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【特集:日本の“食”の未来】
座談会:豊かでサステイナブルな食を届けるために

2022/02/04

認証が持つ意味

秋山 経済の土台には社会があり、社会の土台には環境があるという話にははっとさせられました。原材料がどこから来ているのか、それがどういう商品で、どういうルートを辿って手元に来るのかを知らせる1つの手段として認証があるのかと思います。ひかり味噌󠄀さんは、いち早くいろいろな認証を今まで取られてきましたが、やはり社会への説明責任のような意味合いもあるのでしょうか。

 おそらく私の会社は、同業他社や他の一般的な加工食品メーカーに比べて、手当たり次第認証を取ってきたと思います。有機認証、ハラール、コーシャとかグルテンフリーなどです。

過去20年ほど、盛んに海外に行き来し、売り場やそこの人々を見てきて気が付いたことですが、海外では安全安心というものはお金で買わざるを得ないものなのです。特にアメリカはそうです。だから認証制度が重要になる。

逆に日本は水や安全はタダという文化です。だから認証などは余計なお世話というところが企業サイドにあったし、消費者もあまり考えていなかった。輸入の大豆より国産大豆のほうがいいのは当たり前という意識なので、認証マークが付いているから安心して買うという土壌が、今もあまりない。

私はしゃかりきになって味噌を海外に輸出しようという気持ちがあったものですから、手当たり次第に認証を取ろうと思ったのです。先輩の経営者から「環境に企業がお金を使っても文句を言う人はいないよ」と言われて、なるほどと思い、ISO14001をいち早く取ったのが最初です。

その後、有機の味噌を一生懸命やるようになり、そうすると有機の認証マークがほしい。また海外を頻繁に往来していると、例えばユダヤ教の戒律に則ったコーシャというものがある。今アメリカへの輸出にはこの認証を使っていますが、特にユダヤ人の方に買ってもらおうとは思っていません。コーシャは、きちんと作られているものに与えられる規格と見ています。

ハラールは東南アジアを意識した時、ハラールフードが標準でノンハラールが例外ということに、現地のスーパーで気が付きました。大きなスーパーの売り場に小さな別室があって、そこだけがノンハラールなのです。

お金をかけて安全安心、もしかしたらおいしさも買うというところで、認証制度が海外で発達している。これは日本でも有効活用すべきだと思っています。そもそも日本の文化と価値観が「私たちの努力しているところを見てください」なのです。会社の教育もそうで先輩が後輩に対して、俺の頑張っているところを見ろと。

でもそれは世界では通用しません。積極的にわれわれが訴えていかなければいけない時代になっています。その1つに認証制度もあると考えています。

秋山 グローバルなコミュニケーションの道具、言葉のようなものですね。認証にはお金もかかると思うのですが、その投資は、きちんと返ってくるのでしょうか。

 有機認証やグルテンフリー認証は十分おつりがくると思っています。というか、それがなければ商売ができないぐらいのところまできています。

欧米のマーケットでは「国産の一番高い北海道産の大豆を使った味噌」と言っても誰も買わない。日本国内で評価される商品の切り口と海外はまったく違うのです。もしかしたら日本でも、一部にはそういう傾向はあるかもしれません。

秋山 小川さんはHACCPの導入に障害者施設等も含めて、サポートされていると伺ったのですが、食品安全、衛生という意味でも状況が様変わりしている感じでしょうか。

小川 はい、HACCPに沿った衛生管理が、日本でも法律で義務化されたのです。障害者施設のカフェや町の飲食店で、HACCP制度化への対応を支援していますが、きちんとやっていることをデータで記録して証明できるようにしなければいけない世の中になってきているということです。

HACCPは制度化されたことで、認証ではなくなりました。今や事業者がやらなければいけない義務なので、林さんがおっしゃっていたような差別化のための認証とは違ってきています。

秋山 何かあった時の説明責任を果たすための仕組みとしてやらなければいけなくなったということですね。

小川 そうです。日本としては、衛生管理の国際基準への適応と言えます。また、非関税障壁でもあるのです。例えばヨーロッパに輸出する日本企業に、HACCPに則って作られた食品でなければいけません、という障壁があるように。TPPなど、様々な自由貿易圏ができている中で、政府としては自国の水産業、農業、食品産業を守らなければいけない。その1つの手段がHACCP制度化による非関税障壁という面もある。そこにやっと日本も乗ったと言えると思います。

 全く同感です。

小川 国際貿易では無差別原則なので、自国でHACCPを制度化していないと輸入品に嫌だと言えないところもあると思います。

コロナで変わる物流

秋山 制度変化とあいまって食のグローバル化が一層進展していくのと同時に、地産地消のようなローカル化の動きの両方が並行して進行しているように感じます。

 コロナの問題で2年間振り回され、そろそろ経済と両立させる流れの中、われわれが今、一番苦しんでいるのは、世界中のコンテナ物流が大混乱していることです。これは今後5年、10年相当響くのではないかとみています。

私どもの有機味噌は、実は原料は全量海外産です。20年ぐらい前に有機をやろうと決めた時、私はなぜ日本は国産原料志向なんだ、海外の原料でもおいしい味噌ができるということに挑戦してみようという意識でやってきました。ところが今、コンテナの値段が2倍、3倍、4倍になり、しかも港を出たけれどもいつ着くか分からない。

世界の物流から日本は完全に外れてしまいました。今、大豆がアメリカの港を出ると、まず釜山か青島か大連に行ってから日本へ来るのです。直行便はほとんどなくなりました。日本向けの荷物だともう商売にならないのでダイレクト便が全部なくなったのです。

そうなってくると、過度の海外依存はまずいなと思っています。海外原料の場合、長期で見ると、化石燃料を使って原料を遠くから運んできていいのかということもあります。ですので、地元で取れるものを使って商品を仕上げていくという方向を2年くらい前から意識しています。国内の原料を使って商品を作っていくことに、もっと早くから力を入れておけばよかったというのが私の実感です。

秋山 コロナが1つの転機になったということでしょうか。

 いろいろな日本の脆弱性や弱みが今あぶり出されているという感じです。

秋山 皆さんのビジネスや、ご覧になっている範囲で、コロナに関しては他にどのような変化がありましたか。

金丸 私はどちらかというと、場の提供やプロジェクトをやっていたので、会社自体がどうというのはあまりなかったのですが考え方は変わりました。

環境のことを考えても、アメリカの大規模農業が主導する時代がもしかしたら終焉を迎えるのかもしれない。それもまだ並列すると思うのですが、地域分散型社会で回っていくものがあって、その両軸になるのではないかという感じはしています。メーカーの方にも3、40代の人はもう少し長く会社にいるから、分散型社会の中で回すところに自分たちが何ができるのかみたいな思考を始められている方が多くいらっしゃるような気はします。

仕事は、売り上げを上げることも大事ですが、未来の社会に対して必要なことを自分たちの持っているリソースをもってやることも重要で、今のままだと子供たちに我慢をさせることになってしまうと。

もうコロナの前から日本の食産業の裏側がかなり疲れているなということに気付いている人は、このままではいけないと皆思っていますね。

生産者へのリスペクトを

川越 消費者側の消費行動は、これほどのパンデミックが起きても、あまり変わらないものだなというのが正直な感想です。確かに事業者側はいろいろな情報が開示され、例えば飲食店でお客さんがいなくなるとどうなるのだろう、みたいなことが世の中に報道され続けました。

ある意味では一次産業にスポットが当たったのはよかったかなと思っています。一次産業の人たちがすごく困っていますという報道が連日出て、おうち消費でスーパーは賑わっているのにどうしてだろう、と思ったら給食向けに作っていた野菜が何十トン廃棄されたといった、普段見られない流通のシーンが明らかになった。

しかし、日本人に根本的に足りていないのは、一次産業など物を作る人への敬意で、これはコロナを経てもあまり変わっていないと僕は思います。確かに作り手側も自分たちが努力しているとあまり言いたがらないのですが。

金丸 そうですよね。「食べてくれたらわかるから」みたいな感じで。本当は裏ですごい努力をしているのに、表に出さないのが格好いいみたいなところがちょっとあります。

川越 サプライチェーンの問題もあるのですよね。小売が一番強くなってしまったので。日本は効率化や経済発展を考える中で小売最強で、上流になればなるほど弱くなるという構造になってしまっている。

でも結局それは食の持続可能性にダイレクトに響いてくるのです。つまり作り手がいなくなる。日本は50年後に作り手がいなくなったらどうなるのかを真剣に考えなければいけないのに、なかなか目が向かない。これは必ずしもお金だけの問題ではなく、マインドの部分もあると思います。

秋山 川越さんが〈TABETE レスキューデリ〉で地方の直売所で売れ残ってしまった野菜を電車に載せて、都心で販売されているのをニュースで拝見したのですが、あれはまさにコロナの影響もあって余ってしまった野菜を上手くマッチングさせたものですよね。

川越  埼玉の東松山市周辺のJAさんの7直売所では閉店後に余ってしまったものは、農家さんが直売所まで引き取りにいかなければいけないのです。高齢者も多く、それはしんどいので、売れ残ってしまったものを全部われわれが買い取り、森林公園発の東武東上線に載せて池袋まで電車で輸送し、それを池袋で私たちが売りました。

農家さんは、どうせ売れないからと、もともと少なめにしか直売所に持っていかないんですが、われわれのように余剰の分の買い上げなどがあると、チャレンジングに多めに出してくれるのですごくいいと思います。

直売所の野菜は質がいいのです。早熟で取って流通に流すものと違って、完熟で出しているので味も全く違う。でも農家さんはびっくりするぐらい安い値段で出してくるので、そこをどうしたらいいかと悩んでいます。

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