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【特集:日韓関係の展望】
塚本壮一:韓国新政権を見つめる「MZ世代」

2022/05/09

憎悪を煽っている?

韓国で、これまでに男女の格差が縮小したのは事実である。世界経済フォーラムが毎年発表している「グローバル・ジェンダー・ギャップ・リポート」によると、男女格差を示す指数は、2006年の0.616から、2021年には0.678に改善した。日本は0.645から0.656へとさほど変化がなく、この間に韓国が日本を追い抜いたことを考えれば、その差は明らかだ。

こうしたデータもさることながら、韓国の少なからぬ市民らは、女性の進出ぶりを肌で感じ取っていることだろう。筆者が2012年から15年までソウルに駐在した際、韓国外務省の外交官試験を突破するのは7割が女性だと耳にした。試験を実施する方からすれば、男女比を調整したいというのが本音ではあるものの、客観的に採点すればこうなるのだという。同省の男性幹部と雑談をした際、「男の志願者にゲタを履かせようという動きはないのか」と尋ねると、「とんでもない」と大きく首を振り、「そんなことを口にしたらすぐにSNSで暴露され、今後のキャリアが閉ざされてしまう」と語ったものだった。

若い男性たちは、女性が優遇されていると被害者意識を持ちつつも、これまでは声を上げるに上げられなかった。それがここにきて、本音が漏れはじめ、大きな流れとなったのであろう。こうした「MZ世代」の男性票を取りに行く戦略を主導したのが、「国民の力」代表の李俊錫(イジュンソク)氏である。自らも「MZ世代」で、党の改革や刷新を訴える巧みな弁舌と積極的なSNS発信で若者などの注目を集めた政治家だ。ソウル市長選挙を勝利に導き、議員経験がないまま2021年、36歳で党代表に選出された経緯がある。他方で、李氏は大統領選挙後、障害者の団体が権利の拡大を訴えて地下鉄の駅や車内でデモを行うのを「社会の秩序を崩すものだ」などと厳しく非難する発言を繰り返している。李俊錫氏は、新政権発足後は与党の代表となるにもかかわらず、社会的弱者に対しては憎悪を、そして、女性問題については「女性嫌悪(ミソジニー)」を煽っていると批判されている。

選挙でかえりみられなかった女性たちは

今回の大統領選挙で「MZ世代」の女性たちは、尹錫悦陣営から、いわば見切られる形となった。前述のとおり、この世代の女性の多くが李在明氏に投票し、それは尹錫悦陣営の男性重視の姿勢の影響であろうことや、自らの1票が死票となったことに無念の思いはあるのだろうとは想像がつくが、では、彼女たちは韓国におけるジェンダーを巡る現状をどう見ているのだろうか。

筆者は、選挙で李在明氏に投票したという20代と30代の女性2人にそれぞれ電話インタビューを行った(3月30日、31日)。今回の選挙でかえりみられなかった「MZ世代」の女性たちの声を聞くのが目的である。限られた範囲ではあるが、総じてイデオロギーにこだわりのない「MZ世代」の姿、そして、ジェンダーの問題に敏感にならざるを得ない女性たちの心の内が垣間見える結果となった。

20代の大学生は、特定の支持政党を持たない浮動層でありながら李在明氏に投票したと明かす。尹錫悦陣営について、「一般的な20代男性ではなく、極端な一部のコミュニティを対象としてジェンダーを巡る軋轢を助長した」と批判した。学生は、「(インターネット上の)大学生コミュニティを見ると女性嫌悪発言がふつうに見られる」とも証言した。身近なところで日常的に女性が攻撃されているという思いがあるのだろう。その上で、「これまでの女性政策は、女性に恩恵を与えるのではなく、平等でない部分を正すことだった」と述べた。女性政策を継続すべきだという主張である。

もともと「共に民主党」支持者だったという20代の会社員は、李在明氏の不動産開発や家族のスキャンダルに嫌気が差し、尹錫悦氏でもない第3の候補を検討するなど迷った末に、結局、若者対策などを肯定的に受け止めて李在明氏に投票したという。この女性は、韓国の女性の地位について、「以前に比べれば女性の学歴レベルがかなり上がり、状況もよくなったと思うが、過去と比べて相対的によくなったのであり、絶対的な性平等が実現したとは思わない」と話した。「社会人生活をしていて、『女性はこうだ』などという性差別的な発言をよく聞く。(旧正月などの)名節の時は女性だけが(食事の準備などの)仕事をし、食べる時も男女別という話があちこちにある」とも述べ、やはり日常的な差別を語る。尹錫悦新政権に期待するかについては、「ジェンダーを巡る摩擦を煽るのではないか。現在のレベルを維持できればむしろ幸いだ」と突き放した。

子育て中という30代の大学院生は、前回の選挙で文在寅氏に投票した一方で、不動産問題など政権の無策ぶりに失望し、今回の選挙では誰に投票するか最後まで迷った挙げ句、尹錫悦氏よりもましという理由で李在明氏に投票したという。女性は、同じ「MZ世代」のうち、「イデナム」と呼ばれる20代男性が「反フェミニズム」に傾くことに抵抗を感じると述べた上で、男性側の心情をこう推測する。「20代の男性たちは、父親世代が享受してきた恩恵を間接的に受けてきた。自分もそのように生きて行けると期待して育ったものの、21世紀のいまでは、家父長制だった過去とは異なって男性たちの立場が弱くなっており、彼らが想像していた未来が揺らいでいるのだろう。彼らはロールモデルとして父親を見て育ち、母親や女きょうだいが犠牲を被っていると感じつつも、自分のことではないので詳しくは分かっておらず、男女平等の中で成長してきたと言い張っている」。父親世代から男性優位の考え方を受け継いだ若い男性らは、いまやそれが通用しなくなりつつあることに気付いている一方で、女性を巡る現状には目を向けようとしないという辛辣な観察である。

30代の会社員は、企業社会の中でいまなお甚だしい女性差別が厳然と存在すると批判する。中小企業で働く友人の話として、大卒で8年の職歴を持つ女性と、高卒で勤労経験のない男性の2人の新入社員の年俸が同じだったというのである。賃金の問題は、特に女性に深刻だと述べる。「周りの友だちを見ると、どうやって食べていくのか等々、本当に苦労している。社会で生きていくのが大変になり、それに従って女性ほど大変になっている。上昇を続ける物価と、それに比べてあまりにも少ない最低賃金、広がる階層格差などの社会問題を解決しなければならない」。社会全体の問題に取り組むなかで女性問題が解決されるべきという指摘だろう。さらに、女性問題が少子化の問題に絡めて議論されることへの警戒感を吐露する。「国家の政策会議では、(女性を犯罪から守るための治安対策よりも)出生率が重点的に扱われている。女性家族省廃止の話が飛び交っているところを見ると、女性は人口再生産の手段だけになりそうだ」。女性が「産む機械」と見なされることへの強い反発だ。

保革の二元対立を超えられるか

こうした女性たちの声に積極的に反応する女性政治家が革新側の「共に民主党」にいる。「MZ世代」にあたる26歳の朴志玹(パクチヒョン)氏である。未成年など女性の性的な写真や動画を売って利益を得ていた凶悪なデジタル犯罪「n番ルーム事件」を、匿名の大学生として追跡する活動を繰り広げた経歴を持ち、大統領選挙2カ月前の2022年1月に李在明陣営に加わった。選挙後、党の立て直しにあたる共同非常対策委員長に抜擢されるという彗星のような政界登場である。歯に衣着せない発言で注目を集め、セクハラで実刑判決を受けて服役している革新系の元知事の父親が死去した際、文在寅大統領が花環を贈ったり、党幹部らが葬儀に参列したりしたことについて、「胸倉をつかんでやろうかと思うくらい怒っている」と述べた。

所属する党の関係者にも厳しいくらいであるから、尹錫悦氏や李俊錫氏に対しては、選挙前後を通じて「ジェンダーを分裂しようとしている」などと厳しく非難してきた。李俊錫氏には辞任を求めたこともある。また、ほかの多くの政治家のような一流大学ではなく、地方大学出身であることを揶揄されていると打ち明けた上で、「私が民主党に入ったことが多様性を示している」と述べたこともある。少数派の代弁者でありたいという思いがあるのだろう。朴志玹氏は、保守勢力との違いをアピールしながら、6月に行われる統一地方選挙での勝利を目指すことになる。

しかし、女性問題が保革の対立のなかに押し込められるのでは、革新勢力もまた、有権者の広範な支持を受けることにはならないだろう。前述の30代の大学院生は、ジェンダーの問題が二項対立のゼロサムゲームになってはならないと説く。「フェミニストは既存の政策のままでは女性が不利になると見なし、『イデナム』は女性問題を改善する政策を作ると男性の立場が不利になるから逆差別だと主張する。そうではなく、皆が幸せになる政策をたくさん示して欲しい」と語る。そのためなら、尹錫悦氏が「イデナム」の声も背景として公約に掲げた、徴兵で服務する兵士の給与引き上げにも賛成するというのである。

女性問題に限らず、不動産価格の高騰や格差などの社会問題は、保守と革新の争いの中だけで語られてよいわけではない。国民にとっては、保革を問わず、解決されなければならない深刻な課題である。社会的、経済的に困難な状況に置かれやすい「MZ世代」にとっては、なおのことと言わなければならない。新政権が効果的な対策を打ち出せなければ、文在寅政権への期待がしぼんだのと同じように、大統領選挙で尹錫悦氏に投票した男性たちもたちまち離反するだろう。尹錫悦氏や李俊錫氏などの言動を見る限り、これまでのところ、国民の幅広い統合を目指そうというベクトルが働いているようには見えない。6月の統一地方選挙に向け、大統領選挙と同様、「イデナム」をはじめとする保守票を固めようという狙いがあるのだろう。問題はそのあとだ。

大統領となる尹錫悦氏は、保革の対立があまりにも深く刻み込まれてしまった韓国の政治・社会に新たな未来像を示すことができるだろうか。韓国大統領の任期は5年。憲法の規定によって再選はできないが、朴槿恵前大統領のように弾劾訴追されるようなことがないかぎり、長期の執政が可能である。尹錫悦氏は、「帝王的大統領制から脱却する」と語っている。であれば、時間がかかっても広範な国民の声が反映されるような仕組みを整えなければならない。まもなく発足する新政権の課題は重い。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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