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【特集:裁判員制度10年】
座談会: 「国民の司法参加」は何を変えたか
──その先の10年を見据えて

2019/10/05

量刑はどう変わったか

小池 それでは刑事裁判の内容がどう変わってきたのかという点に移りたいと思います。

裁判員制度は、国民の視点、感覚が裁判における判断の内容に反映していくことを予定する制度です。当然事件によっては、従来とは異なるような判断がなされることがあるわけですが、変化が統計で把握できる形で生じているのが、量刑です。

刑法が犯罪に対して予定している刑の幅は非常に広く、例えば強盗致傷の罪ですと、最も重くて無期懲役、軽いと執行猶予にもできます。しかし、具体的な判断をどう行うのかは法律では決まっていません。これでは裁判員の方が刑法の条文だけ見せられ、「さあ考えてください」と言われたら、おそらく困ってしまうでしょう。裁判所としては量刑の評議、判断、どのような形で進められているのでしょうか。

石田 量刑の判断についての本質は、犯罪行為にふさわしい刑事責任を明らかにすることです。要するに悪い性格の人だから処罰するということではなくて、「悪いことをしたから処罰します」という発想です。

例えば、私たちが子供のいたずらを叱るときに、ペットをちょっと追い回したぐらいだと軽い注意で済ますはずですが、これを箱に閉じ込めて押し入れに入れたとなると、叱り方が違ってきます。それは、後者のほうがやったことがひどいと感じるからでしょう。

量刑の本質を「行為責任」という言葉を使って説明していますが、要するに、これが意図するところは、このように常識的な感覚に沿った量刑判断をしましょう、ということです。

ただ、「犯罪行為の重さを量ってください」と言われても、なかなか難しいので、まずは犯罪行為それ自体に関する事実に着目して、ある程度社会的な類型として捉えられないかと検討していくわけです。

小池 同じ罪名でも、いろいろな類型があって、それによって量刑が変わってくるのですね。

石田 例えば強盗致傷罪という犯罪がありますが、これはタクシー強盗、銀行強盗、ひったくり強盗と、類型ごとにおのずと量刑の判断はまとまってくるところがある。それを量刑傾向と呼んでいますが、これをまず見るところからスタートしましょう、と進めていきます。

この量刑傾向を前提に、今回の事件の犯罪行為に関する事情を踏まえて、被告人の犯罪行為がこの量刑傾向の中だとどのあたりに位置付けられるのかを議論していくのです。

「大体このあたりの幅ですね」ということが評議の中でおおむね合意できれば、最終的に何年何カ月にしましょうか、ということを考えるステップに入ってきます。その時点で、今度は被告人の犯行後の反省状況など、要するに更生の可能性をうかがわせる事情、一般情状を考慮して最終的な量刑を決めている。これが量刑評議の一般的な姿ではないかと思います。

小池 そのようなやり方で評議を進められた結果、裁判員裁判の実際の量刑がどうなっているのか。最高裁が公表している資料を見ると、全体としては、裁判官裁判時代とおよそ連続性がないような量刑にはなっていませんが、犯罪の種類によっては変化が見られます。

例えば、殺人では、最も割合が大きいゾーンが、従来よりは少し重めになっている一方、執行猶予付きの判決も増えていて、量刑の幅が広くなっている傾向があります。それに対して、傷害致死罪や性犯罪などは、はっきりと重くなっているようです。

石田 傾向としてはその通りだろうと思います。これらは、まさに裁判員と裁判官が協働することで、裁判員として関与していただいた国民の皆さんのいろいろな視点や感覚が反映された結果ではないかと受け止めています。

牧野 量刑に関しては、裁判員は一生に一度のことなので、その事件に関して相当集中して考えるのです。同じ市民が被告人であり被害者なので、判決を言い渡した後の更生とか、刑務所に行ったらどうなるのだろうという処遇まで考える。それが量刑にも反映してくるということは非常に大きなことだと思っています。

鈴木 最近、検察庁でも被疑者・被告人の再犯防止や更生に取り組んでいて、私も地検で社会復帰支援室の室長検事をしていましたので、裁判員の方もそういう点にも関心を持ってくださっているのは、嬉しく感じます。

澤田 裁判員は生活に根ざした判決を出す傾向があるような気がします。強烈な体験なので、いい意味で感情移入もしますし、「自分だったら、自分の家族だったら」ということも考えますので、性犯罪などが重罰化の傾向にある、ということは納得できます。

刑法の性犯罪規定は2017年に改正されましたが(強姦罪から強制性交等罪に改正)、評議のときに、以前は強姦罪の下限が懲役3年だったと聞いて、「それは軽すぎないか」という感想が出ました。裁判員が加わったことによって、そういう部分は変わったのかなと思います。

牧野 たぶん量刑の傾向が職業裁判官だけのときと違う理由は、2つの原因があるような気がします。

1つは、量刑傾向というのは、例えば性犯罪の場合に何年くらいという幅に収まるのは、正解があったわけではなく、職業裁判官のみの時代に判決を言い渡していくうちに、「大体このぐらい」というのができていったわけです。すると、この「性犯罪が強盗より軽い」というのは、一般人の感覚ではおかしいと感じるわけです。

つまり保護法益の感覚が職業裁判官とは「ずれて」いて、一般市民の感覚からするとおかしい、ということで少しずつ刑が重くなり、一昨年の法改正にまで至ったという面があると思います。

それからもう1つは、やはり行為責任だけではなく、一般情状として更生可能性とか反省などの処遇を考えたときに、行為責任の大きな枠の中でギリギリどちらに行くのかがかなり揺れる。それが大きな枠の変化にまでつながっていった、ということもあるような気がするのです。

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