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【特集:脱オフィス時代の働き方】
座談会:テレワークは働き方に何をもたらしたのか

2020/12/07

  • 松岡 利昌(まつおか としあき)

    松岡総合研究所代表取締役

    塾員(1984文、88経管研修)。日本オフィス学会会長。経営コンサルタント。建築、デザインの知識と経営戦略支援の実績との融合を目指して、日本的ファシリティマネジメント(FM)コンサルティングサービスを実施。京都工芸繊維大学特任准教授。元名古屋大学特任准教授。

  • 高田 朝子(たかだ あさこ)

    法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科教授

    塾員(1996経管研修、2000経管研博)。モルガン・スタンレー證券会社勤務を経て、Thunderbird 国際経営大学院修了。博士(経営学)。高千穂大学経営学部准教授を経て現職。専門は危機管理、組織行動。著書に『女性マネージャーの働き方改革2・0』等。

  • 島津 明人(しまず あきひと)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

    2000年早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程修了。博士(文学)。東京大学大学院医学系研究科准教授、北里大学人間科学教育センター教授等を経て現職。専門は臨床心理学、精神保健学。公認心理師、臨床心理士。著書に『Q&Aで学ぶワーク・エンゲイジメント』等。

  • 鶴 光太郎(司会)(つる こうたろう)

    慶應義塾大学大学院商学研究科教授

    1984年東京大学理学部数学科卒業。オックスフォード大学 D.Phil. (経済学博士)。経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、OECD経済局エコノミスト等を経て現職。専門は比較制度分析、雇用システム等。経済産業研究所プログラムディレクター。著書に『人材覚醒経済』等。

「リモートで働く」ということ

 新型コロナウイルス感染症の流行拡大で、周知の通り、オフィスワーカーの働き方が激変しました。毎日決まった時間に通勤して職場に行って働くという、以前は当たり前であったことが当たり前でなくなった。これはコロナが終息しても、たぶん不可逆的な動きなのだろうと思っています。その意味を、本日は皆様と多面的に考えていきたいと思います。

まず1つの大きな柱として、そもそも「リモートで働く」という意味をどう捉えるべきかを考えてみたいと思います。今までは考えたこともなかったけれど、やってみれば案外できてしまった。まさに「脱オフィス」が実現してしまったということだと思うのですが、一体そこで何が起こり、何がもたらされたのだろうか。そして果たして効率化が進んで生産性が上がっているのか。また逆にリモートではできないことというのは何なのか。

2番目の柱としては、コロナ流行以前から、ここ数年働き方改革が言われてきました。こういったリモートの働き方が進む中で働き方改革はどうなったのだろうか。進んでいるのか、それともマイナスになっているのか。そういった観点から現状を評価して、テレワークで出てきたメンタルの問題なども議論できたらと思います。

3番目の柱として、これからのオフィス環境はどうなっていくのかを考えたいと思います。ある程度テレワークが定着し、アフターコロナの時代になったとしてもオフィス環境が以前と同じ状況に戻るとは考えづらい。そうすると、テレワークをしている人が一定人数いる中でのオフィスの役割とは何だろうか。その中で本当に出社し、対面でしかできないことは一体何なのか。このあたりが問われてくるのだろうと思うのです。

今、政府も「脱ハンコ」を推進していますが、そういうことを含めて、オフィス、会社組織、そして社会の変化があると考えられます。雇用、また働き方もいろいろと変わってくるだろう。副業の推進ということもそうだと思います。そうした中でわれわれのライフスタイルや価値観も大きく変わっていく可能性があると思っています。

まず最初にテレワークのそもそもの意味や意義をどう考えるか。島津さん、いかがでしょうか。

島津 テレワークへの移行は、やはり当初はかなり強制的な形で始まったのだと思います。皆さん多少無理をして始めたところもあるかもしれません。それまでは、毎日同じ時間帯に同じ場所で同じ人たちと同じように働くことが日常だったのが、働き方をかなり考え直さなければいけなくなりました。

従来の接触型の働き方が非接触型の働き方になった状況で、個々人が自律しながらも分散した場所で、協働しなければいけなくなった。こういった非常にかじ取りが難しい状況で働くことが求められているのだと思います。

心理学で言うと、人間には大きく3つの欲求があります。1つは自律性です。他の人から強制されることなく、自律的に行動したいという欲求。2つ目は親和性です。つまり、他の人と関わっていたいということです。この関わりの部分がテレワークという状況でどのように充足できるのか。それから3つ目は有能性です。自分の能力をきちんと発揮したいということですが、その裏返しに承認欲求というものもあるのかもしれません。

最近、自分の仕事が上手くできているかどうかを確認したがる人たちが、とても多い気がします。おそらく自分がきちんと能力を発揮できているかどうか、あるいは自分の仕事が他の人に認められているかどうか、手応えがなくて心配になっているのではないかと思います。

コロナの状況が始まり、メンタルヘルスにどのような影響があるのか、6月頃、緊急事態宣言が解除された後から追跡調査をしているのですが、在宅日数によってストレスの症状がどの程度出るかは、結構、個人差があることが分かってきました。

どういう人にストレス症状が出やすいかと言いますと、1つは普段から同僚と気軽に話ができるような機会をあまり持っていない人です。そういう人たちは在宅日数が多くなるとストレスの数値が上がってしまうようです。ところが、普段から気軽に話ができる同僚との関係を持っている人は、在宅日数が多くなってもそれほどストレスの数字は上がらない。

最近よく雑談が大事だ、と言われていますが、これをもう少し細かく見ていきますと、おそらく普段から気軽に何かあったら頼れる人がいるかどうか、そういった関係性を普段の職場の中で築けているかどうかが、非常にクリティカルなポイントになっているのではないかと思っています。

高田 島津さんの話はとても興味深いです。私はリーダーシップが専門ですが、リーダーシップはやり過ぎると、部下が鬱になる可能性を秘めています。リーダーシップは良い文脈で語られることが多いけれども、行き過ぎると害になる。経営学というのは基本的に「効率的にいっぱい働きなさいよ」という産業革命以降の発想から始まっている学問なのですが、「働く」ということが部下にとってもハッピーなうちはよいですが、バーンアウトが起きてしまったり、様々な弊害が発生することもあります。

今、島津さんがおっしゃった、オフィスの中で適度に雑談ができていたり、雰囲気がいいところではあまりメンタル疾患の人が出ないということは以前から言われていますが、これはリモートワークになっても同様だということですね。

別の観点から言うと、日本の会社というのは、多くの場合、個人があまり大きな意思決定をしなくていいようにできていると思うのです。限定された範囲の中で意思決定をすることは求められますが、クリエイティブな意思決定とか、「責任取って俺がやるよ」みたいな大きな意思決定は、大きい会社ほどあまり必要ない。なので、意思決定をすることが、そもそも日本のビジネスパーソンは下手だったんです。

なぜそれでもよかったかというと、その後ろにあるのは常態化した長時間労働だと思うのです。これを私は「一緒にいた時間評価」と呼んでいるのですが、朝から晩まで一緒にいると、ある種360度評価ができますよね。あいつは夜遅くまで頑張っているとか、あいつは今回失敗したけれどもすごく一生懸命やっていたからそこを評価してあげようとか、そういったもので今まで上手く回ってきたのが日本の会社だと思うのです。

ところがリモートになってしまうと、一緒にいて長い時間で全体を見て部下を評価するということが難しくなります。リモートというのは、やはりアウトプット、成果重視になるわけです。そのアウトプットだけで評価する/されることがいいのかという不安があって、それがたぶん意思決定やそれに伴う承認への不安につながってくるのだろうと思うのです。

リモートという形態は今まで経営の現場のマイノリティであることが多かった女性にとって、チャンスとなる面も大いにあるのですが、とりあえず、今日のメンバーの中で唯一ダイバーシティを広げている人間から言わせてもらえれば、リモートになって、「おじさん」たちが長い時間一緒にいた時に評価をしてきたシステムが壊れたということなのだろうと私は捉えています。

テレワークの様々な課題

松岡 これまでオフィスのあり方はどうなっていたかということから言いますと、このコロナが始まる前までは、大きなビル1つにセンターオフィスとして集約しようという動きが大きかったのです。基本的には部長さんが窓際にいて、課長さんがいてという従来型の形です。

ところが、センターオフィスと言われる本社オフィスに、まさにコロナ禍において、感染のリスクが高まるので皆が集まれなくなった。それで強制的に働かされる場所が家になってしまった。在宅勤務でテレワークをしなさいよということになって、家が働く場所となったのです。結局テレワークというのは、そもそもセンターオフィスで働いていた人たちが、それ以外のところで働かされるようになったということです。

現在、テレワークで働いているのは全従業員の大体30から50%ぐらいのようですが、だんだんと、やはり顔を見ないと働けないという声もあがってきている。もう1つの理由は、在宅で働くこと自体が、家庭では非常に難しいという面もあります。

つまり家にはオフィスの設えがないために、非常にストレスフルになっている。かつ従来だと、皆が課長の顔を見て働いていたのが、顔がまったく見えなくなったためにどこで何をやっているんだという話になってくる。

日本はジョブ型の人事制度ではなく、時間管理はできているとしても成果主義ではないので、できる人はどんどん仕事をするのですが、できない人は仕事をしなくなる。そうなると、結局できる人ほどプレッシャーになって、家でテレワークをすればするほどストレスがたまって、まさにストレスフルな状況に追い込まれてしまうということが、現実にもう起き始めています。

そういう意味で、テレワークはまさに本社オフィスがあるべき姿を改革するということと、もう1つは、それ以外のところで働く時の選択肢を選べる働き方ができるかどうかが課題ではないかと思います。

 私は従業員が働き方を選べる、多様で柔軟な働き方を実現することと、新たなテクノロジーをどのように活用していくのかの2つの両輪がとても大事だと、実はコロナの流行以前から申し上げていました。この2つが揃わないと、なかなか働き方改革は次のところへ行けない。そのまさに1丁目1番地がテレワークだと思っています。

つまり、日本の会社では、多様で柔軟な働き方改革と新たなテクノロジーの活用が充分に行われていないところに、この春から強制的なテレワークが始まってしまったところが多かったわけです。考え方から何から、ありとあらゆる面でそうです。

そこで、このコロナ禍で先進的な取り組みをしていた企業とそうでない企業の間で、ものすごく差がついてしまったと思います。

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