【特集:未来のモビリティ社会】
座談会:自動運転は社会をどう変えるのか
2025/11/05
普及を妨げているものとは
大前 それをnewmoでやればいいという話ですね。それができる会社を持っているわけですから。そういった意味からも僕自身は日本ではあまりハードルがなさそうには思えるのですが、今、課題として感じられていることは何でしょうか。
加藤 技術的にはいい方向に進んでいると思います。一方で、導入の手法で言えば、先ほど「サーカス団になっている」とおっしゃったことが、まさに表面化されている課題だと思います。なぜサーカス団になってしまうかというと、共通仕様や標準モデル、明確な基準というのがまだないため、各地域や各自で導入しようとしても、やり切れる人たちとやり切れない人たちが出てくる。
そして、やり切れない人たちは次の場所に移っていき、またやり切れずに移っていくためサーカス団になってしまうのです。共通仕様や標準モデルがあれば、約1700の自治体が1700通りの自動運転をやるのではなく、数種類の自動運転サービスという形に収まってくる。そうすると壁がなくなるのではないかと思います。
このままでは効率が悪いため、コストがかさむ。共通仕様や標準モデルができると、モビリティの領域は大きく進展すると思っています。
青柳 私は制度面もまさに議論がちょうど進んでいるので、整いつつあるタイミングかと理解しています。
実証の域をなかなか出ていないところに対してですが、ウェイモでさえもサンフランシスコで相当な時間をかけてやってきました。いろいろな壁があったと思うのですが、必要な学習量を蓄積して、それを越えてきた部分があるのだと思っています。
ウェイモなどは、例えば同じ都市エリアの中を今まで累計1億キロくらい走ってきているわけです。そのようにして学習が進んだ時、より複雑なシチュエーションや様々なエッジケースに対応できるようになるということが示されています。これは一事業者だけではできないことも多いと思っていて、複数の事業者が競う部分もあるし、一緒に学んでその知を結集させるところは必要かと思っています。
逆に日本だからできるという部分で言えば車両でしょうか。日本の産業の根幹はやはり自動車産業ですので、各社が中心になっていただき、しっかり自動運転の車を増やしていくことは本当にオールジャパンでやらないといけないと思っていますし、日本には可能性があると思っています。
𣘺本 何が妨げているかというと全部ではないかと僕は思っていて、技術もそうですが、やはり法制度もまだきちんと対応できていないと思います。現在、ようやく関係省庁が進めているところですが、日本は外国の状況を見てからやるようなところもあるので、そこはちょっと遅いなと思っています。
「どこまで対応したらいいんですか」と聞いても、個別具体的な答えをもらうのが難しい。細かい部分については事業者さんがやっていくしかないのが状況です。日本は安全に対しては厳しく、アメリカみたいにやってみて何かあったらルールを作る、または直せばいい、という社会ではないので、自動運転には難しいところだと思っています。
中国とアメリカは似ていて、日本とヨーロッパが似ているとよく言われます。そういう意味では、ヨーロッパでも自動運転サービスはまだあまり進んでいないですよね。
ルールだけでなく、技術はもちろん、受容性などやはり全部のことを少しずつやっていくしかないと思います。実は中国の車はすでに日本で走っていますし、ウェイモも、東京で走っているような状況です。日本としては、最終的に全部外国のロボットタクシーになってしまうと、あまりよろしくないと思いますので、ここを何とかすべて取られないようにしてほしいといつも思っています。
「何かがあった時」どうするのか
大前 五百木さん、課題に関しては何かございますか。
五百木 課題を言い出すときりがない、まさに全部課題なのだと思います。テクノロジーの部分は大体解決できていて、あとは小さくビジネスを始めて突き進んでいくことで、実現可能である場合でも、やはり何かがあった時、「それを考えていなかったのか」と後から言われるということがずっと続いている。
おそらく事前にきちんと調整をして納得してもらった上で始めるだけで済む世界ではないので、そこはイテレーティブというか、やってみて何かがあったら対処するというサイクルをやり続けないと、とは思うものの、いつかはガツンと大きな壁にぶつかるわけです。言い方は悪いですが、日本で最初に自動運転車で重大な人身事故が発生する日が来ることは絶対に避けられない。
それに対して何か備えておくことはできるのかということですが、保険でカバーするという動きは保険会社がいろいろなことを考えていると思います。一方で社会受容のほうもいろいろな活動はしていると思いますが、まだできていないものに対して、単に情報発信するだけで社会受容が進むとは到底思えないので、やはり動かしてどうなるかを見てもらうことが必要です。
だとしたら、やはり事業者の皆さんが覚悟を決めて先に進める以外にないのだけれど、その時にサポートは誰がして、誰が先に進めるための弁護役を務めるのか。何かがあった時に保護をする役割を持った人ができればいてほしいなと思うのです。そうでないと、どこかでガツンと壁にぶつかって大変になるのではないかという気がします。
例えばアメリカは有人宇宙飛行を進めていく際、人が死ぬことが避けられないということを最初から織り込み済みなのです。米国のケネディ宇宙センターには亡くなった人の名前を書く巨大な記念碑があります。そこに25人の名前が書いてありますが、まだ広いスペースが残っています。このように安全性の確保に最大限の努力をする一方で、ある程度のことは覚悟の上でやるのだという意思が、アメリカの有人宇宙開発の世界では表明されています。
自動運転がそうだと言っているわけでは必ずしもありませんが、明るい未来に向かって開発をどんどん進めていきながら、悪い話にはなかなか触れにくいものです。「何かがあった時に誰がどう守るのか」という話がもっとあってもいいのではないかと思います。この話はすごく持ち出しにくく、しかも事業者が言い出すこともできないとしたら、他の誰かが言わないといけないのではないかという気もします。
大前 社会のほうにもうちょっと寛容性があったほうがよいということでしょうか。その通りだと思うのですが、まだそれほど世の中不便だと思っていないということなのかな、とも思います。石油もなくなると言いつつ、みんな無駄遣いしている。本当になくなったらなくなった時の対応があるのかなと。
自動運転も社会として「必要です」と言うけれど、まだそこまで深刻な状況になっていないから、自動運転で事故があると軽微な物損事故でも厳しく追及される空気がある。本当に必要でそれがないとどうにも世の中が成り立ちませんという状況になったら、もう少し違うのではとも思いました。
五百木 でもそこまでは待つべきではないですよね。
大前 それはそうですね。
高機能のAIは必要か
大前 さて、次の話題です。今、自動運転はAI、GPUを大量に積んでいる。何となく今、自動運転には高機能のAIが絶対に必要だみたいな空気がつくられていますが、そういうことが得意な会社の土俵に乗せられているのでは? という気がするのです。
私見では、AIを使わなくてもレベル4はできるように思えるのですが、加藤さんはどう思いますか。
加藤 自動運転は領域が広いです。難しい部分だけを見ると、投資が必要となるのでリターンは少ない。しかし全体で見ると、今の技術でもできることはかなりたくさんあります。
例えば製鉄所内のタンクローリーは1台の価格がとても大きいので、そこに数百万円の自動運転システムを足しても成り立ちます。また、工場内は基本的に巡回することが主なので、高機能AIの必要性は限られます。それに対し、タクシーや一般乗用車などは難しさがあります。数百万円の車両に数百万円の自動運転システムを載せると、そこだけで価格のインパクトがありますし、さらに難易度の高い運転が必要になる。
高機能AIはそういった分野においてはやはり必要だと思っています。最近多くの人が共通の認識を持ち始めていると感じますが、自動運転の課題は安全性と可用性のトレードオフに挑むことです。ティアフォーではレベル4の認可・許可を取っているので、特定条件下であれば衝突を確実に回避できるようになってきました。
しかし、これを実世界に投入すると動かなくなる場面が出てきます。衝突しないように設計されているため、少しでも障害物などがあると、「動かない」という選択肢を取ってしまう。今言われているAIの導入は、この動かない状況を「少し動いてもいい」と判断するためのものです。AIが人間の常識に即して、「白線をまたぐけれど、行っていい」と判断してくれると動けるようになってくる。AIがあると安全性と可用性のトレードオフが解きやすくなることは間違いなくあります。
今の技術でもぶつからないことは担保できますが、スムーズに走れるかというと、難しいところがたくさんあります。これは必ずしもAIである必要はなくて、人間が遠隔で助けたり、インフラ側で助けたりすることもあります。このようにすでに安全な走行を行うことはできるようになっているので、さらに可用性を上げる1つの手段としてAIがあると思います。
大前 素晴らしい示唆をいただきました。つまり車を止める技術ではなくて車を進ませる技術ということですね。これは自動運転を開発した人でないとわからないことですね。普通にやると止まりまくって使いものにならないので、それにゴーサインを出すのがAIだと。
2025年11月号
【特集:未来のモビリティ社会】
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