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【特集:『帝室論』をめぐって】
小泉信三が見た皇太子──全集未収録の田島道治宛小泉信三書簡より

2019/05/07

②皇太子、ボードゲームに興じる(昭和24年6月9日)

長途の御巡幸の愈々(いよいよ)最終段となりたることを祝し、連日心身の御苦労を深く御推察申上ます。

天皇陛下日々の御励精、新聞電報によりて拝察し、恐れ多きことに存じます。各地奉迎の情況は、東京新聞よりは却てアメリカ雑誌の方が詳細なるの観あり。或はすでに御覧かと存じますが「タイム」(6月6日号)の切抜きを同封御目にかけます。

東京は変ることなし。今日は小生小金井の寮に参り、殿下を始め寮生と会食し談話する定日なれども、今日は諸生と共に博物館御見学の事あるにつき、一同休会としました。

昨日招かれてヴァイニング邸に参る。此日は殿下英語御稽古の定日なるが、ヴァ夫人の試みにて夫人のよく知る2人の(米濠〔オーストラリア〕)少年を招き、殿下と共に遊戯せしめ、また共に午後の茶を差上げたいといふ趣好につき、小生も賛成し、其席に列なった次第です。米少年はTony Austin、濠少年はJohn O’Brien、トニイはG.H.Q.の天然資源局に勤務する学者の子、ジョンはブリガディヤア・ジェネラルの子です。年は何れも東宮殿下と同じか一年下、トニイは丸々と太とりしヒョウキン者、ジョンは恐ろしく背の高い、落ち着いた少年、この外に御同級の橋本、斯波両少年が御一緒でした。

遊戯は‛Monopoly’といふ土地を買ったり売ったり、抵当に入れたり、貧民を救済したり、租税を納めたりといふ遊びですが、 殿下は至極愉快げに遊ばされ、トニイの滑稽なる言動に快笑し給ふこともあり、日本人同志とも英語で御話しになり、順番が来ればdicesを取って次の者(ジョン)に渡しておやりになる。ジョンはThank youと答へてそれを振る。diceの目の結果、殿下が支払ひをなさることもあり、受取らるゝこともあり、Thank youとお答へになりつゝ紙幣代りのカアドを受取らるゝその御様子など、極めて自然にて、ヴァ夫人は屢 々(しばしば)満足の体にてウナヅイてゐました。一度mortgageといふ言葉が分らず、夫人は小生に説明を求めたるにつき「抵当」と申した事に、殿下は「テイトオ?」と御聞き返しになりましたから、更に委しく申上げて漸くお分かりになりました。あとでヴァ夫人と姉君と小生と3人The Crown Prince hasn’t had anything with mortgage, has he? とて大笑したことでした。

遊戯終って後、階下にて菓子、サンドヰッチ、フルウツジュウスの御饗応がありました。ヴァ夫人の図ひで、食堂は少年のみ。卓の一端に殿下、その左右にトニヒ、ジョン、その次ぎに斯波と橋本といふ席順でした。吾々大人は次ぎの間で、やはりフルウツジュウスやコカコラを飲みながら食堂の談話に時々耳を傾けてゐました。食堂の談話は断ゆることなく、屢々笑声がきこゑて来ました。殿下は沼津の海で、銛をゴムの弦で射て魚を捕る話をせられ、かなり長時間に亘って会話をリイドせられ、ヴァ夫人姉妹と小生とは相顧み、微笑して黙頭(うなず)かることも屢々でした。殿下の御口癖はHave you ever seen……? といはれることで、両外国少年に対し色々の事を質問せられ、前後2時間許りの後一同と握手せられ、夫人姉妹には丁寧なる礼辞をお述べになってお皈(かえ)りになりました。小生も同時に辞去しましたので、その後の事はきいてゐませんが、夫人の満足は充分に察せられ、両少年も大(おおい)に楽しんだこと疑ひなきところと存じます。

余は拝顔の上万々。 不具

6月9日
小泉信三 

田島老兄

鹿児島からの御端書正に拝見。御健勝を祝します。

(解説)ヴァイニング夫人邸における皇太子の外国人少年との交流を報告する書簡。「ブリガディヤア・ジェネラル」(brigadier general)とは准将のこと。積極的に英語でコミュニケーションを図ろうとする高等科一年生時の皇太子の様子を伝える。

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