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【特集:脱オフィス時代の働き方】
座談会:テレワークは働き方に何をもたらしたのか

2020/12/07

「ウェルビーイング」という視点

松岡 私も、今後、また別の感染症が流行するリスクもあると思うので、もうこれは戻れない変化なのだと思っています。

われわれの働き方は、今まで大学を卒業したらいわゆる一括採用で1つの会社に就職するという1つのロールモデルできていた。「就職」せずに「就社」してきたのです。つまり会社に帰属することがメインになっていて、自分のスペシャルな専門領域を築くことをあまりしてこなかったことが問題かなと思うのです。自立性を持ち、独立自尊の考えで自分の能力を磨くということが求められる時代がやっと日本にも来たのかと感じています。

そういう意味では、先ほどのイノベーションもそうですが、個々の人が自分のパフォーマンスをどう上げていくのかということに真剣に向き合って考えるべき時が来たと思います。ただそれを家庭の中でやるのは難しい。したがって、私はサードプレイスという、オフィスでもない自宅でもない、第3の場所が答えになるような気もしているのです。

新たな働く環境をつくりながら自分たちの能力を生かしていくという、意識改革をやはりこれからやらなくてはいけないのではないでしょうか。

島津 先ほど生産性という言葉が出てきましたが、もう少し広い意味で、人間にとっての「ウェルビーイング」(よりよく生きるということ)という捉え方が重要かもしれません。生産性を高めることが、もしかしたら自分の健康を損なうことにつながっているかもしれない。例えば、在宅勤務でがむしゃらに仕事をすることによって生活習慣をないがしろにして、その犠牲の上に生産性を上げているのかもしれません。

また、誰にとっての生産性なのかという視点も大事です。在宅勤務をしているとWi-Fiの電波の取り合いになってしまって、自分を優先するとパートナーの生産性が落ちるということにもなりかねない。どのユニットで生産性を最適化していくか、システムとして生産性も考えていく必要があるのではないかとも思います。

もう1つ、松岡さんのサードプレイスの話に絡めてですが、これまで職場と自宅との往復の中で、移動時間という中間地点があったと思います。仕事にちょっと疲れても、嫌なことをふっと忘れられるような、クッションとなる時間や場所ですね。

ところが、「今日のZoomが終わったら、ご飯の用意」みたいな形で、オンからオフの移行に「間」がなくなってしまった。そうなると、仕事のストレスを家庭にすぐに持ち込みやすくなる、あるいは家庭のストレスを仕事に持ち込みやすくなってしまう。間の緩衝地帯がないわけです。この緩衝地帯をどのように組み立てていくかということも、これから試されるところかなと思いました。

 私も最初、在宅を始めて大学の研究室に行けなくなった時、通勤時間がやはりリセットになっていたのだと感じました。私にとって研究室が一番能率の上がる場所だったので、以前はほとんど私は自宅で仕事をしていなかったのです。

しかし、だんだん慣れてくると、ドラえもんの「どこでもドア」みたいにすぐに仕事に取り掛かれることが快感になってきて、移動時間がないという世界がこんなに素晴らしいものなのかと思い始めた(笑)。自分の中でも転換があったように思っています。

多様になる「働く場所」

 次にこれからのオフィスはどうなるのかを考えてみたいと思います。皆が集まる職場、物理的なオフィスがどのように変わっていくのか。従業員全員が来ないことを前提としたオフィスということで考えれば小さくしてしまったり、あるいはフリーアドレス(社員が自由に働く席を選べること)が前提になるのか。そもそも出社をして、そこでリモートでできない何をやるのか。会社でしかできないことは本当は何なのか。これらを突き詰めるとなかなか難しい問題だと思うのです。

松岡 オフィスについては、まさにオフィス学会でいろいろな研究がされていますが、まず先ほどお話ししたように、本社オフィス、センターオフィスはもうそれほど要らないのではないかということで、縮小傾向にあるのは事実です。

実際に東京でもオフィスの空室率は少しずつ上がってきています。そのようにセンターオフィスを見直す動きがあるのですが、なぜ見直されているかと言えば、そこに来る人数が減っているという理由以上に、センターオフィスで3密にならないような構造にするためです。ものすごく密な状態で働くのがわれわれの職場の特性だったので、これをどう改善するかです。

2メートルのソーシャルディスタンスを取りながら働ける環境をつくるために、一部の会社では逆に増床しているところもあります。つまりセンターオフィス自体の安全性を高め、また魅力付けをしないと、誰も来てくれなくなってしまう。家で上手に働ける人たちは、なぜ本社に行くのですかという話になってしまうわけです。

例えば大きなビルだと、ワーク・ライフ・バランスでいう「ライフ」をオフィスの中で経験できるようにすることもできます。様々なアメニティを設け、まるでリビングのようなオフィスがしつらえられて、そこに行くとリラクゼーションもできるし、自宅ではできないようなツールやテクノロジーも装備され、パフォーマンスが必ず上がるというような仕掛けです。そういったことをやらないと誰も会社に行かなくなってしまう。企業はその仕掛けを今懸命にやろうとしています。

もう1つの要は在宅ですよね。在宅勤務の調査をすると、大体リビングで働くか、寝室に小さなテーブルを持ってくるか、子供部屋をオフィス代わりにして働くことが多い。ですから、快適に在宅勤務をするための方策として、ハウスメーカーやマンションデベロッパーたちはいろいろな仕掛けを今、始めています。でも、ITのインフラも十分装備されていないところもあるので、限界も出てきている。

そこで出てきたのがサードプレイスです。昔からコワーキングとかレンタルスペースというのはあり、そこはITの装備は完璧です。不特定多数の人が集まり、感染リスクがあるということで使用にストップをかける企業が多かったのですが、ようやく今、個室型のスペースが使えるようになってきました。そうすると、例えば在宅で上手くいかない時にはそういう場所で働くことができる。

一方、自然環境が豊かな場所で働くというスタイルもあります。つまりバケーションができるようなところでワークもできるというワーケーション的な考え方です。例えば軽井沢などちょっと山の中で憩いながら、緑の中の、自然な空気の中で楽しく働く。そこはコロナの心配も少ないし、リラクゼーションもできるし、ITの装備は完璧です。和歌山県も白浜町にワーケーションの拠点をつくっている。現在、多様な働く場所が出てきていると思います。

問題は、鶴さんが言われたように働く人が、場所を選べるかどうかです。アクティビティ・ベースド・ワーキング(Activity Based Working = ABW)と呼んでいるのですが、業務に合わせて自分で働く場所と時間を選んでいいということです。

日本人は今まであまり選んだことがない。朝、会社に行ったら自分の席が決まっていたので、働く場所について考えたことがない。そういう人たちをどうやって意識改革に取り組ませるのか。これから企業もそういったことに取り組まなくてはいけないし、社会そのものが変わっていくような気がします。

島津 やはりオフィスに集まるとしても、同僚と物理的な距離を保ちながらも心理的な距離をどのように保持していくかがすごく大事だなと思います。在宅勤務やリモートワークが中心となると、出社する場合には、その日に誰と、何をやるのかということをきちんと決めてから出社するようになると思います。ただ何となく出社するということはこれからあり得ないだろうなという気がします。

そういった考え方で仕事というものを組み立て、場の設定を考える時に、その人がどんな仕事に従事しているかということをもう一度意識する必要があるのではないかと思っています。つまり、認知的な負荷がかかる仕事なのか、身体的な負荷がかかる仕事なのか、あるいは情緒的な負荷がかかる仕事なのかということで分類した時に、どこを手当てするようなオフィスが大事なのか、どこをリリースしてあげるオフィスが快適なのかも考える必要があるのではないでしょうか。

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