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【特集:裁判員制度10年】
座談会: 「国民の司法参加」は何を変えたか
──その先の10年を見据えて

2019/10/05

  • 澤田 敦子(さわだ あつこ)

    主婦、裁判員経験者

    白百合女子大学文学部卒業。カンタス航空フライトアテンダントを経て現在は主婦。2018年東京地裁にて強制性交等致傷罪の事件の裁判員を担当。

  • 牧野 茂(まきの しげる)

    弁護士、裁判員経験者ネットワーク共同代表世話人

    塾員(1973法)。弁護士(フェアネス法律事務所)。日本弁護士連合会刑事弁護センター幹事。第二東京弁護士会裁判員センター委員。著書に『裁判員裁判のいま』(共著)など。

  • 鈴木(宮﨑)朋子(すずき (みやざき) ともこ)

    東京高等検察庁検事、慶應義塾大学大学院法務研究科教授

    塾員(1997法)。1999年検事任官。東京地検、福岡地検等を経て、2005年イリノイ大学ロー・スクール修士課程修了。08年法務省刑事局付検事、東京地検社会復帰支援室長検事等を経て、17年より現職。

  • 石田 寿一(いしだ としかず)

    東京地方裁判所判事

    塾員(1998法)。2000年判事補任官。秋田地裁、千葉地裁、広島高裁岡山支部等を経る。2010年判事任官。12年最高裁調査官、17年より現職。18年より慶應義塾大学大学院法務研究科派遣教員を兼任。

  • 小池 信太郎(司会)(こいけ しんたろう)

    慶應義塾大学大学院法務研究科教授

    塾員(1999法、2004法修)。2007年慶應義塾大学大学院法務研究科専任講師、11年同准教授を経て、16年より現職。専門は刑法。09年~11年ドイツ・ケルン大学客員研究員。

裁判員制度10年を振り返って

小池 裁判員制度は本年5月で施行10年を迎えました。その間、全国の裁判所で12,000件を超える判決が出ており、裁判員等として刑事裁判に参加した方の数は9万人を超えています。

この制度は殺人、傷害致死、強盗致死傷といった重大事件の裁判の審理と評議を、一般の方から選ばれた裁判員6名がプロの裁判官3名とともに行うものです。導入の趣旨は、裁判の進め方や内容に法律家以外の国民の方々の視点、感覚が反映されることで、裁判に対する国民の理解と信頼を高めることにあるとされています。この座談会では、果たしてこの狙いは実現されているか、制度の運用上の課題は何かといったことについて、皆様のお話を伺っていきたいと思います。

まず、施行から10年を経て、それぞれのお立場で裁判員制度について率直に思われていることをお願いできればと思います。

石田 私は裁判官になって20年目です。東京地裁で刑事部に所属し、裁判員裁判の合議体に加わっています。

この10年間、高裁や最高裁にいた期間があるため、地裁で実際に裁判員裁判を担当した期間は最近の2年あまりです。担当件数も多くはありませんが、いずれも、評議をさせていただいた裁判員の方々は本当に熱心に、かつ真面目に証拠に向き合って議論をしてくださいました。

今まで顔を合わせたこともないメンバーの中でご自分の感覚に基づいて意見を言うこと自体、日常さほど経験することではなく、戸惑われる方もいらっしゃるかと思います。しかし、「多面的に検討して生き残った意見こそが、われわれのチームの最善の結論になるので、ぜひともおっしゃってください」と申し上げながら意見交換を重ねますと、本当にハッとさせられる発言が随所にされている、と感じています。

そうした意見交換が判決の理由付けに厚みを持たせる確かな原動力になっており、まさに様々な視点と感覚が反映された判断をしているという実感を持っています。

運用上の課題はまだまだありますが、これまでのところは国民の理解と協力の下に、裁判員制度はおおむね順調に運営されてきたという評価は、現場の一裁判官としても違和感がないと思っています。これは裁判員等を務めてくださった方のほか、こうした方々を送り出してくださった職場や家族の方のご協力があってのことと思います。本当に有り難いことであり、御礼を申し上げたいと思います。

鈴木 私は平成11(1999)年に検事に任官していますので、ちょうど裁判員裁判が始まる前の10年間と、裁判員裁判が始まってからの10年間を経験してきたことになります。

施行前には法務省の刑事局で裁判員制度を国民の皆様に理解いただくための広報に関わっていました。そのときは、正直申し上げて、「この制度は本当に上手くいくのだろうか」という不安も感じていました。

ただ初めて自分が裁判員裁判の法廷に立ったときに、「これはすごい制度だな」と、身震いするような衝撃を受けたのを覚えています。この制度で、司法も、司法と国民との関係も大きく変わっていくのだろうと、大きな可能性のようなものを感じました。

裁判員裁判は国民と司法の協働作業で作り上げていく制度だと思っています。そして、この10年間、制度をこんなにもドラスティックに変えていながら、大きな混乱もなく、堅実に運用されていると思います。司法の側の努力もありますが、なにより、裁判員の方々が使命感と責任感をもって真摯に取り組んでおられるからこそだと思います。裁判員の皆さんは、本当に真剣に臨まれていて、証人や被告人への質問内容も、ときには裁判官より鋭い質問をされ、それで法廷の雰囲気がガラッと変わることもあり、本当にすごいなと感じます。この制度を通じて、日本の底力のようなものも感じています。

牧野 私は裁判員制度が始まる前年の2008年頃から日弁連の中の裁判員本部(当時は裁判員制度実施本部)に入っていました。そして制度施行の翌2010年に裁判員経験者ネットワークという経験者の交流団体を有志とつくり、経験者の心のケアと体験からの社会への発信活動をしてきています。

私も施行前は期待と不安がともに非常に強かったです。もともと職業裁判官だけの閉ざされた評議室で判決が書かれることに対しては不満があり、市民が司法に参加するということには、とても期待していました。

しかし同時に、果たして国民が受け入れられるような仕組みを作れるのか。また、市民は本当に参加してくれるのか。犯罪を扱うところにいきなり飛び込むことを嫌がってしまうのではないか。裁判所の中でしっかりと意見も言い、裁判官と対等に協働できるのだろうか、という不安もありました。

そこで、裁判所、検察庁、弁護士会、で、制度が始まる前に予行演習として模擬裁判を全国各地でやった際に私は積極的に加わりました。始まってみたら予想を上回る素晴らしい運用実態で、非常に喜んでいます。やはり法曹三者がきちんと準備したのも大きかったし、啓蒙活動をする市民団体の準備もよかったのだと思いますが、日本人の真面目な国民性が支えていると思います。

判決の内容についても、市民の素朴な常識が生かされることが、裁判官にも刺激を与えたようで、私は、この制度により、無罪推定の原則が実現したのではないかと思っています。

小池 澤田さんには、今日は裁判員経験者として参加いただいています。

澤田 私は昨年、裁判員を務めました。事件は強制性交等致傷罪でした。

最初は普通の傷害事件だろうと思っていたのですが、選任の日に行ってみたら性犯罪で、これは思ってもみなかったことでした。事件の概要を見て、急に緊張してすごく不安になってしまいました。

選任された後、裁判官と裁判員同士で自己紹介をするのですが、「とても深刻な事件で、やっていけるか心配です」と言ったことを覚えています。不安をしずめるために、性犯罪の素人向けの本を2冊買って帰りました。

小池 裁判員を経験されてから、刑事司法や裁判に対する見方が変わってきた面などありますか。

澤田 はい。裁判員を務めてから意識的に社会を見るようになって、以前は無関心でいられたことも無関心ではいられなくなりました。

皆さんそうだと思うのですが、特に自分が担当した事件と類似の事件は自然と目が向くのです。今年3月に性犯罪で無罪判決が続いた時は、いてもたってもいられなくなって、性犯罪のシンポジウムに行ったり、フラワーデモにも参加しました。以前の自分だったら考えられないことで、行動に一歩踏み出すことができる自分にも感動するし、これは裁判員を経験していろいろなことを考えた結果なのかなと思います。

先ほど石田さんがおっしゃっていたように、裁判員は真面目で、過去の裁判員の方々が誠心誠意取り組んでこられたということは、評議の時の裁判官の私たちに対する態度でわかりました。私たちのことを信頼してくれて、評議室に入った時から、ウェルカムという雰囲気がありましたから。

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