに後援金を送る運動もありました。このジェンダー間の分断の問題を尹錫悦さんがこれからどうやって扱っていくのかに注目しています。

「女性家族省」もなくなるかもしれません。しかし、法的には韓国に女性差別はないかもしれませんが、実際の生活上では差別があることは皆わかっています。40代の女性の間でも、「女性家族省」に問題があると考えている人も多いのですが、では残っているジェンダー分野の課題はどんな機関でどう扱っていくのか。このことは本当に重要だと思います。

「女性家族省」廃止問題の捉え方

西野 お話にあった尹さんの「女性家族省」廃止の公約は、韓国社会で大きな問題になっており、政権の行方をかなり左右することになりそうです。

尹さんは「廃止」と、かなり強い言葉を打ち出しましたが、この問題を長く観察・分析していらした春木さん、どう見ていらっしゃいますか。

春木 「女性家族省」は当初、「女性省」としてスタートしましたが、政権交代で廃止されないよう、大きな予算がつく家族政策も担うようになりました。

ただ、性別分業の再生産の問題は残りました。文在寅政権下での「女性家族省」の大きな問題は、与党の大物政治家たちのセクシャルハラスメント事件が起きた時の対応が不十分で、女性の人権擁護機関としての役割を果たしていなかったことです。

「女性家族省」の存廃を超えて、韓国社会が目指すジェンダー政策や家族の多様化について論じるべきと思います。

西野 具体的にはどういった論点があるのでしょうか。

春木 1つは再生産労働をめぐる問題があります。韓国では性別分業に基づく家族制度への抵抗感から非婚が増え、出生率が低下しました(2021年の合計特殊出生率、0.81[暫定値])。もちろん少子化は、経済的要因も大きいですが。

西野 経済問題が緩和すれば、そのあたりの論点は解決していくのか、あるいは、まだまだ取り組まなければいけないものがあるのでしょうか。

春木 今、まさに家族のあり方が大きく問われているのだと思います。高齢者の貧困問題も、今までは子どもの仕送りで老後の生活が何とかなっていた、つまり家族制度に寄りかかってきたわけですが、それがもう機能しない。そうであれば、福祉政策を充実させるしかないですね。

家族福祉から国家が責任を持つ福祉国家への転換を急ぐ必要があります。少子高齢化の速さは日本以上ですから。

西野 なるほど。李元徳さんは韓国の若者、学生たちと日々接していらっしゃいますが、世代間の考え方の違いや、ジェンダーの問題点についてはどのように見ていますか。

李(元) 今回の大統領選挙で、ジェンダー問題が大きな争点になったことは、私としてはちょっと違和感もあります。

尹錫悦さんが20代男性の支持を集めるために、いろいろな政策を出し、社会の現状として男女の葛藤というものが表面に出ているのは、確かに否定できないと思います。しかし、他の先進国と比べて、韓国が本当に封建的で深刻なジェンダー問題を抱えているのかというと、私はそうは考えていませ ん。

では、なぜこれが争点として、政治課題として表面化してきたのかと言えば、恐らく政治においての葛藤があまりにも大きいので、そういう葛藤の様相を選挙キャンペーンの過程で自分の陣営に有利に活用しようとする力学が作用した部分があったのではないかと思います。

男女平等を実現するための部署が必要だということは、保守系も革新系も認めている。「女性家族省」廃止の問題も、「女性家族省」が持っている機能を、どのように政府の全体的な組織の中で組み入れるかという問題で、尹政権は保守的なので女性を差別するような政策を取ると見るのは間違いでしょう。そういったことが政治化され、あまりにも誤解が大きくなっているのではないかと考えます。

春木 いろいろな意識調査を見ると、若い世代ほど平等意識が強い。民主的な家庭を築きたい、男性も協力して子どもを育てたい、家父長的な意識から解放されたいと思っているので、それを阻害しないことが大人の役割かなと思います。

そういう平等意識を持っているのに、大人が分断を煽ってどうするのかということですね。ただ、女性差別は社会の中に確かにあります。日本でもそれは深刻で、女性たちはかなり勇気をもって声を上げています。きちんと受けとめてほしいと思います。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事