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【特集:『帝室論』をめぐって】
小泉信三が見た皇太子──全集未収録の田島道治宛小泉信三書簡より

2019/05/07

③皇太子の研究発表(昭和27年2月1日)

拝啓

先夜は久し振りにて歓談、誠に楽しい事でした。

今日は又々晴(ママ)明寮生研究報告の定日につき、夕方から出かけました。報告者2人、その1人が皇太子殿下で御研究題目はモンテエヌ、小生講評の概要左の如し。

殿下は報告の滑り出しが悪るく(頻りに吃り頻りにせき払ひせられしを指す)、如何になり行くことかと一時御案じ申しましたが、御発進の後は御調子よく御論旨も御用語も精錬せられ、よき御報告と存じます。モンテエヌ、パスカルの如きフランスの哲人はドイツの哲学者とは趣きを異にし、いかにも賢人(ワイズマン)といふ感じがしてその思想体験に触れることは私には楽しいことでありました。

殿下が御報告の中に理性と信仰、ギリシア哲学とキリスト教の問題がモンテエヌによって如何に考へられたかを御叙べになり、彼れが傲然として、「吾れは疑ふ」といはず、「吾れ果して何をか知る」Que sais-je?といふ言葉でその思想を言ひ現したことを御指摘なされましたのは、なかなかに興味あることでした。序でながら、近頃ク・セ・ジュ文学といふものがあり、私は単にWhat do I know?だけの意味のものと思ってゐましたが、その語がモンテエヌに出づることは御報告によって承知しました。

次ぎに御報告の御態度等について申せば、御言語は明晰でありましたが、時々少し早口におなりになり聴取に困難な節もありました。ノートを御読みになりますとき、ノートばかりを御覧にならず、時々ノートを御覧になりつゝ目を放って聴衆に話しかける御態度を以て講述遊さるべきことは、かねて御注意申上げましたことであり、殿下もそれを御努めになりました迹(あと)は認められますけれども、なほこの点不充分で、今後御気をおつけになるべきことゝ存じます。お声ももっと太とく強くお出しになればなほ結構です。 以上

殿下には質問して、主として御読みになりしものは何かとお尋ね申上しに、「随想録」と「エピクテトスに干(ママ)する対話」の由、「原文で御読みになりましたか」「イエ、翻訳です」「モンテエヌの仏文は立派なものときいてゐます。少し原文も御読みになりましたら宜しいでせう」云々。こんな事で、今夕も楽しい事でした。匆々。

一日夜
信三

田島老兄

(解説)高等科時代の皇太子の研究発表について伝える書簡。モンテーニュは、16世紀フランスの思想家で、「Que sais-je?」は彼の主著『エセー』の中に登場する言葉である。小泉は皇太子の弟である義宮正仁親王(常陸宮)の研究発表も同様に聞いており、こちらも田島宛書簡で感想を書いている(同年1月28日)。

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