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【特集:日本の“食”の未来】
石川慎之祐:粉砕技術で野菜廃棄を解消する

2022/02/04

  • 石川 慎之祐(いしかわ しんのすけ)

    (株式会社グリーンエース代表取締役社長、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教)

日本国内の野菜廃棄

日本において食料廃棄が問題になっていることは周知の事実である。食べ残し、売れ残りや賞味期限が近いなどの様々な理由で、年間の食料廃棄は570万トンと推定されている*1。しかしながら、生活者から見えにくい「生産現場」での廃棄も深刻なことは、ほとんど知られていない。令和2年に日本では1304万トンの野菜が収穫され、そのうち1125万トンが出荷された*2。つまり、200万トン程度の野菜が収穫されたにもかかわらず、出荷されていないのだ。農家による自家消費なども多少は存在するが、200万トン近い量が廃棄されていることは想像に難くない。

この原因として、規格外と呼ばれる形や大きさによって出荷困難となるものが存在することが挙げられる。例えばホウレンソウは、山形県では「20㎝以上30㎝未満で、損傷及び病害虫葉のないもの」が出荷基準となっている*3。生産者は肥料や農薬そして日々の手入れによって、この規格を目指して生産するが、すべての野菜でこれを達成できるわけではない。加えて、出荷価格の調整のために廃棄される野菜も存在する。「豊作貧乏」という言葉をご存知だろうか。農家の所得は、野菜の価格と生産量の積だ。野菜の価格が大きく下がって所得が下がる効果が、生産量が増えて所得が増える効果を上回ってしまうと、野菜の生産量が増えたにもかかわらず農家の所得が下がってしまう。これが豊作貧乏である。つまり、農家が規格内に収めようと丁寧につくった野菜でさえ、生活者の消費量を上回った分は廃棄されてしまうのだ。このような野菜は収穫されることなく、畑で潰されてしまう。この光景を見て、心が痛まない人はいないだろう。未収穫の野菜廃棄を加えると、年間の野菜廃棄量は400万から500万トンにものぼると言われている。

生活者の野菜摂取量

このように野菜の廃棄はとても深刻な問題だが、一方で生活者には何の問題もないのだろうか。実は日本人は野菜摂取量が足りていない。厚生労働省の「健康日本21(第2次)」によれば、野菜摂取量目安は1日350gであるのに対し、野菜摂取量は291gでしかない*4。とりわけ、60歳以上では300g程度の野菜摂取があるのに対し、20歳から40歳は250g程度しか野菜を摂取していない。若年層ほど野菜を食べていない状況を考えると、今後一層野菜摂取量が減少していくことは容易に想像できる。

農産物廃棄の問題と生活者の野菜摂取量から、日本の将来を考えてみたい。廃棄が多い農業が効率化・縮小されて生活者の野菜摂取総量と近しい農業生産となり、需要と供給のバランスが取れ、経済合理性が高まるという考え方があるが、この将来像は本当に正しいものなのだろうか。生活者は野菜を食べなくなり、日本の農業は縮小を続けていくのでは、我が国の豊かさは保つことができない。筆者は、生活者の野菜摂取量が増加して、野菜廃棄が減少する社会こそが、生活者と生産者の両方にとって豊かな社会であることを強く訴えたい。

農産物有効活用法としての粉末化

このような現状をどのように打開していけばいいのか。野菜の加工方法は様々存在するが、その中でも筆者は保存性と二次加工可能性が高い「粉末」に着目した。一般的に水分活性が低く0.5未満の粉末では、微生物が繁殖できないため賞味期限が長くなる傾向にある。加えて、粉末状になった食品は形状を持たないため、他の食品等へ添加することが容易となる。

一般的に野菜は乾燥させた上で粉末化される。しかし、この方法は野菜を乾燥させる際に、長時間高温に晒されるので、野菜本来の持つ色や香り、栄養成分が損なわれることが課題であった。品質の高い粉末をつくるためには、野菜を乾燥させる際に、熱による影響や成分の酸化を抑えなければならない。そこで筆者らは熱をほとんどかけずに短時間で野菜を乾燥及び粉砕する技術の研究に着手した。当該技術は、野菜の表面を乾燥すると同時に、粉砕することによって表面積を拡大し、瞬間的に粉末化する特徴を有する。これによって、野菜は短時間の加熱にしか晒されず、成分が保持される。この効果を定量的に示すために、従来技術によって製造された他社の野菜粉末と栄養成分を比較すると、数倍から数百倍高く保持されていることが明らかになった(図2)。

図1 野菜粉末
図2 栄養成分比較(成分分析データに基づいて作成)成分分析機関:(一財)日本食品分析センター
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