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【特集:裁判員制度10年】
座談会: 「国民の司法参加」は何を変えたか
──その先の10年を見据えて

2019/10/05

最高裁平成26年判決をめぐって

小池 量刑傾向の変化を考える際、幼児虐待による傷害致死の事案で求刑の1.5倍の判決が出て、それを最高裁が破棄した事例(最高裁平成26年7月24日判決)がありますね。この判決をどのようにお感じでしょうか。

鈴木 最近はマスコミの論調などを見ると、裁判員が決めた量刑を高裁、最高裁でひっくり返すと、裁判員が量刑判断に加わる意味がないのではないか、という指摘をされることもありますが、そうではないと感じています。

牧野 これは「重すぎるから駄目だ」と言っているわけではないのです。ただ、例えば検察官の求刑の1.5倍のように大きく枠を飛び出る場合には説得的な具体的な理由を言え、と言っているだけだと思います。

石田 平成26年の判例の背景には、要するに刑事裁判に客観性、処罰の公平性という要請があることと、国民の健全な感覚、視点を反映させるという裁判員裁判導入の趣旨を何とか調和させないといけないという問題があったのだろうと思います。

最高裁は、これに1つの回答を示したと捉えていいのかなと思いますが、平成26年判例の補足意見を併せて読むと、この判例は裁判員に対するメッセージというよりは、身内の裁判官に対して、ある意味激励というかお叱りという面があるのではないかと思います。

例えば補足意見の中で、裁判官としては重要な事柄は十分に説明し、裁判員の正しい理解を得た上で評議を進めるべきだ。そうすることが裁判員と裁判官の実質的な協働につながると言い、評議を適切に運営することは裁判官の重要な職責だという指摘をしているので、この判例は裁判員制度の趣旨と対立的に読む必要はないのではないかと感じます。

牧野 同感ですね。

鈴木 よく、検察官は、刑は重ければ重いほどいいと思っていると誤解されがちなのですが、もちろんそんなことはなく、「公益の代表者」ですから行為に見合った、いわば「いい塩梅」の処罰を受けるべきだという観点から求刑を決めています。ですので、裁判官・裁判員の方には、検察官の求刑を参考にしていただきたいとは思っています。ただ、検察官としても裁判員裁判の判断は尊重していて、控訴の判断も相当慎重にしていると思います。

辞退率はなぜ上がっているのか

小池 それでは次に、参加する裁判員、その候補者である一般の方々の側に議論を移していきます。裁判員は20歳以上で選挙権のある方の中から、前年の秋頃に翌年の裁判員候補者がまずクジで選出されます。翌年になりますと、今度は事件ごとに、またクジで裁判員候補者を選び、ここまでに辞退が認められなかった方は選任手続期日に裁判所に来ていただいて、最終的に残った方の中から裁判員6名と、普通は補充裁判員も1〜2名併せて選ばれているようです。

澤田さん、選任されたときはどのように感じましたか。

澤田 何か予感はあったのですが、実際選任されたときは、びっくりして自分の番号を穴が空くほど見つめました。そのときに、後ろのほうでため息をついていた方がいて、その方は自己紹介のとき「選ばれたくなかった。やりたくない」とおっしゃっていました。でも、裁判が始まると、だれよりも真面目に最後まで務められていたので、何か心境の変化があったと思うのです。

私もそうでしたが、初公判で被害者と被告人の姿を目の当たりにしたとき、「この人たちのために全身全霊かけてやらなければ」という使命感を感じました。

小池 澤田さんのように選ばれたからには使命感を持って参加してくださるという方が多くいらして、最高裁が出している「裁判員制度10年の総括報告書」によると、今までのところ、裁判員のなり手がいなくて裁判が成り立たないという状況は一度も生じていないようです。ただ、憂慮されるのは、辞退される方、あるいは辞退されていないのに欠席される方の割合が上昇していることです。

辞退された方の割合が平成21年は58%だったのが、24年に62%、29年に66%と、上昇している。あるいは選任手続期日への出席を求められた候補者のうち、実際に出席した人の割合は平成21年が88%、24年が76%、29年が64%と下降しているんですね。

牧野 最高裁の「総括報告書」は、実は非常に甘い判断で、今、直ちに困らないと言っていますが、はやく手を打つべき事態なのです。候補者として通知したうち、辞退と欠席を入れると78%が来ていない。何とか人数を賄っているから、今のところ平気だ、と言っているけれど、そんなことを言っているうちに90%が来なくなってしまったらどうするんだ、と思います。

なぜこんなことになっているか。関心の低さが原因だというのは正しい認識だとして、われわれが行っている裁判員経験者からの聞き取りから考えると、ある程度有効な対策があると思っています。

最高裁での裁判員経験者についてのアンケート結果では、最初は半数近くが「やりたくなかった」と答えているのに、経験した後は96%以上が「やってよかった」と言っている。これは大変重要なことで、つまり、「やりたくなかったのが、なぜ変わったのか」というところにヒントがあります。

「候補通知が来たときに辞退を考えた」という人の1つの大きな理由は情報がまず足りないということです。裁判員というのがどんなことなのか分からない。無人島に行かされるように感じて、着ていく服も分からないし、不安でしょうがない。この対策は情報を与えればいいわけです。

2番目はもっと実質的なことで、「私は裁判員として務まるのだろうか」という不安です。素人の私に審理が理解できるのか。理解できたとして、自分のような素人が裁判官に意見を言えるのだろうかということです。

そして最後に、人の運命を決めてしまうということに対するためらいです。なぜ私が人の運命を決められるのか。実刑か執行猶予か、有罪か無罪かなんて判断はできないんじゃないかと思う。

小池 その不安はよくわかりますね。

牧野 では、終わった後に、なぜ「96%がよかった」ということになるのかと言えば、全部その裏返しで、審理が思いのほか理解できた。検察も弁護人も分かりやすく説明してくれているし、分からないときには、評議室に戻った後、裁判官に質問すると教えてくれる。また、思っていたよりも自由に意見が言えた。

内容が理解できて意見が言えると、それが充実感に変わってくるのです。人の運命を決める重さは消えませんが、1人で決めるのではなくて、裁判官、裁判員全員で徹底的に議論した後で決めることができたということは、やりがいに変わるのです。

このようなことを、皆にもっと知ってもらうべきです。内面のモチベーションというのは最も大事だと私は思っています。それがもっと伝われば、辞退率はかなり好転すると思います。

もう1つ言わせてもらえれば、守秘義務の問題も大きいと思います。

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