【特集:脱オフィス時代の働き方】
座談会:テレワークは働き方に何をもたらしたのか
2020/12/07
ICTのリテラシーをめぐって
鶴 テレワークの問題というのはかなりの程度がテクノロジーの問題であるところがありまして、今ではオフィスをデスクトップ上で再現するということがかなりできるようになっています。Zoomなども、私は以前はほとんど使うことがなかったのですが、やってみると、ほぼ対面と同じように感じられ、自分が思っていたよりもできるという印象です。
そうなってくると何ができないのか。島津さんがおっしゃったような、雑談とかちょっとした質問をしたいというようなこと。つまり、あらかじめ予定されていないタイプのコミュニケーションが難しいという状況が出てきている。ただ、いろいろな取り組みを聞いていると、これもやりようがあるのではないかとも思います。
高田さんがおっしゃったような中高年のおじさんは、やはり「職場」というイメージを強く持っているから、そこに大変こだわりを持っていて意識改革ができない。早く元の状態に戻りたいと思っている人たちが多い。今の経営層に近い人たちはそういう考えの人も多いと思います。
島津 鶴さんが言われたようにテクノロジーの進化は、ずいぶん大きいものがあって、Zoomにしても、ずいぶん使いやすくなってきたと思います。これをどのくらい使いこなせるかどうかが確かに重要ですが、反面、こういったテクノロジーが進化しすぎた場合、逆に人間はもしかしてテクノロジーに支配されてしまうのではないかという点がなきにしもあらずです。
最近、人類生態学の先生と話をした時に、こういった便利になった社会というのが本当に人間にとっての幸福につながるのかどうか、ちょっと考えてしまいました。テクノロジーの利便性のメリット、デメリットを考えなくてはいけないかと思うのですが、確かに働き方の選択肢が広がったのは非常に大事なことだと思います。
これまで対面でしか会議ができないと思い込んでいたのが、リモートでもやればできるじゃないかと、意識をガラッと変えさせたことのメリットというのは、やはりすごく大きいですね。
高田 確かに今、ITにおいてイノベーションが起きているわけですよね。イノベーションというのは、最初はたぶん10何%の人しか受け入れられないから多くの人々は抵抗を感じます。しかし、今のこの変革の時期というのは、そんなに悪い時期ではないのではないかという気が個人的にはしています。
私は、今年サバティカルなので教授会に出ていないのですが、同僚は、オンライン化されたために本当に長い教授会がなくなってよかったと言っています(笑)。ところが、偉い先生方は我慢ができなくなってしまって、今月から教授会を対面でもやることになったそうです。
これは鶴さんがおっしゃっていた、昔のパターンでないといけないという人たちが多いということだと思うのです。アカデミアの世界でも、そういった人たちが多くの場合決定権を持っている。だから、それに逆らうことができるぐらいの理論武装とか便利なツールが出てこないと、改革の速度は遅くなるのかなと思っています。
松岡 その状況はよくわかります。鶴さんの言われたテクノロジーベースで言うと、ICTの進化によって、それを使いこなせる人と使いこなせない人の格差、いわゆるICTリテラシーの問題がすごく大事になってきます。
若い人たちはもちろん皆ICTを使えるけれども、年配の意思決定者たちはなかなか上手に使いこなせない。そうして、ますます格差が開いてしまうところがある。
一方、おじさんたちの強みは何かというと、ICTを介在しないコミュニケーションリテラシーでした。これはもう腹芸の世界で、いわゆる暗黙知のコミュニケーションを得意にしている。この人たちが、テクノロジーを使って遠隔で働かなくてはいけないという話になった途端に弱者になってしまい、やはり意思決定のようなところが企業の中で非常に不明瞭になっている。
若い人たちはばらばらに働いているから、情報も分散して偏在化してしまう。やはりどこかで情報を一極に集中させて意思決定しないといけないわけです。経営陣は、意思決定を行う時にはフェース・トゥ・フェースで、空気を読みながら決めていくコミュニケーションリテラシーが重要になってくるわけですが、このあたりの弱点がまさに浮き彫りになってきている感じがするのです。だから企業もものすごく悩んでいるのだろうと思います。
鶴 暗黙知という言葉も出ましたが、日本のメンバーシップ型の雇用の中では皆同じところに長くいて、阿吽(あうん)の呼吸で通じていたところもあった。高田さんがおっしゃったように、そのことによって、明確に言わなくても皆同じことを考えているような、コーディネーションシステムとしてものすごく効率的なものを日本の大企業はつくり上げてきた。
皆が同じところで、同じ釜の飯を食う。上司も部下も相手の顔が見えることによって安心している。それはそれですごく効率的なシステムなのですが、そこで抜け落ちてしまっていることもいろいろあったと思うのです。このコロナ危機で何か日本の企業の組織や働き方の、ものすごく本質的なところが炙り出されて、われわれが無意識でやっていたようなことについてもいろいろな気付きが出てきているのでしょう。
リモートと「働き方改革」
鶴 次に、近年働き方改革と言われていましたが、その視点から考えてみたいと思います。長時間労働の是正の面など、働き方改革の流れと、テレワークでの働き方の課題との連関をどう考えるか。またメンタル問題の話ももう少しできればと思います。
高田 私はリモートワークについては結構ポジティブなんですね。私たちの国は、何かのものすごい外圧がないと基本的に変わってこなかったという歴史があるので、この危機を契機に変わっていけばいいなと思っているのです。
皆が出社するという今までのシステムは顔を見て判断できるという点では合理的なシステムだったわけです。今、阿吽の呼吸とおっしゃいましたが、ビジネスの現場では「察する」ということがすごく大事だった。上司の半歩先を読めることができるビジネスマンの条件でした。
阿吽の呼吸とは、上司が次に何をしたいかを察することで、それは常に一緒にいるからこそできることです。リモートになってしまうと、一緒にいたことで得る情報で未来を予測するという情報処理ができなくなって、逆に自分で集めてきた情報を自分なりに加工して何とかするという能力がすごく求められるようになってくるのだろうなと思います。
働き方に絡めて言うなら、これまで重要な情報は、アフター・ファイブだったり残業の時間などに出てきていた。これは家庭がある女性にとっては不利なシステムで、5時に帰ってしまう人たちにとってはその情報にアクセスしようがない。私はオールド・ボーイズ・ネットワークと呼んでいるのですが、今までおじさんたちの一緒にいた時間の長さで形成されるネットワークに女の人は入ってこられなかった。
ところが、リモートになると、オールド・ボーイズ・ネットワークの形が変わってしまうので、これは女性たちにとってはプラスなのではないかと思います。もちろん現実を見れば、非正規雇用の女の人たちは最初に切られてしまいますから、全部の女性にとっていい兆候だとは決して言えないですけれど、少なくともキャリアを志向している女性、もしくは正社員でずっと頑張って働こうと思っている女性には良い側面もあると思っています。
松岡 まさに働き方改革は何のためにあったかというと、労働時間を短縮しながら労働生産性を上げていこうということだと思うのです。しかし、リモートで家で働きなさいという話になると、さぼっている人もいる一方で、過剰に働いている人たちもいる。
1人で家でずっと集中して仕事をし続けている若い人たちが、孤独感や疎外感に苛まれたりするのは、そうならざるを得ないところもあって、決して生産性が上がっているわけではないと思います。日本生産性本部の調査では、リモートワークになって約70%の人は仕事の効率が下がったと感じたという調査結果も出ています。
もう1つ大きな問題はイノベーションだと思います。新しいことをつくり出すための知恵を出すには、直接関係ないことをいろいろやりながら、ああでもない、こうでもないという雑談の中からアイデアが生まれたり、プロトタイピングをしたり、皆でワーワー言いながら生まれてくることが多い。そういう部分がリモートではまだできていない。
そう考えると、やはりリモートだけで生産性を改善していくというのは、おそらく現時点では非常に難しいかなと思います。
私は、リモートとリアルのベストミックスみたいなものが究極的には必要になってくると思っています。イノベーションを起こすための準備をするにはリモートでいいけれど、準備ができた人たちがフェース・トゥ・フェースで集まって、ああでもない、こうでもないとやりながら、知恵を絞って何かを生み出していくという作業がやはり要るのではないかと考えています。
2020年12月号
【特集:脱オフィス時代の働き方】
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