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【特集:「多死社会」を考える】
座談会:今、「死」の捉え方はどのように変化しているのか

2026/02/05

コロナ禍で変わったもの

堀江 コロナの影響を皆さんがどう考えているのか知りたいのです。特に、コロナを境に、お葬式の規模がかなり縮小したとよく言われますが、コロナで何が変わったかという実感はいかがでしょうか。

戸松 私はコロナをきっかけに、もともと思っていたことが正当化されたのだと思うのです。お寺さんに対しても、親族、地域に対しても、「コロナなので三密を避ける意味で、家族だけで近親者だけで葬儀をやります」と。そうするとまず費用がかからない。本当にやりたければ、その後にやることもできますが、その後も全然戻っていないのです。

葬儀の形が変わっていくのは、普段の生活が反映されるからです。多分コロナが1つのきっかけになったのだと思うのですね。

もちろん地域によっては戻っているところもありますが、結局、1日葬が定着し、お通夜をやらず、そこで飲み食いもしない。そのようになったのは、恐らくもともとそう思われていた方が多かったからであって、宗教離れとかいう問題ではないと思っています。

辻井 僕も業者側の資料や動きを見ていて同じように思っています。コロナ前からあったニーズが、「コロナだから」ということで表面に出てきている。お墓の選び方も葬儀もお金をかけないようにと。2020年代以降はそういう理由づけとして使われている部分は大きいかなと思います。

コロナ禍で会えなくなったからと言いつつ、よりコストをかけない新しい弔い方みたいな感じで事業者側も、デジタル的な文脈を含めて探っているのかなと思っています。

堀江 でも、リモート葬儀・法要は日本では定着しなかったのですね。それは「リモートでもいいからやりたい」という、そこまでの熱意が実はなかったということの表れなのでしょうか。

戸松 リモートの法要は全然駄目ですね。やはり理屈ではないのです。「めんどくさい」とか言いながら、お坊さんに頼み法要の場を設けて供養してもらっている。それに比べてお墓は今、行かれない人の代わりに業者がお参りして、映像を撮って送ることを普通にやっている。そこに多分、理由はないような気がしています。

「AI故人」は広がるのか

堀江 私の調査では、宗教的な数字が軒並み下がっている一方で、死後の霊魂に関する信念や生まれ変わりや祟りを信じる傾向は高くなっている。ある種のスピリチュアルなものへの関心は逆に高まっていると言えそうです。

死者の声を聞きたいというのは、昔であれば霊媒とかがあったけれど、そこにデジタルなものが入る余地、要するにAI、チャットボットが死者の代わりになる、いわゆる「AI故人」は今、議論されていますね。

澤井 そうですね、それは今後どのように技術が進むのか。デジタルネイティブの人たちの、生まれてからネット上に残した様々なデータは動画も含めて膨大にあります。それを全部AIに読み込ませて、1つの人格を作ることは技術的にかなりできますね。

辻井 日本でもベンチャー企業なども含め、それこそ多死社会のビジネスとしてやろうとしています。アメリカや中国をモデルにして。

井口 中国はもうやっていますよね。

澤井 その精度が上がると、私が死んでも「澤井みたいな受け答えをする奴」は残っていくわけですが、それが死生観を変えることになるのかどうか。

戸松 うちの檀家でも、「極楽浄土に行けると思う人」と聞くと、1割ぐらいしか手を挙げない。だけど、「ご先祖が守ってくれていると思う人」と言うと9割ぐらい手を挙げるのです。それは医学部生も一緒です。だから、合理的にわかっていることと、感じることとは違っていると思うのです。

「何か嫌な奴だけど好き」とか、一目ぼれしちゃう、というのが人間なので、これから仏教界は、悩み事の相談を受けた時にAIが言うような答えを出しているのであればお坊さんは必要ない。合理性はなくても、何か話を聞いてもらって安心したとか、このお寺の門をくぐったら何だかわからないけど心地よいという部分が、これから宗教が勝負していけるところだと思うのです。

堀江 ある期間までは悲嘆のために「AI故人」というものがいてもいいけれど、やはり忘れられる権利のようなものもあるわけです。自然に消滅していくような形も、やはり必要なのかもしれません。

澤井 そうですね。そうでないと、もうデジタル化された死者の人格が何億と残ってどんどん増えていくような社会になってきますものね。

井口 医学部の1年生の授業で死生学を教えていて、やはり最後にAI故人の話も出すのです。デジタルネイティブ世代なので抵抗感があまりないかなと思うと、「気持ち悪い」とか、かなり強い抵抗感を持つのですね。やはり、「そういうものじゃない」という感覚を、どこかで感じているのだろうなとも思います。

辻井 海外だと結構受け入れられている感じですか。

堀江 私の感覚としては、海外のほうが抵抗があるような気がします。やはりネクロマンシーは死者を召喚するようなもので、聖書的にも禁止されていますから、ユダヤ・キリスト教世界は抵抗がある。むしろ中国人のほうがかなり前向きですよね。

戸松 「Rome Call for AI Ethics(AI倫理のためのローマからの呼びかけ)」というものをバチカンが作って、これは今EUの基準にもなり、いろいろな制限をかけています。

世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会が共催して一昨年広島で国際会合を開催したのですね。やはりヨーロッパ、キリスト教では、神様の領域というものをきっちりと守ろうとしますから、死後のことと、生まれる前の生殖補助医療などの利用は制限をかけるべきだという考えがある。それをアジアでもやってほしいということで、アジアの諸宗教者、世界仏教徒連盟(WFB)会長もサインしました。

やはりこれからは仏教界としても、AIの兵器利用、死生の領域への利用にどこかで制限をかけないといけないと思っています。

澤井 今日は、大変有益なお話をお聞きして、私も勉強になりました。

皆さん、どうも有り難うございました。

(2025年12月23日、三田キャンパスにて収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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