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【特集:日本の“食”の未来】
新井康通 :長寿を可能とする「食」とは?

2022/02/04

  • 新井 康通 (あらい やすみち)

    慶應義塾大学看護医療学部教授、医学部百寿総合研究センター教授

はじめに

世界的な長寿化が進む中、日本人男性の平均寿命は81.64歳、女性では87.74歳に達している(令和2年厚生労働省簡易生命表)。今後も緩やかながら長寿化は進み、2040-2045年頃には日本のみならず香港、韓国、スペイン等の長寿国では女性の平均寿命が90歳を超えると推計されている。祖父母の時代に比べ格段に長くなった人生を、生きがいをもって幸せに過ごすためには、健康寿命をできる限り長くすることが重要だ。慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターでは、前身の老年内科時代から合わせて30年間にわたり100歳以上の高齢者(百寿者)の学術調査に取り組み、医学生物学、遺伝学、社会心理学など幅広い視点から健康長寿に資する要因を研究している。

「食」は高血圧、肥満、糖尿病などの生活習慣病の発症に関してのみならず、日常生活の自立に不可欠な骨格筋や身体機能の維持に重要な役割を果たす。誰もが長生きを喜べる長寿社会の実現のためには、科学的エビデンスに基づく「食」の実践により、人生の終節まで自立した生活が営めるような取り組みを支える食環境を整備する必要があるだろう。本稿では百寿者研究の知見に基づき、長寿を可能とする「食」について考えてみたい。

百寿者の医学的特徴

まずは人生100年時代を生き抜くために、どのような健康マネジメントが必要であろうか。私たちが東京都健康長寿医療センターと共同で行った調査では、対象となった304名の百寿者の97%は何らかの慢性疾患を持っており、百寿者といえども病気と無縁ではなかった。しかし、脳梗塞や心臓病、がんなどの重篤な病歴は少なく、特に糖尿病を持っている人はわずか6.0%で一般の高齢者の半分以下であった。これは若い頃から肥満や過食が少ないことと関係していると考えられる。海外の研究でも糖尿病や肥満が少ないことが報告されており、百寿者の共通の特徴といえる。百寿者では脂質異常症や高血圧症の割合も一般の高齢者に比べて低く、また喫煙率も低いことから、動脈硬化の危険因子が少ないことが健康長寿の第1歩と言えそうだ。

百寿者の多くは90歳半ばまで日常生活が自立しているが、100歳時点でも自立している人は2割程度である。その後の追跡調査から自立していた約2割のグループは105歳まで到達する確率が高く、中には110歳まで長生きし、スーパーセンチナリアンになる人も現れた。その希少性(平成27年の国勢調査によれば総人口87万人に1人の割合)から実際にスーパーセンチナリアンを訪問して調査した研究は世界でも極めて限られている。百寿総合研究センターでは、広瀬信義元招聘教授が中心となり10数年におよぶ全国リクルートを敢行し、ようやく疫学研究が可能な規模のスーパーセンチナリアン・コホートを確立した。

医学調査の結果、スーパーセンチナリアンが100歳時点でも日常生活が自立している背景には認知機能が高いこと、フレイルになりにくいことが関係していることがわかった。フレイルとは、加齢に伴い全身の臓器の働きが衰え、ストレス耐性が低下した状態を指し、体重減少(6カ月で体重の5%以上)、筋力低下、易疲労感(疲れやすさ)、歩行速度の低下、身体活動の低下の5つの徴候によって診断される。つまり、フレイルにならないためには骨格筋の働きを保つことが重要だ。

百寿者、スーパーセンチナリアンの比較研究から100歳を超えても健康を維持する超長寿者の血液の特徴も明らかになった。老化に関係する血液中の物質(バイオマーカー)を測定した結果、NT-proBNP とアルブミンの濃度が100歳以降の生存率と強く関連していた。NT-proBNPは、心臓から分泌される分子で、心臓に負荷がかかった状態で上昇し、心不全の診断や治療の目安として日常診療でもよく用いられるバイオマーカーだ。百寿者では心筋梗塞などの心臓病は少ないものの、加齢による心機能の衰えからは逃れられず、NT-proBNP 濃度は一般の高齢者に比べて高くなっていた。しかし、スーパーセンチナリアンは100歳時点でのNT-proBNP 濃度が、ほかの百寿者に比べて有意に低かった。つまり、加齢による心機能の衰えが遅く、NT-proBNP が低い人ほど100歳を超えても長寿であると考えられた。

一方、アルブミンは肝臓で合成されるタンパク質で、血漿タンパクの中で最も量が多いタンパク質である。私たちの研究では、85歳以上の高齢者からスーパーセンチナリアンまでの幅広い年齢層で一貫してアルブミン濃度の低下が死亡率の上昇と関連していた。アルブミンは低栄養状態や肝機能障害で低下し、浮腫やフレイルとも関連し、高齢者の健康診断などでも測定されるバイオマーカーだ。さらに、アルブミンは炎症や酸化ストレスに対する防御作用も知られており、健康長寿における重要性が改めて確認された。

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